東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔界における人間作りは、そう難しいものではない。

 少なくとも人間の体を構成する物質を元素ごとに分けて用意するなどといった面倒なことは必要ない。

 原初の力を使えば、ガワは割と簡単に生み出せるからね。

 

「では魂の無い……肉体だけの人間を作る。そういうことで良いんですね?」

「うむうむ」

 

 まず最初に神綺の原初の力によって人間の素体を創り出す。

 やり方は簡単。神綺が机の上に手をかざして、

 

「はい、できましたー」

「早いねえ」

「創るだけですからねえ」

 

 これでもうベースはほぼ完成である。

 大きな作業台の上には既に色白な金髪少女が横たわっており、眠るように目を閉じていた。魔人として生み出すだけならば今にも目覚め動き出していたことだろう。もちろん今回は別の作り方をするわけなのだが。

 

「“大いなる静謐の眠り”」

 

 で、神綺の生み出した素体にまずは保護魔法をかけておく。

 こうすることで腐食や変質はひとまず問題無しになった。

 時間停止ともまた異なる保存魔法なので、眠らせている最中も自由に改造が可能だ。

 

「本来ならもうこれで完成なんですけどねえ」

「うむ。けど今回は一工夫していくつもりだよ。というわけで用意してみました、はい」

 

 異界格納魔法に放り込んでおいた万年氷の棺たちをレールから引きずり出し、ずらりと床に並べる。

 キラキラと冷気を放ちながら輝く溶けない氷の棺。およそ三十人分。

 そこには地上の様々な地方から集められた人間の遺骸が収まっていた。

 

「じゃーん、人間の死体~」

「うわぁーいっぱいありますねえ。まるで市場みたいです」

「市場みたいだけど食べません。彼女たちは皆材料として使うからです」

「あ、よく見たらみんなこの夢子ちゃんと同じくらいの歳なんですね?」

「うむ。孤独に亡くなっていった年頃の子を見繕って回収してきました」

 

 人間の死体を土産にするというのもやや悪趣味に思えるかもしれないが、まぁ概ね豚や牛を持ち帰るのと変わりはない。個人的には生きている者や墓に納められているものに手を付けなかったあたり配慮しているつもりだ。

 

「さて、これはおさらいだけど……私達が原初の力で生み出した直後のものは、大抵が魔界のみで存在できる仮置きの物質として存在することになる。一番わかり易いのは金だね」

「原初の力で生み出した金は、地上に持っていくと変質するんでしたっけ」

「そうそう。まぁ金だけに限らず色々な物質がそうなんだけど、この性質が厄介でね。同じようなことが魔人にも発生してしまうわけだ」

「あー。ありましたねえ」

 

 今でこそそういった事故は少なくなっているが、昔は神綺が創り出して間もない魔人がゲートから地上へ出ると……その瞬間、魔人の体組織に重篤な変化が生まれ、ほぼ即死するという悲しいトラブルが頻発していた。

 原初の力で創造された物質は質量を持つが、それは仮初の形でこの世界に置かれているだけに過ぎない。なので魔人を地上に送り出すためには、ある程度の期間“慣らし”ておくことで、体の組織を置き換える必要があるのだった。

 

「とはいえ、置き換えはご飯を食べて飲み物飲んでを続けているだけでも自然に進む。あとは“外”のものが多い環境でじっくりと過ごせば、より置き換えが促進される。自然に生きる魔人であればこれは難しい話ではない」

「夢子ちゃんの場合はどうなんですか?」

「そこが少し問題になる。彼女はできるだけ最初から完璧なものを作りたいのでね、時間とともに変質させていくやり方は取らないことにしたのだ」

「なるほど、それでこの人間のパーツを使うわけですか」

「そういうこと」

 

 最初から不老不死の存在を原初の力によって創造した場合、それがゴーレム的な生物ならまだしも、人間であれば置き換えを手動で行う必要が出てくる。

 もちろん魂を入れて生きはじめてからゆっくり慣らしていくこともできるだろうが、そうすると後々私の予期しない変質が出てくるかもしれない。今回は手の混んだものを作りたいので、それは避けたかった。

 面倒だけど手作業で変えていこうと思います。

 大規模手術の始まりだ。

 

「神綺、メス」

「はい」

「鉗子」

「はい」

「汗」

「出てませんよ」

「確かに」

「先生、患者に集中してください」

「はい」

 

 けどまぁ、別に患者の意識は無いし、今は魔法が掛かっているので心臓をかっさばいたところで死ぬわけでもない。手術という割には特に緊迫感の無い作業である。

 時々足りない材料を神綺に頼んで運んできてもらったり、食事と勘違いして近づいてきたドラゴンを丁重に追い払ったりなど、気の抜けるような時間が続いた。

 

「わぁ、結構死体から使うんですねえ」

「うむ。骨髄、血液、神経、脳幹……培養して増やしたり、別々のものを“和解”させたり、手間はかかるけどできないことではないからね。使えるものは色々使っていくよ」

 

 作業台はスプラッター映画も裸足で逃げ出すような有様だ。

 人体の様々なパーツを美しく解体するだけで何故こうも見てくれが悪くなるのだろうね。

 作業中に痛みも悲鳴も出ていないが、絵面だけなら最悪である。

 

「夢子ちゃんには最高の人間になってもらう。細身ながら頑強な骨格、明晰な頭脳、そして一部魔法陣と連結された神経……」

 

 有機ゴーレム。そんな言葉が相応しいだろうか。

 彼女の骨にはびっしりと魔法式が描かれ、肉体にもいざという時のための仕組みが凝らされている。ドラゴンの時と同じ、いや、それ以上の作品になるだろう。

 

「痛みを感じた部位によって刺激される魔法陣の範囲が変わり、その時に応じて発動する緊急保護が変わる。腕を切断されたならば再接着を、弾丸を撃たれたなら排出を」

「不蝕不滅では駄目なのでしょうか?」

「これはこれで独立させようかと思ってね。なんだかんだその方が回復効率も良いから」

 

 さて、思いの外時間はかかったがこんなものか。

 肌を傷つけないよう丁寧に封をして、閉じていこう。

 

「あとは魂ですよね?」

「うむ。この夢子ちゃんの肉体に合う魂を準備しなくちゃいけないわけだけど……はい、じゃーん」

「わぁー」

 

 なんと既に用意してあります。

 異界格納魔法第二弾。ずらりと並ぶ魂入りランタン三十個です。

 

「材料と同じ数ですね?」

「うむ。何を隠そう用意した死体と同じ魂だからね。これは魂が摩耗しないように封じてあるだけなのだ」

「あれ? 彼女らは自然死じゃなかったんですか?」

「自然死だよ。私が見たときには死後間もなかったけど、確かに亡くなってた。魂は近くでウロウロしてたんだ」

「ああ、新鮮だから」

「そうそう」

 

 死後、魂がそのあたりをウロウロすることはよくある。

 私としては二種類の材料が一気に集まるのは望むところだったので、両方使わせてもらうことにしたわけだ。

 

「ただし、現状このままの魂では使えないので、これからまた魂を加工しなくてはなりません」

「そのまま夢子ちゃんに入れられないんですか? 三十個」

「できるけどそうすると夢子ちゃんが血反吐を撒き散らしながら四肢を無茶苦茶に動かして周囲の人に襲いかかると思う」

「わあ」

 

 それでは困るので、ちゃんと肉体に合う魂に加工しなければならないわけだ。

 

「なんか色々大変ですねえ……」

「子供を作るっていうのは大変なのさ……」

 

 もちろんこれが普通の子作りでないことはわかっているけどね。

 


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