東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 異形のヘドロ怪物から逃げ切るのは、かなり容易であった。

 外に出るなり私に襲い掛かってきた奴らであるが、動きは恐竜たちと比べても緩慢だし、サイズも大型種ほどではない。

 

 “浮遊”で飛べばそれだけで相手の攻撃はやり過ごすことができたし、少し距離を離せば、奴らは目が悪いのか、すぐに私の姿を見失ってしまった。

 声を掛けられ、追われた時こそパニックだったが、冷静に上から眺めてみれば、なんてことはない。

 

 なんてことはないのだが……。

 

「……うーん」

 

 地上は、混沌に満ちている。

 這いずりまわるコールタールの怪物、空を飛ぶ灰色の……グライダーのような生き物。

 幹の表面を歩く小さな石のような虫。

 

 目に映る全ては、見たことも、聞いたこともないような生物……のような何かで、埋め尽くされていた。

 

「……奴ら、言葉を話していたな」

 

 食うだとか、殺すだとか、とても正気とは思えない状態ではあったが、言葉は使っていた。それも、私の知っている言語で、である。

 ……まさか、この目に映る数多の生物全てが、私の心が生み出した新しい神様、なんてことはあるまい。

 だが、これらが私と完全な無縁であるとは思えない。

 

 奴らは何者なのか。

 地球は今、どうなっているのか。

 

 ちょっと、調べてみる必要がありそうだ。

 

「面倒な事になっていなければいいが」

 

 一体何が面倒なのかはこれっぽっちも想像できていないが、なんとなくそう呟いて、私はひとまず、世界を見て回ることにした。

 何事も円滑に進めるためには、まずは冷静な観察から始めるのだ。

 

 

 

 

「それにしたって、まさかここまで変わっているとは」

 

 恐竜が去った後の地球は、哺乳類の天下だという話を聞いたことがある。

 詳しくは知らない。私は、古代史の専門家ではなかったから。

 

 でもそれにしたって、これはおかしいだろうと思う。

 お前に古代史の何がわかるんだと言われても、この状況はどう考えたって“変”だ。

 

「なんなのこの生き物たちは……」

 

 見渡せど見渡せど、怪物ばかり。

 悍ましい姿のものから、どこか神々しいような、無機物的なものまで多種多様。

 少なくともそれらのほとんどは、昆虫や魚や哺乳類から進化したような原型を持っていない。

 まるで宇宙から降り注いだかのような、突拍子もない姿がほとんどだ。

 

『食わせろ!』

『殺す!』

 

 そんな奴らが、同じくらいの大きさの相手を見つけては、出会い頭に衝突したり、身体の鋭い部分や尖った部分を使って攻撃している。

 どこが弱点でどこが何を司っているのかもわからない体だが、争う者達は皆、相手が動かなくなるまで戦い続けている。

 

『食う!』

 

 そして、片方が動かなくなると、勝った者は負けた方を飲み込み、我がものとする。

 

 数時間ほど地球を“浮遊”にてさまよっていると、そんな光景があちこちで見られた。

 

 

 

 生物らしい弱肉強食と言えば、確かに同じかもしれない。

 でもあんな生物達を、私は知らない。化石も、生きた痕跡も、現代には残っていないはず……。

 

「……いや、まてよ……」

 

 “望遠”を用いて、異形の生物の様子をよく観察する。

 

 ほとんどヘドロをデンと地面に叩きつけたような、富士山のような形のバケモノがいる。

 黒くドロドロしたその生き物の上を、今、小さなネズミのような哺乳類が通り、走っていった。

 

 富士山型の化け物は死んでいない。呼吸しているように、静かに上下に膨らんでいる。

 ネズミに気付こうと思えば、気付けていたはずだ。

 

 それに、よく見れば、法則がある。

 化け物達は確かに生物らしく争い、捕食してはいるが、それは同じ化け物同士。

 哺乳類や昆虫を襲ったり、植物をこわしたりといった様子は見られなかった。

 

「なるほど、同じような奴しか狙わないのか……いや?」

 

 と思いきや、ネズミが灰色の巨大なクラゲっぽい化け物に飲み込まれた。

 

 ……そしてすぐに、吐き出された。

 ネズミは慌てた様子で、その場から逃げ去ってゆく。

 

「……同じようなやつしか殺さないけど、区別はつかないみたいだな」

 

 私が襲われたのも、区別がつかなかったが故のことなのだろう。

 そして、彼らは言葉は使うが、聞く限りではどれも稚拙なものばかり。

 

 ……言葉を扱うのは、アマノの影響だろうか。

 

 いや、そもそもこの地球に跋扈する化け物たちは皆、アマノの灰がもたらした存在なのかもしれない。

 

 一時の地球を支配していた神の遺骨だ。それが何の作用もしないとは思えない。

 私と同じ言語を扱うことも、アマノ。それで理由が付けられる。

 

 とすれば彼ら化け物達は、アマノの化身とも取れるのかもしれぬ。

 

 ……まぁ、姿は多種多様で、似ても似つかないけれど。

 

 

 

「……とりあえず、今のところは平気ってことでいいのかな」

 

 “望遠”を解除し、一息つく。

 

 確かに見た目にはおぞましい世界の様相だが、かつて住んでいた生き物らが平気であれば、何も問題はない。

 姿が醜いからと襲いかかるのはミイラとしてどうかと思うし、何より彼らがアマノの力の欠片だと考えると、やたらと殺す気にもなれなかった。

 

 ……彼らのことは、そうだな。

 “原始魔獣”とでも呼ぶとしようか。“魔獣”と呼ぶには、姿にテーマらしいものが見られないしね。

 

 ともあれ、もう既に何年もこうして、普通の生命と彼ら原始魔獣の間で不干渉が続いているなら、良いことだ。

 このまま放っておいても構わないだろう。

 

 とくれば、後は私のやることはひとつ。

 

「……魔界に戻るか」

 

 地に埋もれてから、かなりの時間が空いてしまった。

 魔界に戻り、神綺と再会しなくてはなるまい。

 

 

 

「……あ」

 

 そうして魔界へ戻るための魔力を身体の中にかき集めようとして、私はひとつの異変に気付いた。

 

「肋骨が……」

 

 ローブの裾をたくしあげ、腹と胸の辺りを見てみると、私の腹から胸骨あたりにかけての骨や皮が、ごっそりと削げ落ち、消滅していた。

 何億年も形を保ち続けてきたミイラの身体が削れ、中の空洞から背骨が、はっきりと見えてしまっている。

 

 隕石を止める際に、私の身体を魔力に変えた結果引き起こされた、魔力体の損耗である。

 

「……安心させてやらないと」

 

 こんな状態になっても、私に痛みはない。しかしあの時は、やはり随分な無茶をしたものだ。

 早く魔界に戻り、神綺に報告しなくては。

 

 


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