東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ナハテラの遺児、レミリアとフランドールは姉妹だった。

 研究肌であったとはいえ、古き由緒正しい悪魔としての性質を受け継いでいるためか、この二人の悪魔は若年であるにも関わらず強大な力を有している。

 

 十にも届かないような外見からは想像もできない膂力。

 溢れ続ける底なしの魔力。

 そして種族として有する悪夢的なまでの再生力。

 

 地上に進出した悪魔の中でも、二人の姉妹は特に注目されていた。

 

 姉のレミリアは純粋に妖魔としての性質を振るう、非常に悪魔らしい悪魔である。

 “吸血鬼”と呼ぶに相応しい血を用いた能力もさることながら、その暴威に酔いしれるわけでもない理性的な頭脳も併せ持つ。

 この時代の人間たちと比べて遥かに貴族的に見えるその振る舞いは、まさしくナハテラの知性を受け継ぐ者として相応しかった。

 

 対して妹のフランドールは己の“能力”に対する関心も薄く、姉のレミリアのように貴族的・社交的な性格でもない。

 しかし彼女はナハテラの代名詞とも言える魔法研究に対する興味が強く、その点で言えばレミリア以上に“ナハテラ的”な悪魔だった。

 強い能力を持つ妖魔であれば魔法の修練など興味を持たない者さえ珍しくもないが、フランドールは一日のほとんどを魔法の独自研究に費やしているという。

 

 そして、フランドールの研究癖は父ナハテラが没した後も変わることはなかった。

 

 

 

「やっぱりあの蛇はただの呪具じゃなかったね。神族の呪いが込められてたよ。というより、能力? お父様でも解呪できなかったわけだ。そりゃあ短時間じゃ紐解く前に連鎖崩壊を起こして死んじゃうよね」

 

 鉄皿の上に盛られた灰を眺めながら、フランドールはとても楽しそうに語る。

 皿の上の灰は父ナハテラの遺灰であると同時に、彼女にとっては貴重な研究材料でもあった。

 

「……楽しそうね」

「うん!」

 

 父が亡くなったというのにその遺灰を弄って喜ぶ様は、姉のレミリアにとってあまり見ていて快いものではなかった。

 とはいえ、妹の研究癖も今に始まったことではない。分け隔てない残虐さも人間に限ったものでないことはよくわかっている。それに、研究癖も父譲りな部分が多いことを思えば、頭ごなしに叱りつける気にもなれなかった。

 

「お父様は……決して敵を作る人ではなかったけれど。“敵を作りたい人”の標的にされてしまった。悪の首魁に仕立て上げられ、多くの派閥の緩衝材にされた……これからの私達は、そうはあってはならない」

「敵ねえ」

 

 アランビックから漏れ出す蒸気をじっと眺めながら、フランドールは気のない返事をする。いつものことだ。レミリアは安楽椅子に座ったまま、語り続けた。

 

「拠点は移す。この屋敷もいつまで安全かわかったものではないからね。問題は、私達の“敵”をどうするかよ」

 

 つまり、自分たちをハメて父を亡き者にした愚か者をどう料理するか。

 敬愛する父を失い、かつ魔族の因子が濃いレミリアは、特にその殺意に飢えていた。

 

「向こうにとって私達が“敵”だとしても、私達にとっては別に敵じゃないんでしょ。だったら別に面倒な連中の相手なんてしなくて良いんじゃない? 拠点を移して、あとはゆっくりしてようよ」

「……驚いた。貴女なら遊び半分で相手を根絶やしにするものかと思っていたけど」

「それはそっちがやりたいことでしょ。今ここで大真面目に悪役を演じたら、向こう百年は本気で追われ続けるよ。その都度いくつ新しい拠点を放棄することになるのやら」

「戦略的撤退が最善と? 尻尾巻いて逃げろと言うの」

「良いじゃん、どう思われようと。お姉さまも悪魔らしい考えなんてさっさと捨てたほうが良いよ。馬鹿達の迷信に振り回されてただの血煙になりたくなかったらね」

「……そう。自信が無いのね」

「は?」

 

 レミリアはこの冷淡な妹の扱いについて、幾つかのコツを掴んでいる。

 理知的なように見えて案外というべきか、フランドールはある種の角度からは激しやすい精神性を有しているのだ。

 

「私は、私達に楯突いた愚か者共を血祭りにあげて“二度と関わりたくないくらい”震え上がらせることができるわ。後顧の憂いなど残さないほどにね。フラン、貴女はそれができないのでしょうけど」

「できるけど。何。喧嘩売ってるの?」

「ああ、別に構わないのよ。貴女は安全な室内でひっそりと研究を続けていればいい。お父様より仰せつかったのだもの。貴女は私が守ってあげるわ? かわいいフラン」

 

 その瞬間、卓上ランプの炎がひとりでに強く燃え上がり、内部の燃料を全て燃やし尽くして消えた。

 闇の中で、フランドールの魔力を帯びた目だけが煌々と輝いている。

 

「調子に乗るな。私より弱い奴が偉そうに」

「だったら勝負で決めましょう。どちらがより多く、“敵”を倒せるのか」

「私がお姉さまに負けるわけないでしょ」

 

 二人の仲は、良くない。

 姉妹と呼ぶにはお互いの性格はかけ離れており、それぞれが重きを置く部分も全く異なる。

 それでも二人がかろうじて“仲の悪い姉妹”として関係を続けて来られたのは、姉のレミリアの努力による部分が大きかった。

 

 負けず嫌いな妹の手綱を上手く操り、仲が悪いながらも同じ道をゆく。

 それがレミリアとフランドールの関係性なのだ。

 

「……“報復の毒蛇”、起きなさい」

 

 フランドールが手づかみで砕いた陶器のアランビックの中から、一匹の小さな黒い蛇が姿を表す。

 父の遺灰と煤によって塗り固められたそれは、ここ最近のフランドールが入念に作り上げ、育てた研究成果の一つである。

 

「フランドール、それは?」

「馬鹿でもわかる簡単な呪詛返しだよ。お父様を殺った連中のところに向かって這って進み、噛み付くの。まあ、呪い屋連中は黒幕ではないんだろうけど」

「……貴女の学者趣味も役に立つ事があるのね」

「あんたの貴族ごっこには負けるよ」

「……」

「……」

 

 暗闇の沈黙の中で黒い子蛇が屋敷を去り、二人の姉妹は牙を剥いた。

 

「さあ、ゲームの時間だ。フランドール、夜が明けるまでの間に私よりも多くの“敵”を殺せるかしら」

「シンプルな魔法もまともに扱えない奴がよく言うよ。安心して、お姉さまのスコアの倍は稼いであげるから」

 

 フランドールは勝負事やゲームといった言葉に弱い。

 戦いや争いよりも、そういったワードによく反応する。

 

 つまりは遊びだ。

 

「ゲーム」

「スタート」

 

 二人の影が一瞬にして消え、屋敷の窓が二枚、微塵に割れて飛散する。

 

 

 

 その夜、とある町と近郊の森から、人と妖魔の一大勢力がそれぞれ壊滅した。

 

 


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