東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 アヴァルニア・トリリトンドラゴン。

 土塊の身体に石の鱗。その原動力は土地そのものに染み付いた自然由来の属性魔力と、周辺一帯から貪欲に喰らい続ける“全て”。

 

 巨躯は文字通り天を覆い隠すほどであり、頭から翼の先に至るまで全てが魔道具としての機能を有している。

 その竜の下に立つ私は、巨大な魔道実験器具の中に閉じ込められたようなものだ。私自身が操れる魔力は非常に乏しく、“対流”も“収奪”も思ったようには機能しない。

 

 まさにアヴァロンそのものを支配下に置くドラゴンだ。

 生半可な使い手では為す術もなくこの巨躯にひねり潰されてしまうだろう。

 

「だが、私は生半可な魔法使いではないぞ」

 

 上から覆い尽くし、魔力を吸い上げる。確かに大抵の魔法使いを封殺するのであればそれだけでも事は足りるだろう。

 

 だが、この程度の雑なやり方では一区画とはいえども魔力を完全に消滅させることは不可能だ。

 もしこの程度のやり方で魔力の無い空間を作れるのであれば、私の低温下におけるエーテル絶縁実験はもっとスムーズに終わっている。

 見せてあげよう、メルラン。魔力の枯渇した空間における起死回生の魔法を。

 

「“大きな宝石箱”」

 

 無分類。自分用でしかないためにとりあえず“骸の書”にだけ書き記した下地作りのための援護魔法。

 私の手の中に、黒く小さな小箱が生み出される。大きさは指輪用の箱程度のもので、完璧な正六面体のまま宙に浮かんでいる。

 

「トリリトン! アレを壊せ!」

『フォオオオッ!』

 

 メルランはこの術を知るまい。だが何かしたのであればそれを警戒するのは当然のことだ。

 魔力のほとんど存在しない空間に生み出された魔法ともなればその判断も当然。

 過ちがあるとすれば、発動そのものを潰せなかったことくらいか。

 そこまで言うのは酷というものだろう。

 

「“隔壁”」

「!?」

 

 杖を差し向けて発動したのは上級防御魔法。

 “雨宿り”とは文字通り隔絶した信頼性を誇る、私の中でも最大級の防御魔法だ。

 トリリトンドラゴンの吹きかける灼熱の灰のブレスも、これを前にしてはどうしようもない。“隔壁”は壁のこちら側の温度をコンマ1ですら上昇させることは叶わないのだ。

 

「“大いなる砂かけ”」

「……! どうして魔力を。源泉は無いはず……!? いえ、あの黒い物から溢れ出ているのね」

 

 そのまま大地に降り積もる灰や砂を巻き上げ、トリリトンドラゴンの喉元に高圧射出する。

 先程のブレスをも上回る高圧の濁流はドラゴンの上体を勢いよく弾き上げ……はしたものの、巨体は損壊する様子を見せない。

 属性不利とは承知の上だったが、この程度の魔法ではノーダメージか。なんと固い。

 

「やはりあの箱。トリリトン! “トランス・ガーデン”!」

『ォオオオオォォ――』

「む」

 

 ドラゴンの様子が一変する。魔力のうねりが変わり、巨躯の色相が移ろう。

 だがその下準備には時間がかかるだろう。ならばこちらも整えるのみ。

 

「“小さな贈り物”」

 

 手元の小さな黒い箱に特殊な魔力が注がれ、サイズを大きく変える。

 指輪ケースほどだったサイズは一気にプレハブ小屋ほどの大きな六面体へと姿を変え、再び私のすぐそばに浮かび上がった。

 この魔術は最初の“大きな宝石箱”から順次展開していくのに時間がかかる。

 だが第二段階の“小さな贈り物”に変わってしまえばこちらの魔力供給の問題はほぼ解決したも同然だ。

 

「きっとあなたは既に場を整えてしまったのでしょうね、ライオネル・ブラックモア」

「魔法使いは魔法を使ってこそだ。魔法を使えない不自由は本当に辛いものでね。申し訳ないが大人げない手段で対抗させてもらったよ」

 

 アヴァルニア・トリリトンドラゴンはその身を真っ白に染めていた。

 土塊の身体からは無数の白い花が咲き乱れ、石の鱗にまで蔦が這い回っている。

 土石のゴーレムから一転して植物系のゴーレムになったかのよう。だが変化はそんな単純なものではあるまい。トリリトンドラゴンから溢れ出る魔力の圧は、先程までとは全く違うのだから。

 

「だったら私もより良い札を切るだけよ。全身に覚醒ロートスの咲き乱れたトリリトン……あなたにこの香りの忌避は効かないのでしょうけれど、単純な出力向上にはなってくれるわ」

 

 なるほど。

 ドラゴンの息遣いと共に聞こえてくるこの甘い香りは、石塔に咲いていた花と同種のものか。

 それを更に煮詰めたような、吐き気を催すほどの甘ったるい香り。これを嗅げばそこらの妖魔は一瞬で意識を失うだろう。

 

 劇薬の花を身に纏った楽園の竜。

 守護者が殺意を剥き出しにした真の姿というわけか。

 

「“春の吐息(ブレス)”」

 

 メルランの指示と共に、花の竜が大口を開く。強烈な何かが来る。

 

「“大いなる木枯らし”」

 

 それに対抗すべく私が放ったのは、極々シンプルな氷結魔法。

 だが相手が植物であればこれ以上の魔法はない。

 今のトリリトンドラゴンは最初の土属性主導から水と木属性主導のゴーレムへと変化している。その両方に刺さる氷結魔法こそが最も効果を出してくれる。

 

「……やるわね」

 

 案の定、私の杖から吹きすさぶ吹雪はトリリトンドラゴンのブレスごと巨体を押し返した。

 ブレスは灼熱の樹脂と蜜が入り混じった複数属性のものであったようだが、どちらにせよ冷気によって性質を変えられては上手くいくまい。

 押し勝つだけの物量があろうとも、吐き出す口元さえ凍らせてしまえばこちらのものだ。

 

「“砕氷栓”」

『ウォオオオオオッ……!』

 

 凍てついた巨大な口めがけ、タンカー船並みの特大氷柱を放り投げる。

 氷柱は見事にドラゴンの口を突き破り、頬を裂き、後頭部を貫通した。

 

 ……それだけだった。

 驚きだ。これだけの大質量がまともに命中して、ただ首がのけぞるだけ。しかもわずかに貫通したとはいえ受けきるとは!

 

「トリリトン、“トランス・ホーム”」

『ゥルルルルル……』

 

 半分凍てつきかけていた植物ドラゴンの巨躯が燃え上がり、炎に包まれる。

 一瞬にして視界を覆い尽くした炎の塊は強い風を生み、私のローブをはためかせた。

 ……ああ、氷柱が既に九割型溶かされている。なんという火力。

 

「白いドラゴンもいいけどね。赤いドラゴンの方が強いのよ。知ってた?」

 

 ドラゴンゴーレムの属性を何度も、瞬時に切り替える応用の幅。

 そしてドラゴンそのものの強靭な造り。

 素晴らしい。なんて素晴らしいゴーレムなんだ。

 

「トリリトン、叩き伏せろ」

『ゥァォォオオオッ!』

 

 耐久性。応用性。運動性能。何をとっても素晴らしい。

 こうして腕先に熱を集め殴りかかるだけの動作一つを見ても明らかに洗練されている。

 

 それだけに惜しい。

 この傑作を壊さなければならないという事が。

 

「“ほんの気持ち”」

「……!?」

 

 私の背後に浮いていた黒い六面体が急拡大し、全てを飲み込んでゆく。

 近くに居た私も。灼熱の拳を叩きつけるトリリトンドラゴンも。その後ろで指示を出していたメルランさえも。

 

 丁度アヴァロンが存在した空間全てを切り取るように広がった黒い六面体は……そのまま空間一帯を支配する。

 

 “大きな宝石箱”

 “小さな贈り物”

 “ほんの気持ち”

 

 三段階を経て完成するこの魔法は、最終的に独自の異界を創出し、空間ごと世界を隔離、処理してしまう。

 

「う、わ……っ」

 

 真っ暗闇のような隔離空間。そこでは私以外は一切勝手な魔法を行使できない。

 メルランの使う基礎的な“浮遊”でさえその対象だ。

 

「! トリリトンが……」

 

 当然、トリリトンドラゴンも例外ではない。

 灼熱を帯びていた身体は熱を失い、術で補強されていた強度が損なわれることで全体は一発のパンチを惰性で放つことさえできないまま、崩壊を始めている。

 

 石と、土と、砂と、木と、水と、花と、炎と。

 あらゆるものが散り散りに崩れ落ち、竜としての姿から剥落してゆく。

 

「ああ、アヴァロン……さようなら……私の愛しい思い出……」

 

 ドラゴンがその姿を土砂の山へと変えるのとほとんど同時に、メルランもまた力なく地面に墜ちたのだった。

 

 


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