東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 十数年かけて夢子ちゃんの継ぎ接ぎ霊魂が安定し、肉体に定着できるまでになってくれた。

 いやぁ長かった。ただ待つだけの作業は本当にしんどいものだ。

 並行して夢子ちゃん用の赤いメイドドレスを何着も作ってしまったよ。どうやら神綺は夢子ちゃんをメイドのようなものにしたいらしい。

 

 神綺は魔界の一部では高位の神族であるかのように敬われているので意外かもしれないが、お付きの者や配下の者などは持っていない。個人的に慕ってくれる人に時々お手伝いを頼むことがある程度だ。

 それは魔界のことならば全て自分だけでどうにでもなるという確信の表れであり、彼女自身の放任主義によるところも大きいだろう。

 とにかく、神綺が個人的な配下を持つことは非常に珍しいと言える。

 

「これからどうするんです? ライオネル」

 

 赤いエプロンドレスにちまちまと原初の力を込めつつ、神綺が訊ねる。

 ここ最近は夢子ちゃんの製作に夢中で生き生きしているね。熱中できるものがあるのは良いことだ。

 

「魂の定着……の前に、魂が経年劣化しないよう少し刻印を入れてからだね」

「今やってるやつですね?」

「そうそう」

 

 夢子。彼女は特別な人間だ。

 特別な人間は長持ちしてほしい。少なくとも、“つまらないこと”で失われるのだけは避けねばならない。

 

 私達は長命だ。長く生きたというか、長く生き過ぎたというべきか。

 そんな我々が愛着を持つためには、必然的に長い時を必要とするであろうし、愛着を持ったものに対しては少なからず執着も芽生える。

 誰だってお気に入りのものには保険をかけるし、過保護にだってなる。

 

 一人の人間に対して向ける感情としては身勝手な部類であろう。もちろんこれがエゴであろうことはわかっている。

 つまるところ、私達のエゴに付き合ってもらうつもりで作っているのだ。

 この夢子という名の人間をね。

 

「さて。霊魂を蔵めてしまおうか」

 

 仕上がった霊魂は無垢でありながら、時による摩耗の生じない強靭な個体。

 肉体と同じ三十人分の継ぎ接ぎであるものの、継ぎ目の不自然さは時と共に馴染みきった。

 

 今、この夢子ちゃんの胸元へ魂がゆっくりと格納されてゆく。

 長期に渡って施された“慣らし”により拒絶反応も起こらず、まるで最初から彼女のものであったかのようなスムーズさで魂が染み込んでゆく。

 

「ライオネル」

「うん?」

「これは、生命の誕生なんでしょうか」

「ふむ。さて、どうなのだろう」

 

 原材料は死者の肉体と霊魂だ。

 しかし、穢れを取り除き最大限清潔に保っている点においては、生者の交配による出生をも上回るだろう。

 

「再生、と呼ぶには原型が無いし、復元力もない。ふむ……となると新生、誕生……うん。誕生で良いと思うよ」

「じゃあ今日が夢子ちゃんの誕生日なんですね」

 

 霊魂が完全に肉体に着床し、周囲から淡い光が収まってゆく。

 

「そう、誕生日だ。お祝いを……おおっと、私としたことが肝心なものを忘れてた。“逃れ得ぬ精密な解呪”」

 

 魂を入れて終わった気になっていたがこれじゃ駄目だった。

 肉体にかけていた“大いなる静謐の眠り”を解除することで夢子ちゃんの覚醒は完遂される。

 

「ハッピバースデートゥーユー……」

 

 神綺が小声と小さな手拍子で歌い始めた。

 

「ハッピバースデートゥーユー……」

 

 私も低い声で一緒に歌う。

 

「「ハッピーバースデー・ディア夢子ちゃーん……」」

 

 ついでに私は手元にカラフルな蝋燭なんかを生成しちゃったりして。

 

「「ハッピバースデートゥーユー」」

 

 そしてなんと、私達が歌い終わると同時に夢子ちゃんが瞼を開けたではないか!

 

「ハッピーバースデー、夢子ちゃん!」

「……?」

「いえーい!」

 

 祝う私と、きょとんとした顔で私達に目を向ける夢子ちゃんと、喜ぶ神綺。

 

 こうして魔界に新たな生命がたったひとつ、誕生したのであった。

 

 

 

「まぁ最初はこうなりますよねー」

 

 が、目覚めたからと言って夢子ちゃんが最初から“えーなにこれー誕生日サプライズー? うれしいー”なんて喜ぶはずもない。

 今の彼女は文字通りまっさらなのだ。右も左もわからず、目覚めたらなんか神様と骸骨が騒いでいるようにしか思えないだろう。

 

 まずは彼女の育児が必要であった。魔人の生成後の教育とほぼ同じである。

 が、それとは違う部分もあるにはある。

 

「……魔界……」

「そう、魔界。ここのことね」

「服」

「はい、合ってます。服ですよー」

「……私は、夢子」

「そうです。あなたは夢子ちゃんです。で、私は神綺」

「神綺……」

「正解! よくできました!」

 

 夢子ちゃんは生まれたばかりとはいえ、はじめから赤子のようにダダを捏ねたり、おねしょをしたりなどはしない。

 例えるならものすごい重度の記憶喪失を患っているとでも言えばいいだろうか。さすがに霊魂の原材料として人間の魂を使っただけのことはあり、どこか三十人分の前世を思わせる“常識”の片鱗が、彼女の再教育を下支えしているようだった。

 今こうして魔界言語を習得する際も多言語を学ぶときのような“必要なことがわかっている感”がある。これは話が早くて非常に助かるのだ。

 

「こちらはライオネルです」

「……ライオネル」

「そう、私は偉大なる魔法使い、ライオネル・ブラックモア!」

「ライオネル」

「……うん。私はライオネルです。はい」

「覚え、ました」

 

 一週間。一ヶ月。時間をかければかけた分だけ、加速度的に新たな知識を吸収してくれる。

 教えればなんでも身につけてくれる……素晴らしい学習意欲だ。

 鉄は熱いうちに叩けというがまさにそれ。今を逃しては好機など訪れない。

 

「でも難しい魔法ばかり教えちゃ駄目ですよ、ライオネル」

「ええ……」

「今はそれより覚えなきゃいけないことがたくさんありますから。ね、夢子ちゃん」

「……」

 

 夢子ちゃんの育成は順調だ。もう既に“神綺の言葉に頷きたいけど本人の手前声と態度には出せないし沈黙しておこう”という気をつかえるだけの分別ができるまでになった。

 

「まずは言葉を覚えて、魔界のことを学んで……それから、余裕があったら魔法のことも勉強していくのよ?」

「はい。神綺様」

 

 うむうむ。順調だ。

 

 しかしやはりというか、当然というべきか。

 毎回毎回、同じようなことをしても神綺の方に懐くんだよね……皆……。

 

 


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