東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 目的に対する現状を踏まえれば、作られたそれら全て失敗作と呼ぶのが相応しかった。

 よく計算された水路も。城も。農園も。

 長きに渡って利用し受け継ぐことのできる様々な施設や地形は、反してその耐用年数を超えること無く放棄されてしまった。

 

 だがメルランの作り上げた国アヴァロンは、そんな結果が信じられないほど美しく、ある種の完成を見ていた。

 

「かつてはこの畔に小舟が浮かんでいたわ。風の穏やかな日には向こうの中洲まで人を運んでね。そこに小屋が建ってたのよ。わざわざ自分たちで建材を作って運び出して。隙間風の入り込む粗末な小屋を」

 

 メルランが指差す中洲は砂地が多く、多少の草と細い木々があるだけの狭いものであった。

 よく見ればそこには石を組んだかまどのようなものがある。だが、家らしき姿は見えない。

 

「増水の時に呆気なく壊れてしまったみたいね。まぁ、本当に粗雑な造りだったから無理もないんだけど。基礎固めもしていないのではね?」

「危ない所に家を建てようとした人が居たんだね」

「それがいたのよ。彼ら馬鹿だったから。何人もね」

 

 まぁ、周りの景色は良かったから。

 メルランはそう言って、そのへんに落ちていた大きな白い花びらを水面に浮かべる。

 花びらはゆらゆらと舟のように漂っていたが、すぐに水面下の魚についばまれ、沈んでしまった。虫か何かと勘違いされたのかもしれない。

 

「……私が与えたり提示するものは、彼らの驚きと革新を生んだわ。けれど、彼らが本当に欲していたのは……自らで選択する後退にも似た停滞ばかりだった」

「理解に苦しむかい」

「半分ほどはね。私は彼らの全てを否定しない。時に自らの手で作り上げることの感動はわかるもの。けれど、それも程度によると思っていたのよ」

 

 アーチ状の石橋を渡り、向こう岸へ。その先に見える建築群は鉄工にまつわる施設だろうか。沢山の煙突が見える。もちろん、そのどれもが煙を吐き出していないのだが。

 

「目の前に繁栄がある。安全と、進歩さえも。停滞や後退はそれを裏切る行いだわ。そう、あなたが言うように理解に苦しむというやつね。何故、そんな愚かなことをするのか。私には未だわからない」

「ふむ」

「あなたはわかる? ライオネル・ブラックモア」

「なんとなくね」

「フフッ、本当に?」

 

 これっぽっちも信じて無さそうな笑い方をされてしまった。

 けどなんとなくわかるのは本当だ。

 

「人は他者から与えられるものより、自らで手に入れたものの方が愛着が湧くのだろう。それがたとえ、手作りの粗末な家でもね。そこでしか得られない達成感というものはあるはずだよ」

「よく言う。あなたはその達成感なんてものを魔法使い達から奪いきっているくせに」

「魔導書はあくまで手段の一つに過ぎないのだよ、メルラン。その手段をどう扱うかが、魔法使いらにとっての選択なのだ」

「魔導書を読んで、否応なく死にかける人がいても? あなたはそう言えるの?」

 

 青白い目が私を差すように見る。

 しかし答えに窮するものでもない。

 

「死んだらそれまでだよ。その時に読んでいる人が死んだのなら、次の人が読めばいいだけの話じゃないか」

 

 私の作った魔導書には、優しさというものは内在していない。

 あるのはどこまでも“魔法を教える”という機能のみだ。そして魔導書は、より正しい読者の手に渡るよう、どこまでも効率的にその力を発揮してくれる。

 魔法使いを生み出す効率のためなら、多少積み上がる人間の屍など誤差の内だよ。

 

「フフフ。優しくないのね」

「神族も魔族も人間も、私はほとんど特別扱いしないからね」

 

 私の魔導書も読めばそれなりの苦痛は伴う。ある意味で試練を内包する書物だ。

 漫然と与えられるよりは多少の達成感はあるだろう。

 

 まぁ、それでもあまりお気に召さないメルランのような魔法使いはいたようなのだが……。

 

「私は優しすぎたのかしら」

「さて。わかった風な口をきいている私だが、どうも私は人の機微には疎くてね」

「でしょうね」

「どこまで関わっていけばいいのか、どこまで優しくしていいのか。その丁度いい匙加減が未だによくわからないんだ。この前も間接的とは言えそのせいで一つの村が滅んでしまったらしいし」

「何してるの? あなた」

「何をって……何も……何も変なことはしてなかったはずなんだ……ぐおお……私はただ善意で……」

「善意がそのままの純度で相手の胸元まで届くわけではないということかしらね。面倒な話だわ。人間っていうのは」

 

 道の端には背の高いレンガ造りのゴーレムが停止状態で跪いている。

 メルランはその手の中に握られていた石炭を奪うように取りあげると、それをぼんやり見つめ、しかし飽きたのか、道端に放り捨てた。

 

「……ああ、そうだ。ねえライオネル・ブラックモア。生命の書は他の子にあげちゃったわよ。あなたは知ってるかもしれないけど、一応」

「ほほう、生命の書が。……なるほど、なるほど」

「何。意外ではなかったとでも良いたいのかしら」

「いいや。誰に渡したんだい?」

「結構前に不出来で可愛げのない弟子が出来てね。厄介払いと一緒に、くれてやったのよ。フフッ。私のおかげで魔法使いが増えたのよ。偉いでしょう?」

 

 別に私に褒めてもらいたいわけでもないのに、相変わらずメルランの言葉には本心というものが無いなぁ。照れ隠しのようでいてそうでもなさそうなのがまた。

 

「魔法使いが増える分には大歓迎だ。ありがとうメルラン」

「ふうん。そのくらいで嬉しいなら、どれだけ増えてもいいのかしら」

「本音を言えばね。実際は増えすぎても普通の人間たちに狩られるだろうから、抑え気味でも良いのではないかと思うけども」

「ああ、魔女狩りね。悪趣味な因習だわ」

「一過性のブームさ。すぐに飽きられる」

「ブームって?」

「うーん。流行りのことかな。流行歌のようなものだよ」

「酷い歌」

 

 メルランはケラケラと笑う。

 確かに酷い歌だ。人がその悪趣味さに気付くのはまだ先だろうけども。

 

 それは間違いなく、いつかは飽きられるのだ。

 

 


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