東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私の名前は夢子。

 

 神綺様とライオネル様によって造られた人間であり、神綺様を守護する者。

 

 魔界における創造神である神綺様に危機が迫った時、すぐに駆けつけその身をお守りすることこそが私の存在理由。

 それ故、常にこの命を投げ打つ覚悟を持たなくてはならない……。

 

 ……そう教わってはいるものの。

 

 いえ。私自身、神綺様のためにこの身を使うことを厭うことはないけれど。

 

 単純に、疑問があった。

 神綺様の身に危機が迫ることなど、あるのだろうかと。

 

 

 

「負けたこと? 無いわねぇ」

 

 一度、興味本位でそう訊ねたことがある。

 なにせ神綺様による直々の訓練などでは彼女の力の強大さを見せつけられるばかり。

 魔界だけでなく、外界も含めた様々な価値観を学んでいくうちにいわゆる“外なる脅威”の存在が明るみになるのかと思えば、決してそんなこともない。

 神綺様はこの世に存在する者の中でも飛び抜けて強いのだ。

 

「魔界の外から侵略者がやってきたことは何度かあるわねぇ。最初のだとコンガラ、その次からも散発的に来て、あー魔人たちが反乱を起こしたこともあったかしら? けどすぐ収まっちゃったからあれは違うかな……? 魔族の受け入れからは血の気の多い相手が増えたから、駄目なのを間引く意味で戦うこともあったけど……うーん、でもそれも戦いなのかどうか……」

 

 実際、神綺様の長い経験からも敗北らしい敗北は語られない。命の危機も片鱗さえ見えない。

 神綺様は大変に記憶力がよろしいので覚え違いということもないだろう。

 実力差が圧倒的で戦いと見なされない出来事さえ多そうだ。

 

 まず、神綺様は傷を負わない。刃で傷がつかず、炎に炙られても焦げることもない。

 経年劣化に関しても他種族と比べて明らかに強靭さが違う。長命とされる神族や魔族と比べても肉体が劣化することがない。

 魂を持つものはほぼ全て“穢れ”によって劣化していくが、神綺様はその例に囚われない。

 

 唯一、弱点らしい弱点を挙げるとすれば……魔界の外に出られないということだろうか。

 昔は魔界と外界の行き来は非常に困難だったらしいけれど、私のいる今の時代にはそれも容易になったそう。扉を用いた移動は最も虚弱な人間ですら可能だというのに、神綺様はそれができないのだという。

 

 では神綺様が外界に連れて行かれることを阻止するべきなのでしょうかと問うてみた。

 が、どうやらそれも心配いらないのだとか。

 神綺様が外界に移動しようとすることそのものが困難で、丁度ゲートのある場所に見えない壁でも生まれるかのように遮られるそうで。だから無理やり何らかの力で拉致されることを懸念する必要はないらしい。

 

 ……となると、いよいよもって神綺様の護衛の存在理由が見えてこなくなる。

 

 私は……自分の存在理由が欲しかった。

 必要ないと言われたくはない。そうなった時、どうすればいいのかわからない。

 

 私は造られた人間だというが、自分が普通の人間でないことは勉強していくうちにすぐ理解できた。

 普通の人間はオスとメスの交尾により、ほぼ一般的な動物と同じ経過を経て生まれるので、血族の結びつきから自己の役割を確立できる。

 ところが私には通常のそれがなく、頼れる存在が神綺様とライオネル様のお二人しかいない。

 

 役目を果たしようがないのは困る。

 なので、私は一度神綺様に対して申し出たことがある。

 

 私の役目は神綺様を守ること。でも、それが難しい以上は別の役割を。

 たとえば、もう一人の創造主であるライオネル様をお守りするのはどうかと提案してみたのだ。

 

 神綺様はライオネル様に特別な好意を抱いているというか、ライオネル様を第一に考えていらしているのは共に過ごしていてすぐにわかった。

 なので、私がそう提案した時に優しげな顔で頷いたのだけれども。

 

『神綺。夢子ちゃん。それはいけない』

「ッ……!?」

「あら」

 

 私と神綺様が頷きあったまさにその瞬間、私の喉元には白骨の腕が絡みついていた。

 そして耳元から発せられる低い声。

 

 それは、その瞬間までいなかったはずのライオネル様によるものだった。

 

「夢子ちゃん、驚く必要はないわ。それはライオネルが貴女に仕込んでいた呪いだったみたい」

 

 私の喉に巻き付く腕と、肩の上に浮かぶ頭蓋骨。どうやらこれはライオネル様のものではあれど、ご本人ではないらしい。

 

「うーん。私としては、いざという時こそライオネルを守って欲しいんだけどなぁ」

『夢子ちゃんを作ったときの約束を覚えているね? 彼女は神綺を守るための存在。神綺はそれに同意したはずだよ。たとえ神綺本人からの要請であっても、彼女の役割を捻じ曲げてはいけない』

「……ああ、夢子ちゃん怯えなくてもいいのよ。それはライオネルの作ったゴーレムのようなもので……受け答えをしてくれるだけの“リッチモンド”という奴なの。本人はきっとこのやり取りを知らないわ」

『夢子ちゃん、わかったね。貴女はライオネル・ブラックモアよりも神綺を優先しなければならない』

「……わかり、ました。私は、神綺様をお守りします……」

『よろしい。ああ、これは貴女の自由意志を直接奪う類のものではないので安心して。ただ、神綺とのやり取りの中で発生する警告文のようなものだから』

「抜け目ないなぁ……こういうのを残されるくらい信用されてないのは残念。でも、私のことを気にかけてくれるのはちょっとうれしいかも。うふふ」

 

 私としては肩と首に触れる不気味な重量が恐ろしくて堪らないのに、神綺様は場違いに嬉しそうに微笑んでいる。

 ごきげんなようで何よりです。けど私についたこれ、どうにかなりませんか。

 

 本気でそう頼もうとした瞬間、取り付いていた“リッチモンド”とやらは前触れもなく消滅した。……本当にただ単に“警告”をするためにつけられた呪いだったらしい。

 

 ……ライオネル様は偉大なる魔法使いを自称する、まさに魔法における大天才だ。

 教え方などは熱が入りすぎるせいかお世辞にもわかりやすくはないけれど、魔法において右に並ぶものはいないとされている。……らしい。実際にその力量を疑う必要はないはず。

 ……そんな方にこうして釘まで刺されてしまっては、ええ。神綺様の護衛を私の存在理由とするしかないのでしょうね……。

 

「夢子ちゃんは、きっと暇だからそうやって思い悩んでしまうのよ」

「……暇、ですか」

「ええ。人は暇だと真の意味で死んでしまうの。入念に造られたあなたの魂は決して劣化することはないけれど、暇によって無意味なパターンばかりを繰り返し、記憶核をツルツルにしてしまってはいけないわ? せっかく人間として生まれたのだから、何か趣味の一つでも持たなくちゃ。あるいは、本目標とは別の小目標を作ることね」

 

 趣味、趣味かぁ。

 それと、小目標……うーん……。

 

 ……気晴らしに何か別のことを……と、思えるほど今の私はすっぱりと考え方を切り替えられない。

 自分の存在理由。どうしてもそのことが頭から離れないのだ。

 

「せっかくだし、色々探してみるといいわよ。……まだしばらくの間は私の護衛も必要にならないと思うから、しばらく好きに生きてみなさい」

「えっ。いえ、ですが……」

「そうして成長してこそ、私の護衛は務まるものだと思うけれど?」

 

 ……ご本人からそう言われてしまっては、頷く他にない。

 護衛すればいいのか、しなくていいのか。わからなくなってくる……。

 

 ……しかしさて。うーん。どうしたものでしょうか。

 

 


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