東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 月の魔力が収束し、青白い光線となって大地を灼く。

 宙に浮かぶ繊月風車は音もなく廻り、無数の光弾が降り注ぐ。

 

 月魔法による苛烈な弾幕は美しくも恐ろしい。だが靈威にとって何よりも恐ろしかったのは、その弾幕という攻め手そのものが“手加減”の産物であることであった。

 

 サリエルは生命の杖を掲げたまま、術の行使に専念している。それ以上の動きはない。

 ただ一定の圧力をばらまいて、靈威が圧壊するのを観察しているような冷めた目を向けるだけだ。

 

 片手間の飽和攻撃。なんとなく靈威にもわかる。だが、その圧倒的弾幕によって近付くこともできない。

 

「っ……!」

 

 むしろ避けるだけのことでさえ満足にいかない。

 空中に浮かんだ小規模な“歪曲の月”によって靈威の感覚は狂わされ、真っ直ぐ飛ぶことさえ困難な状況である。

 制御できない飛行に弾幕の飽和攻撃。それは単純な組み合わせでありながら強力なシナジーを形成していた。

 

「飛行は、駄目か……!」

 

 空中での回避こそ最も融通が効く。それは八雲紫によって教えられたことでもあり、鍛えられた技術でもあった。

 だがまともに飛行するための前提が崩れた以上、空中での機動は絶望的。

 

 靈威は飛ぶことを諦めた。

 

「破ッ!」

「む……」

 

 だが元より空中戦よりも地上戦を得意とするのが靈威だ。

 狂わされた平衡感覚も震脚を挟むことで瞬間的にリセットはできる。

 

「これなら……」

 

 強く踏みしめた脚が大地に亀裂を走らせ、幻をかき消す。

 正常化した五感でサリエルの正しい位置を捕捉し、駆け出した。

 

「いける!」

「ほう」

 

 陰陽玉と札を操り防御に回す。全ては弾除け。目指すべきはサリエルへの肉弾戦のみ。そうと決まれば迷いもない。

 

「愚直だが悪くない。人間の持つ霊力の一撃に全てを賭けるか」

「……!」

 

 弾幕が勢いを増す。“歪曲の月”が強まり、幻覚が再び像を歪める。

 狂気的に密度を増す弾幕に防御と回避が数瞬遅れ、生傷が増えていく。

 

 全身に痛みが増す。今になって連戦の疲労が脚を掴む。それでも靈威は諦めない。

 

 視界が歪めば歩みを震脚に換え、自ら平衡を取り戻した。

 疲労と痛みに気が遠のけば血が滲むほどに歯を食いしばった。

 

「私は巫女になる……!」

 

 繊月風車の放つ魔弾を大幣で弾く。

 重力を伴う弾は重く、かき消すにも力が必要であったが、不足は霊力で補った。

 

 消耗し続ける自らの力。敵に近付きつつも、ゆっくりと敗北に引きずられてゆく感覚。相手が少しでも気まぐれに本気を出せば崩れるだけの危うい均衡。

 

「紅さんがいなくとも人を守れるような、強い巫女にならなければならないのですッ!」

 

 全てはお膳立てされた戦場。

 加減された最終決戦。

 越えられることのない壁。

 

 だとしても靈威は、目の前の困難を越えたかった。

 

「臨・兵・闘・者……!」

 

 魔弾を逸らす幣を握る手で印を結ぶ。

 

 “何らかの術が行使されようとしている”。

 だがサリエルはそれを一瞬のうちに悟ったが、対処するまでもないと判断した。

 この程度の術であれば、そのまま魔弾を放っていれば問題ないのだと。

 

「皆・陣……烈・在・前ッ!」

「!」

 

 だが、それは判断ミスであった。

 練り上げられた霊力は術を縒り上げ、強大な霊撃となって解き放たれる。

 

 それは人間の霊力を中核に据えて編み出された、特殊な陰陽術。

 八雲紫が“数珠の書”の知識を動員して組み上げた理想的な効率の原始的魔術である。

 

「これ、は……!」

 

 視界が白く染まり上がる。

 人間の霊力が持つ破邪の力がサリエルの防御層を破壊する。

 

 魔弾をくぐり抜けた先、至近距離だからこそ十全な効果を発揮する奥義、博麗の霊撃。

 それは一瞬ではあるものの、サリエルを中心に放たれる魔弾の全てをかき消すだけの力を持っていた。

 

「未だ、侮っていたということか」

「――紅さんの教えは優しいですが、痛いですよ」

 

 跳躍。陰陽玉を正面に据え、拳を構える。

 靈威は満身創痍でありながら、目には不釣り合いなほどの輝きを灯し、サリエルのどこか穏やかな笑みを睨んでいた。

 

「破ァッ!」

 

 残された全霊力を込めた正拳が、陰陽玉を突き放つ。

 己が持てる最大級の退魔の力を秘めた攻撃だ。これで通じなければもはや何をやっても無意味であろう。

 

「ぐっ……!?」

 

 陰陽玉が七色の光を放ちながら、サリエルに直撃する。

 不可解な力はサリエルのその場での滞空を許さない。彼女は陰陽玉と共に弾き飛ばされたまま、堕ちたる神殿の基底遺跡に衝突した。

 

「はあ、はあ、はあっ……」

 

 視界の奥では巨大な遺構の一部が崩れ、派手な砂煙が立ち込めている。

 だが、どうなっているのかまではわからない。靈威は振り抜いた拳をそのままに、一歩も動くことができなかった。

 

 果てしない脱力と、疲労。最後の一撃は正真正銘、靈威の全てを賭けたものだったのだ。

 その後、気を失って倒れることさえ覚悟した上での、最後の一撃。

 

「ぁ……」

 

 靈威はその場で崩れ落ちた。

 電池が切れたように倒れ、目が閉ざされる。そのまま起き上がる気配もない。

 

 彼女は敵地の最深部で、眠るように気絶したのであった。

 

 

「フッ……なかなか、痛いな……これは……」

 

 陰陽玉に押しつぶされたサリエルは、生きていた。

 だが、無事ではあるが無傷とはいかない。彼女も最後の一撃は相応の傷を負い、久しく感じることのなかった痛みを味わっている。

 

 その痛みを与えたものが今そこで倒れ込んだ小さい子供であることを思うと、どうしても変な笑いが湧き上がってしまう。

 

「……まだ弱い。粗い。だが決して侮れない。そして興味深い存在だった」

 

 砂埃に汚れた身体に構うことなく、サリエルはそっと靈威の身体を抱き上げる。

 先程までの闘いを忘れたように眠る小さな少女。

 

 終わってみれば、サリエルはすっかりこの小さな存在のことを気に入っていた。

 

「こんな生き物が大勢いては、地上もさぞかし慌ただしいことだろうな……」

 

 


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