“ゲーム”の勝者はフランドールであった。
誰かがスコアを計測したわけではなかったが、レミリアに覚えのない妖魔の死体があまりにも多すぎた。
僅差であればレミリアも強がって敗北を認めないでいることもできたが、明らかに分の悪い大差がついていたために大人しく敗北を認める他なかったのである。
「一人一人手作業で串刺しにしてたら遅いに決まってるでしょ。複数をまとめて撃ち殺すか、“手分け”して殺すかしないと。いくらお姉さまが速くてもそれじゃいつまで経っても私に勝てないよ」
「ぐぅううう」
「悔しいなら魔法の勉強でもしたらいいのに」
敵対勢力の撲滅。
レミリアは素直に吸血鬼としての身体能力を用いて、真っ向勝負に出た。
月夜の下で力を増した彼女は人の動体視力では到底追いきれるものではなく、ほぼ全ての相手を一人ずつ確実に始末することができた。
一見するとそれは最も効率的な手段であったかもしれないが、フランドールのやり方は姉を上回っていた。
フランドールはまず外に出ると、魔法によって自らの分体を作成した。
輪郭も朧げで力そのものも弱体化した劣化の分身であるが、自分よりも下等な相手であれば十分に仕留めることのできるものである。それを三体。
いくらレミリアの肉弾戦が速かろうとも、手分けしてより効率的に標的を狩るフランドールには勝ち得なかった。
何より、フランドールは魔法を扱うことができる。
分身の肉弾戦は弱体化しているが、魔法を使う場合にはほとんど劣化することがない。発動に際して十分な魔力の供給さえあれば、本体が扱うのと遜色のない魔法攻撃が可能であった。
「……ふん。私達には吸血鬼としての力があればそれでいいんだよ。むしろフラン、あなたこそ持ち前の力を疎かにしすぎない方が良いわ。特にその翼!」
「別に良いじゃない。空なんてどうせ“浮遊”すれば良いんだし」
吸血鬼である二人は生来より翼を持っている。
コウモリのような形であり、自在に空を飛ぶことのできる飾りではない翼だ。
レミリアには完全な形でその翼が備わっていたが、フランドールの翼は違っていた。
彼女の背中から伸びるのは枝のように伸びた一対の翼の名残りのみで、そこに色鮮やかな宝石が吊り下がっているという、奇妙なものである。
「エンチャントを施した魔石。これがあれば魔法発動の補助になってくれる。ただの“帆布”を背負うよりずっと実用的でしょ」
「そうやって自分の在り方を歪めていると、いつか手痛く帰ってくるよ」
「痛いよ。魔石を付けるときはね」
「そういう意味じゃない」
魔法を封じ込めるエンチャント。それは父ナハテラより受け継がれた研究テーマである。
既存の魔法を形として残し、あるいは付与する。そして速やかに再生、再現させる。フランドールとしても好みのテーマであったので、日頃から好んで扱っていた。
彼女の翼につけられた魔石もそれである。
フランドールは自らの妖魔としての根幹部分を僅かに編纂し、肉体に魔法を組み込んでみせたのだ。
肉体改造といえば前向きに聞こえなくもないが、レミリアとしては己の肉体を否定し改竄する妹の所業は、傍から見ていてもあまり気分の良いものではなかった。
「それよりお姉さま。わざわざその棺も持ってきたの? 引っ越しなんだから置いてくればよかったのに。何に使うのあんなの」
フランドールが指で指し示したのはひとつの棺桶。
父と過ごしていた屋敷は既に引き払い、今は既に別の屋敷を拠点としていた。
それに際して眷属(下僕)である人狼たちに必要な家財を運ばせたのであるが、フランドールからするとあまり価値のない粗大ゴミを見つけたような気分である。
「そんな言い方は無いでしょ。これはお父様から受け継いだ由緒正しい棺桶なのよ。魔界の学閥からわざわざ地上まで持ってきたのだから、捨てるなんてとんでもない。案外寝心地も良いのよ」
「あんなので寝てるの……? お姉さま、いらないもの持ってきすぎ。他にも全身鎧とか、変な毛皮とかさ。捨てようよああいうの。古いし邪魔だよ。誰も使ってないのに」
「古いものにこそ価値があるのよ! 長い伝統あってこその名家でしょうが!」
「別にそういうのも全否定はしないけどさぁー……もっと本棚とか作業台のスペース増やしても良いじゃん……」
フランドールは屋内で研究に没頭できればそれでいい。
対するレミリアは妖魔貴族らしく伝統を重んじ、外界への影響力を重視している。
フランドールも一応、自分の安全な引きこもりが姉のそういった努力にタダ乗りしているものであることは承知しているので多くは不満を漏らさない。
それでも時折度を越した貴族趣味が鬱陶しくはなるのだった。
「人に対しても妖魔に対しても種族としての影響力を示し、力を蓄える。研究熱心なお父様だってやっていたことよ。あなたも時々は昨晩のように、表舞台で踊りなさいな」
「……面倒くさい」
「もう、自堕落な子」
とはいえ、姉妹の日常は一事が万事このような具合である。
お互いに反りの合わない部分は多いが、決して別れ道を選ぶことはない関係。
吸血鬼という力ある種族として君臨していることもあり、外敵も少ない。
父が暗殺された一件以降は特に問題らしい問題もなく、平穏に時が流れていた。
「……ん?」
風向きが変わったのは、それより何年か経った後。
フランドールがいつものように屋敷の中で研究に没頭していた時のことだ。
彼女が引っ越しから荷解きしていなかった木箱の中を気まぐれに漁っていると、見慣れない奇妙な魔道具を発見した。
「封印をかけてある……なんだろう。保管用の魔道具なのはわかるけど。随分と軽いな」
フランドールは父の研究を引き継いでいた。
ナハテラに対し親愛の情は持ち合わせていなかったが、同じ研究者としてのナハテラには一定の敬意と理解を示している。
なので折を見ては亡き父の遺品から暇つぶしになるテーマを探すことがあるのだが……その最中に見つけたのが、“それ”であった。
一見すると小さな細長い箱である。
赤銅色の薄い金属で作られたものであろうが、かなり高位の保護がかけられているのか、吸血鬼の腕力を持ってしても引きちぎることはできなかった。
「この厳重さ、堅苦しい意匠……お父様ので間違いはないけど。中身は何? コイン一枚分も無さそうだけど……」
魔力を込めたり、流したり。色々と試しては見るが、細い小箱は開封できない。
どうやら相当に厳重な封印らしく、解除まではかなりの時間と労力を奪われそうだった。
「あらフラン。開かないなら私に見せて御覧なさい。私がすぐに開けてみせるわ」
「……はい」
「軽いわね? どれどれ……ふんッ……! ……ッ!」
レミリアは三分ほど奮闘した。
「はあ、はあ……! なによそれ……!」
「さぁ……? わからないけど、お父様がここまで必死に隠すくらいだし。相当なお宝が入っているに違いないわ」
「……何か入っているの?」
「わからないけどね。けど、面白いパズルだよ。しばらくは退屈せずに済みそうだわ」
偶然見つけた、厳重に封印された細い箱。
フランドールにとっての新しい玩具。
しかしその封じられた小箱は、フランドールの運命を大きく捻じ曲げることになる。