私はゲートを潜り、地上世界へと進出した。
潜った先に開けた景色は、涼し気な平原。
「わぁ……」
けど、そこには果てしなく広がっていそうな青い空があった。
風に合わせて流れる白い雲と、小さくも煌々と熱を発する太陽と、青空の奥で霞んで見える月。
話には聞いていたけれど、実際に見ると想像よりも随分と違う。
違うけど、凄い。圧倒的な景色だ。魔界とは似てるようで、それでも雰囲気が……。
……おっと、いけない。
ある程度の時間はいただいているとはいえ、私は役目を放り出して旅に出るのだ。
感動するのも悪くないけれど、自分の用事は早めに済ませておかないと。
ライオネル様より頂いた世界地図には、三十の印がつけられている。これが私を造るにあたって利用された少女たちのいた場所だ。
印を魔力を込めた指でなぞると、名前などの詳細な情報も現れる。
どこどこの村。どこの墓場か……。
彼女らは全て孤独に死んでいったという。
なので身寄りを探すことは難しく、墓のあった場所なども現存しているかは怪しいとか。……この印の場所にたどり着いたとしても、何の情報も得られないだろう。私の魂や身体が応えるかどうかが全てだ。
「こればかりは行ってみないとわかりませんよね」
行動あるのみ。
私はまず、手近な印を目指して歩き始めた。
長い旅の始まりだった。
1人目。
エレナ。
死因は村を襲った旱魃による飢饉、餓死。……とされているものの、実態は間引きのために家族に殺されたという。
村人の半数が亡くなり、共同の墓地(ただの大穴)へ埋葬される寸前に遺体を回収。
彼女のいた村に訪れると、そこは既に廃村となっていた。
何らかの戦があったのだろう。焼け跡と、磔にされていたらしい遺体が僅かに残っている。
エレナの家族がどこにいるかもわからないし、村がどうなったのかも不鮮明だ。
私の魂が何かを示すこともなかった。
出来事といえば廃村を棲家にしていた山賊に襲われかけたことだろうか。
当然傷を負うこともなかったけれど、人間の愚かさと脆さには驚いてしまった。
まるで動物。これからゆく先々で彼らのような者たちと出くわすのかと思うと、早くも気が滅入る。
2人目、3人目、4人目。
ノン。フラウ。ミーヤ。
死因は凍死。戦乱によって故郷を失った彼女らは、戦禍を逃れ安息の地を求める難民団のようなものに追従していたらしい。
けれど難民達はブリザードの吹きすさぶ雪山の中で遭難、おそらくそのほとんどが亡くなったという。三人の少女はその犠牲者のごくごく一部だ。
私が雪山を訪れた時には、どこに遺体があるのかもわからなかった。
獣に食われたのか、雪に埋もれたのか。春の雪解けに流されたのか……。
結局、人が寒さにさえ極端に弱いことくらいしか得られたものはない。
5人目、6人目、7人目、8人目。
名称不明。
死因は窒息。山火事の中、逃げ遅れたことと地形が災いしてか、息ができなくなり死んだのだという。
彼女たちがいた山火事の森に寄ってはみたものの、そこは既に森が復活しているようだった。
何も感じ入るものはない……。
雲行きが怪しくなってきた。わかってはいたけれども。
9人目。
名称不明。
誰も踏み入れたことがないという深い大井戸に落ち、衰弱死。
驚くべきは、彼女がこの大井戸に落ちた後も何日かは生き延びていたということだろうか。
身寄りはなく、孤児であったという話だ。
私が現地に赴いてみると……大井戸が現存していた。
その底は半分は既に枯れていて、動物や人間の遺骸が山積している。
地元の住民はこの大穴を恐れていたけれど、下りてみるとなんということはない。ただの地下空洞だった。
恐怖を覚えることもない。
それよりはむしろ、現地での道案内がまともに機能してくれないという点に大きな不満がある。
出会う人がことごとく騙しに来るか、殺しに来るか……。
……ライオネル様の言う通り。あまり関わらないように旅をしよう。
10人目、11人目、12人目、13人目、14人目。
名称不明。
死因は失血死。
とある僻地の村落で行われた雨乞いの生贄に差し出された少女たちらしい。
森深く、いかにも不便そうな山間部にその村落はあった。
どうやら雨乞いの儀式は今でも続いているらしく、年若い子供の生き血が必要らしい。しかし実際に雨が降るかどうかは微妙なところで、単に村落を脅かしている魔族が生贄を欲しているだけの話だったようだ。
私としてはこの魔族に対して思うところはなかったのだけど、領域に踏み込んだことが気に障ったのか、向こうの方から襲いかかってきた。
自己再生をするまでもなく軽く剣で返り討ちにしたものの、感じ入るものはない。敵討ちを果たしても霊魂に変化は無し……ふむ。
15人目。
アンナ。
死因は疫病。
目的地の墓場は既に森に飲まれ、面影を拾うこともできなかった。
16人目、17人目、18人目、19人目、20人目、21人目、22人目、23人目。
名称不明。
死因は肺炎。
貧しく不衛生な孤児院らしき場所で過ごしていた少女たちだったらしい。おそらく強制労働させられていたのだろうとのこと。
寺院は打ち壊されており、一応現地の住民に聞いてはみたけれど、昔のことでわからないという。当時の面影を知る術はなかった。
……人間は情報を持ち越すことが苦手だ。
24人目、25人目。
ベシナ、ラウリア。
死因は自殺。
戦争によって親を亡くしてからすぐに毒を呷って死んだようだ。
良い家柄の少女たちであったらしいので、珍しく情報が集まった。
しかし旧い家は既に彼女らの親族のものではない。他国に奪われてしまったようだ。
もちろん彼女らの来歴を知る者はいない。
また空振りだ。魂に響くものも無い。
26人目、27人目。
オハツ、オトメ。
死因は自殺。
ベシナとラウリアと同じような境遇だけど、こちらは刃による失血死だ。
この国でも他の国でもそうだったけど、男の情報はすぐに集まるのに女の情報になると途端に集まりが悪くなる。
28人目、29人目、30人目。
名称不明。
火砕流に巻き込まれ亡くなったらしい。
地図上を見てもただの自然が広がっているだけで、追跡できる情報は何も無かった。
……いよいよ残りが少ない。
31人目、32人目。
アーカジェン、スーサナジェン。
死因は何らかの魔族の呪いによる衰弱死。
山岳地帯で暮らしている少女たちらしいけれど、地図にあった村が存在しない。
戦争による失われ方ではない。これは……多分、魔族か神族か。
一体何があったのやら。
33人目。
旅も長くなってきた。
時間をかければかけるほどに情報は集まらず、言い伝える人も消えていく。
急いだつもりではあったけれど、それでもまだ人間の営みは早く、追いきれるものではなかったらしい。
「……」
最後の墓場には、少女のいた名残も、その家族の痕跡も見当たらなかった。
何の縁もない誰かの墓石の前で、私は自分を手のひらを見て、そして握る。
私は己のルーツを見失った。
手がかりはあったが、追えなくなってしまった。
この謎は解明されることはなく、永遠に残り続けるのだろう。
心のどこかに虚無感がある。達成感は、お世辞にも虚無感に釣り合うだけの量を得られなかったように思う。
絶望などではないけれど、期待はずれ。……何かを得られると思っていたんだけど。
「この旅の中で、人間に親近感が湧くと思っていたのにな……」
失敗だったのかもしれない。
旅の中で、むしろ心の距離は遠ざかった。
粗暴で幼稚。弱く、愚かで、救いがたい。
神族や魔族が肩入れする理由がわからない。あんな奇妙な生き物たちに依存して生きるだなんて。
「人間と関わってもろくなことにならないな……さっさと魔界に帰るとしましょうか」
こうして私の旅は終わった。
結論は出た。私は人間が嫌いなのだと。
……非業の死を遂げた少女たちの総意と思えば、ある意味正しい答えなのかもしれない。