久々にメルランに会おうと思った。
十三冊の魔導書の一つを持つ魔法使いだ。その後が気になると言えば気になるしね。
とはいえ、向こうは私を歓迎しないだろう。初めて会った時も、ライオネル・ブラックモアそのものを嫌悪していたようだから。
それでも私は会いに行くんだけどね。基本的には相手の意志を尊重したいが、それも時と場合によるのである。
「じゃ、行ってきます」
「はーい」
私は神綺に暫しの別れを告げ、地上へのゲートを潜り抜けた。
出た場所は以前ルイズやアリスと共に訪れた広大な湖である。
潤沢な魔力と人気のない環境。ゲートを設置するにあたって実に恵まれた立地であった。
現在も人気の無さは変わっていないらしく、変化らしい変化といえば水中のゲート周辺に魔道具の残骸が散らばっていることくらいか。
見たところによればどれも周辺の豊富な環境魔力を動力源としたものばかりで、観測機から簡単な迎撃機まで様々なものがある。
「ふむ」
十全な保護が付与されていなかったためか経年劣化によって朽ち果てているが、作動していた当初はそれなりに活用されていたものらしい。過出力で灼けた跡が結構残っている。……いや違うか。これは湖内の魚に反応して作動した痕跡っぽいな。
おそらく観測機を保護するための備えだったのだろう。通行量の調査でもしていたのかまではわからないが。
「“露払い”」
湖面から上がり、身体と衣服の水を振り払う。
そして見えた景色は……以前とは少々様変わりしていた。
「ふむ。付近の環境を魔力源として利用する者がいたわけか」
かつて廃れた砦があちこちに横倒しになっていたここも、その石材を誰かに利用されたのか、しっかりとした造りの砦が二つほど残るのみとなっていた。
それでも前に見た時とは石材の数が合わない。おそらく別口に利用をされたのだろう。橋か、あるいは他の何かか。採石場として扱われたのは間違いないだろう。
「案外、人目に付く場所だったのかもしれないなぁ」
人気のない場所だと思ったのだが、さすがはイギリス。いや、正確にいえばここはウェールズか。つい最近イングランドに呑まれたとかなんとか。
日本が地味な戦争を繰り広げている今、ここイングランドではなかなか派手な戦争に突入しているらしい。
大勢の人が死に、彼らの信仰に振り回されて多くの妖魔が消えたり生まれたりを繰り返す修羅の時代。
「うーん、気が進まない」
現在、イングランド王国とフランス王国は泥沼バトルの真っ最中である。
どのくらい泥沼かというと、もはや開戦の理由など誰もわからなくなった規模の戦争を数十、ともすれば数百年と継続しているくらいである。いや、さすがに数百ということはないかもしれないが。小競り合いを含めればきっと似たようなものだろう。
当然、この泥沼戦争中に国内を移動するのはなかなか面倒なのである。
フランス領土に踏み入るつもりはないのでそこまでではないかもしれないが……いや、宗教が絡むと現地人の絡みは面倒で困る。
というのも魔女狩り。あるいは魔女裁判というものが、この時代はなかなか頻繁に行われているためだ。
魔法を使う。はい異端。そして処刑。このスムーズな流れがごくごく一般的になっているらしく、人々はそれはもう熱心に魔女を焼いていた。
魔法を扱ってそうな者を見つけては火で炙る。そうでない者も火で炙る。気に食わないお隣さんがいたら火で炙る。そこに対話の余地は一切無いし、まして私の目的でもある魔法の布教などしようものなら特に関係のない遠方のパリまで火に呑まれるかもしれないレベルの許されなさらしいのだ。
いや、メルランに会って話したくはあるんだけどねえ……どうせなら他にも色々やりたいんだが、それが難しいともなるとちょっとね……。
とはいえ、実際に本物の魔女がそう容易く火炙りにされるとは思っていない。
魔法を使える人なら比較的簡単に逃げられるので。炙られるのは無辜の民ばかりである。世知辛い時代だが、世知辛さはきっと日本も似たりよったりであろう。この時代はどこもそんなものだ。
「とりあえず、メルランに会いにいかなければね」
私は探査魔法を展開し、“虹色の書”の反応を頼りに歩きはじめた。
見つかり次第現行犯異端審問されるかもしれないけど、せっかくの地上の旅だ。しばらくはまったり散歩してみようと思う。
が、ここブレコンでもしばらくと言わず半日置きに事件に巻き込まれることになった。
野盗である。いや、どこにでもいる農民か酪農家なのかもしれないが。
現地民にとって一人出歩いているよそ者は歩く財布と同義なので、ほとんど区別はないようだ。発見されるとまず警戒されるも、遠目に見て私が丸腰だとわかると追い剥ぎよろしく徒党を組んで襲いかかってくるのだ。
第一村人発見=敵襲みたいなものである。小さな共同体として収まっている大宿直村は食料も豊富で教養も高かったが、あれは本当に特殊な例だったのだと思う。
「ぐぇえ……」
「助けてくれ……」
「数時間ほどで治るから、その間に獣に襲われないように祈っておくといい」
やっていることは完全に野盗だが、彼らはみな現地民だ。襲ってくる側から皆殺しにしてはそれはそれで不味いことになる。現代倫理を押し付けてはいけない。
しかし襲われていい気には全くならないので、速やかに“疼痛”でダウンしていただくことにした。肉食動物に襲われなければ即日帰宅できるだろう。出来ない場合まで面倒を見るつもりはない。
「異端者め……」
魔女。異端者。
痛みに悶え苦しむ彼らの口から溢れるのは、偏見もあろうが、心からの声であった。
……かつてメルランは、この国の中枢に入り込み裏で人を操っていたのだという。
弟子のようなものを取り、国家ぐるみで魔法使いを育成していたとも伝わっている。魔都でも聞かれる有名な話だ。間違いはあるまい。
しかし最近では魔法への風当たりが強く、メルランの作り上げた魔法師団とも呼ぶべき組織は消滅。メルラン自身にも異端認定は迫り、隠遁を迫られているとかいないとか。
もちろん、単なる人間の国家にメルランほどの魔法使いがやられることはない。
やられることはないのだが……。
「……私は諦めるべきだと思うんだけどな」
とにかく、メルランのもとを訪ねよう。