夢子ちゃんへの指導は順調である。
彼女は何事もよく覚え、我が物にしてしまう。
それはつまり、大魔法使い誕生の福音に他ならないのであった。
「ハァハァ……じゃあ夢子ちゃん、次はちょっと魔法の勉強をしてみようか……」
「は、はい」
「夢子ちゃんの体はもう魔力を扱えるようになってるからね、あとはそれを自在にコントロールすれば良いだけ……魔法を自由に使えるようになればきっとすごく気持ちが良いから……」
剣術も良いがやはり魔法こそが最も応用力に長けた技術だ。
夢子ちゃんには是非ともこの試練、乗り越えていただきたぁい……。
「じゃあ早速やってみようか。大丈夫、怖くないから……」
そんなわけでレッツトライ。
内容は空間魔力の掌握とその利用。
最初は特に使用を気にせず浮遊に集中。慣れてきたら推進速度を上げて高速移動。
それさえ慣れてきたのであれば周囲一帯の魔力を希薄にしてコントロール精度の向上を目指す。
「わっ、きゃっ」
最初から順調だった夢子ちゃんもこの辺りでようやくつまずき始めた。
しかし失敗は決して悪いことではない。トライアンドエラーこそ魔法の真髄だ。
「よし、じゃあ次は空中遊泳しながら魔弾を撃ってみよう。月魔法、星魔法、属性魔法どれでも結構。原始的な魔弾を射出しながら、ばら撒かれたターゲットを全て破壊するんだ」
「は……はい!」
「もちろんターゲットも攻撃してくる」
「はい……えっ」
空中にばら撒かれた円盤状の魔導具は、ひらひらと無造作に動きながら時折魔弾を放ってくる。直接狙うもの、偏差射撃するもの、あるいは完全ランダムなもの。
ターゲット枚数はざっと三百枚。そこから放たれる制圧射撃を必死に掻い潜りつつ、夢子ちゃんはちまちまと反撃してゆく。
「自前の剣と防御魔法は使用禁止だよー」
「そんな無茶な……!」
「魔法の扱いに慣れてもらわなくてはならないのでね」
何度も直撃弾や追い打ちを喰らいながらも、どうにかこれを突破。
身体の自動修復あってこそできる効率のいいトレーニングだ。
「今度は剣を使っても良い。剣撃を反射するターゲットと魔弾を反射するターゲットの二種類をばらまいた。この二種類はそれぞれ異なる魔力波を発しているので、よく見分けながら破壊するように」
「……!」
答える間も惜しいと、夢子ちゃんは再展開された円盤たちに挑んでいった。
しかし魔弾を反射する方のターゲットは味方の射出した魔弾をも軌道を変えるように弾くため、攻撃がより変則的になっている。
この課題に挑戦した夢子ちゃんはかなり苦戦しているようだ。
それでもどうにか中盤から慣れたおかげで、突破はできたようである。
「次は灰色に塗られた十個のターゲットを破壊するまで円盤が供給され続けるモード」
「なっ……! これは、動きが……!?」
「普通の色の円盤を無駄に壊しても相手は劣勢にならないし、動きも少しだけ早くしてみた。さあやってみよう」
実戦に近いと言えばむしろこっちの方であろう。相手がそれなりのやる気を持っている場合、ただ壊せば目減りし続ける攻撃役を配置するなんて間抜けなことはしない。本気で挑んでくる相手はわざわざクリアできるゲームなど用意しないのだ。
戦闘中に鋭く魔力波を見極め、対応する。これこそ魔法使いとの戦いで役立つ能力だ。
続けてターゲットの攻撃を魔弾から光線に、動きを更に戦略的に、どんどん強く、言い換えれば意地悪く変えてゆく。
要求される魔法的技術をより高度に。攻撃を苛烈に。これを乗り越えてこそ魔法使いとしての下地がより盤石になるのだ。
「次に……」
「こらこらライオネルさんー?」
「おっと」
空中からやってきた神綺が、私のフードを掴んで持ち上げてきた。
「最近ずっと魔法ばかりですよー。それじゃあ夢子ちゃんも大変なので、そろそろ交代ですー」
「なんと……たしかにそれくらいの時間続けていたかもしれない……」
パタパタと羽ばたく神綺によって、私は上空へと連れ去られてゆく。
「じゃあ魔法訓練の続きはまた今度ということで」
「は、はぁ……ライオネル様はいずこへ……?」
「私にもわからない」
「そうなんですか……」
「さらばだ」
そういう流れで、私は大空へ拉致された後、セムテリアの塒へと配送されたのであった。
夢子ちゃんは小さくなる私の姿を呆けたように見つめ続けていた……。
まあ、私が付きっきりで夢子ちゃんに構っていても仕方がない。
彼女は神綺の護衛なのだ。神綺の側で力をつけるのが一番であろう。そもそも魔法戦の基礎からきっちり順当に学んでいたのでは習熟まで千年以上はかかるか。
であれば、目的に応じた育成目標を立てるべきだったか。うーむ……現代に追いつくまで既に残り時間は六百年程度。ずっと先を見据えても無駄というものか。
「……もう六百年しかない」
別に、その短い期間で私が成し遂げなくてはならない事があるわけではない。
これはただ、五億年前の地上でアノマロカリスを見かけた時のような途方も無い絶望感が、すっかり過去の思い出になってしまったのだな、という。そんな感傷であった。
遠い遠いと嘆いていても、時間は等間隔で過ぎていく。少なくとも、宇宙空間で妙な重力に巻き込まれなければ。
今だからこそ評価できる尺度でしかないのだが、私の場合は幸いだったのだろう。
五億年とはいえ、たったの五億年だ。奇妙ではあっても海中に生物はいたし、探求すべき命題も豊富。やり過ごそうと思えばいくらでもやり過ごすことはできたし、それを成し遂げるだけの肉体的な頑強さも併せ持っていた。
これが更に大きな尺度になるとさすがの私もうんざりしていただろう。
大岩を布で払って全てを摩耗させるまでの時を与えられていたら、今と同じような調子でいられた自信はあまり無い。そんな地上で過ごすのは億劫だ。
だから私は、運が良かったのだろう。
転んでも手をつけた。それが最大の幸運だった。
あるいはこの宇宙には、もっと悲惨な……手をつくこともできない者が、どこかに漂っているのかもしれない……。
いたところで、私には探す手段など無いんだけどもね。