東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魂は元々のまま使うと自我が強すぎるためになかなか他に馴染まない。

 しかし加工することによって外殻とも呼べるものが壊れ、他の霊魂と馴染むようになる。が、外殻の崩壊は大抵の場合、霊魂の大きすぎる変質を意味する。霊魂を魔力に変えて燃料とするくらいの大ざっぱな使い方をするならともかく、別の器に霊魂を移すような繊細な扱いをするとなると、これでは上手くいかない。

 既存の霊魂を移し替えるには、慎重な作業が大事だ。同時に、霊魂を馴染ませる必要もある。結構難しい作業なわけだ。

 

「まぁコツさえ弁えていれば問題ないんだけどね」

 

 用意しておいた三十個の霊魂。

 通常ならこれらの利用は困難を極めるが、私は困難くらいなら飛び越えるだけの技量があるので大丈夫だ。

 

 まず、霊魂を肉体に馴染ませる。

 継ぎ接ぎにして作り上げた夢子ちゃんのボディの、それぞれの元パーツ付近に霊魂を置いてやるのがポイントだ。

 他人の死骸では宿りたくても宿れないし、無理に入れると暴走しがちである。その点、元々の肉体に入れてやれば拒絶反応は非常に少なくて済む。

 

 しかし、一気に霊魂全てを注ぎ込んではいけない。肉体の容積に対して複数個の人間の霊魂では大きすぎるためだ。入念に加工すれば他の霊魂を受け入れるだけの空き容量を作ったりだとかは可能になるが、三十はさすがに難しかろう。制御できなければメリットもない。

 なので元々の肉体付近に霊魂を馴染ませはするが、あくまで一部分のみ。ちょっと根を張らせるくらいで大丈夫。

 

「この燭台に灯っているのが霊魂なんですね」

「うむうむ」

 

 燭台は小型で、蝋燭一本分の灯りを揺らめかせているように見える魔道具だ。

 脚の金属部が針になっており、夢子ちゃんの各部位にぶっすりと突き刺さっている。この針の先で霊魂が接触できるようになっている。

 二千年代の注射針とは違って普通に痛々しい太さの針であるが、まだ生きていない状態の夢子ちゃんならば特に問題もない。抜けば自動修復されるしね。

 

「この炎で霊魂に残った穢れを浄化している。とはいえ死者の霊魂なんてほとんど穢れみたいなものだけどね。原理は地獄の炎による洗浄とほぼ同じかな」

「人間の穢れって結構多めですよね。どのくらいでしたっけ」

「年齢や生活環境にもよるけど、陸上の哺乳類としては突出してると思うよ。まぁ完全に穢れを取り除くとそれはそれで面白みのない霊魂になってしまうから、全部は取り除かない」

 

 この作業には少しだけ時間がかかる。パンの発酵のようなものだ。

 なのでこの間に平行して別の作業を進めていく。

 

「“精密な裁断”」

 

 手元に青い炎の小刀を生成し、微調整してデザインナイフくらいのサイズに縮めておく。

 

「よく魂を切ってるやつですね」

「うむ。これで今のうちに霊魂を編集しておく」

 

 穢れを取り除き肉体と馴染ませても霊魂の総量は多すぎるし、重複する部位も多い。肉体と同じだ。なので霊魂の無駄な部位も今の時点でサクサクっと切り刻んで、夢子ちゃん一人分に相応しいくらいまで肉抜きする必要がある。

 

「だいたい外側の部分を皮を剥く感じで剥がすと良くなるね。外殻は霊魂合成の厄介者だ。ちょっと大胆すぎるくらいに削ぎ落としておくと良い」

「切った後のやつはどうします?」

「そっちのランタンにまとめて入れといてくれるかい」

「はーい」

 

 大雑把に切った後は、霊魂の個性の中でも特に不要な、“成長ミス”とも呼べる部位も切除していく。

 これらは生物の……おそらく人生で直面する矛盾や葛藤によって培われていく皺のようなもので、霊魂に悪い影響を与える最たるものだ。これも切除。夢子ちゃんをバグらせるわけにはいかないのだ。

 

 次に中枢部の特に揺らめいていない、流動の鈍い箇所も切除する。

 これは“成長ミス”の部位ほど悪さをしないが、個人の“芯”として特に強く残り続けるため、一から人格を作り上げる上では非常に厄介な雑味になってしまう。

 残しておけば少女たちの生前の個性などがより色濃く反映されて、それはそれで味わいも深くなるかもしれないが、今回は使いません。

 

「ライオネル。ここまで切り刻むと霊魂って痛くないんでしょうか?」

「痛みはないだろうね。“裁断”で切った時点で存在が分かたれるから、感じるまでもない。ある意味一番優しい“加工”と言えるだろう」

「なるほどー」

 

 サクサク霊魂を削っていくと、それに連動して夢子ちゃんの体もピクピク反応するようになった。

 肉体に霊魂の一部が馴染み始めたおかげで、反射的な動きをしているのだろう。

 この状態でもまだ痛みは感じていない。というか霊魂がまだ一つにまとめられていないのでそれ以前の問題だ。

 

 さあ、霊魂の下処理も終わったので次からいよいよ合成に入っていく。

 

「よし、じゃあ末端から順番に……」

「燭台を近づけて……こうですか?」

「そうそう、そんな感じ。あとはこの水晶針で刺して、小さくつなげて……ゆっくり混じり合うのを待つ」

「時間かかるんですねぇ……」

「こればかりはね。霊魂の自己修復に頼らざるを得ないから」

 

 今やっているのは足に宿る霊魂と脛に宿る霊魂の合成作業だ。

 この二箇所にそれぞれ宿っている霊魂を燭台ごと近づけ、二つを専用の水晶針で刺して穴を開け、小さな二箇所の傷跡を繋げ、少しずつ馴染ませてゆく。

 総量を削られ“芯”や“皺”を失った霊魂は、他の霊魂と混じりやすくなる。少しとはいえ肉体に固着し、大きな目で見れば同一の個体に宿っているのであれば霊魂は合体しやすい。

 

 体の部位で隣り合った箇所の霊魂を次々にペアにしていくわけだが、これがまぁなかなか面倒くさい。

 繋げた後に霊魂の総量を多すぎたり少なすぎたりしても良くないのでそれもまた面倒だ。繋げようとするごとに微調整は必須である。これを疎かにすると肉体が暴走したり、霊魂そのものに負荷がかかってしまうので注意。

 

 ペアを作らせたら今度は更にまた二つずつペアを組んで合成。

 30が15、15が8、8が4、4が2、そして1……。

 

「ふぅー……いやしんどいなこの作業は」

「お疲れさまです」

 

 入念な霊魂の加工により、仕上がったのは最終的に人間一人分の霊魂になった夢子ちゃんの魂……の、基礎だ。

 残念ながらまだ肉体から離している状態である。中に入れるには肉体そのものも馴染みきっていないし、霊魂の状態も継ぎ接ぎが目立つのでちょっとした負荷でバラバラになり得るものだ。

 頑丈にするには人並みに自然な強度になるまで寝かしておく必要があるし、ここでも寝かしが必要……。

 

「これ言っちゃ駄目なやつですけど」

「言っちゃ駄目だけど言いそうだ」

「一から魂込みで創造したほうが楽ですよね……」

「言っちゃ駄目だ。それは言っちゃ駄目なんだ神綺」

 

 これがロマンなんだ。一から完璧な人間を作るにはこれが必要なんだ。わかってくれ。

 

 いや、やろうと思えばもちろん簡単だよ?

 霊魂も肉体も一つずつにすればね?

 しかしそれでは完璧ではないただの人間になってしまうからなぁ。

 

「待ってる間にお洋服作ってあげましょうよ。ほら、生地を用意したので」

「うむ……生地は赤色なんだねぇ」

「えへへーおそろい」

「灰色じゃ駄目なのかい?」

「駄目です」

「そうか……」

 

 そういうわけで、夢子ちゃんのお洋服のイメージカラーは赤に決定したのだった。

 灰色でも良いと思うのだが……地味か。そうか……。

 

 


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