東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 それから、フランドールの栞解析作業が始まった。

 一日中屋敷の中で栞と向き合う妹の姿に、レミリアも最初こそ“またか”と呆れたものであったが、フランドールの様子は日に日に“いつも”とは違った様子を示してゆく。

 

「……ただの材料じゃ無理だ。神代の鉱石か金属を使わないと」

 

 フランドールの研究は一歩目で躓いた。

 栞の開封は箱と同じ要領で十数日かけてクリアしたのだが、肝心の栞の中身が想定以上だったのだ。

 

 まず、情報量の多さ。

 魔石にそのまま転写することで魔法を簡易的に扱う方法はナハテラの遺言でも否定的な手法とされていたが、実際に栞内部に蓄積された情報はあまりにも膨大であったのだ。

 フランドールは今現在でも羽根にエンチャントした魔石を括り付けているが、それら全ての魔石を使ってもなお、“握手”の魔石化は不可能であろうというのが彼女の見立てである。

 

 ならば栞の内容をまず解析し、独自に省略し“小型化”を目指せるのではないか。と、フランドールは考えたのだが、そちらも上手くいかなかった。

 栞に含まれる魔法陣は立体的で床に書き写すこともできず、ならば空中に噴霧した煙に描写させる方法も目論んではみたが、魔法陣には部分的に“純粋な魔力線による描画”でなければ遮断を引き起こす素子が組み込まれているために、単純にコピーすることさえもままならない。

 複製の防止というよりは術の暴発を抑えるための工夫なのだろうが、フランドールとしてはこの入念すぎるセーフティの存在こそが“握手”の膨大な情報量の半分近い部分であるように思えてならなかった。

 

「二次的な使用はさせず、あくまで魔法として扱わせようってわけね。ふうん」

 

 栞はそれそのものが魔法を教唆する魔道具であった。

 解除に成功すれば使用自体は簡単で、魔力を注いで“読み込む”だけでいい。

 それに魔力で触れるでも、飲み込むでも問題ない。それだけで“握手”の発動方法、効力、魔法陣が頭の中に入ってくる。

 

 だがその一定時間だけ理論を習得できたとしても、魔法そのものを身につけるには術の構成が明らかに困難であり、数年かけて“握手”の魔法陣を理解したとしても、発動のためには何時間も準備時間を必要とするだろう。

 この魔法を扱うためには前もって魔法陣を構築する専用魔道具を作り上げるか、少しの狂いもなく魔法陣を瞬時に再現構築するだけの“完全な記憶能力”が必要だ。フランドールは非常に聡明な魔法使いであったが、それほどの狂気じみた記憶力までは持っていなかった。

 

 やろうと思えば、術を習得はできる。

 数年掛けて暗記し、数時間の詠唱や儀式によって発動する緩慢な大魔法として。

 

「そんなの認められるわけ無いでしょ……」

 

 だがフランドールは、どうしてもこの魔法を自らのものにしたかった。

 瞬時に発動し、瞬時に対象を破壊する。父ナハテラが成し遂げることを諦めたその領域に到達し、自らの力を証明したかったのだ。

 

 “握手”の瞬間発動。そのためにはやはり魔法のエンチャント化が必要不可欠だ。

 だがそれには材料がいる。“握手”の膨大な魔法陣を書き記せるだけの、神代級の魔鉱石が。

 

 

 

「フラン、たまには外に出なさい」

「イヤ」

「顔見せを面倒臭がってはいけないわ。私達は存在感を示すことで力を得るのだから」

「イヤってば」

 

 フランドールがいつになく研究に没頭しているのを見かねて、ついにレミリアが動いた。

 屋内でたまに人間の血を飲めば吸血鬼として生きていくことはできるだろうが、それでは魔族に連なる者としてあまりにも貧弱である。

 “人にどう思われているか”は面子以上に妖魔の存在に深く干渉する。フランドールはそういった魔族的な自己確立を好んでいないことをレミリアも知っていたが、かといって妹が弱体化していくのを見ているわけにはいかない。

 

「今日という今日は出てきてもらうよ。これからは私達スカーレット家の存在を示していかなければいけないのだから。私一人じゃ家名を名乗っても虚しいだけでしょうが」

「スカーレットって……その家名本当に使うの?」

「当然」

 

 スカーレットとは、レミリアが提案し名乗りはじめた家名である。

 由緒正しい悪魔の家柄というのが彼女の言であり、対外的にもそういうことにするつもりらしい。実際にナハテラは由緒正しい悪魔なので間違ってはいないのだが、フランドールからするとどうにもレミリアは人間たちの文化に毒されているように思えてならない。実際に毒されている部分も大きいので間違ってはいない。

 

「本当に貴族趣味が好きだな……」

「私はレミリア・スカーレットで、貴女がフランドール・スカーレット。悪くないでしょ。緋色は鮮血の色。吸血鬼である我々にとってこれ以上相応しいものは……」

「はいはい。出かけるんでしょ、わかったよ。付き合うからその恥ずかしい能書きはやめて」

「恥ずかしくないでしょうが」

 

 気乗りしたわけではないが、研究が行き詰まっていたのは事実。気分転換くらいはしたいところではあった。

 

「で、どこに行くの。人間でも殺しにいくの?」

「違う。プリズムリバー伯爵に連なる隠者が近くの山に庵を立てたらしくてね。そいつに挨拶しにいくのさ」

「……プリズムリバー」

 

 その名を聞いて、フランドールは目を見開いた。

 

「どう、外に出る気分になった?」

「……まあ少しは。人間とはいえ、魔法使いだしね」

 

 プリズムリバー伯爵。

 それは魔法使いマーリンを祖とした魔法使いの一族であり、貴族でもある。

 プリズムリバーは代々魔法技術を子孫に継承し続け、枝葉においてはその家名を変えながらも、多岐に渡る。

 属性魔法を操る彼ら彼女らは長年妖魔との争いを続けてきたが、最近では人と魔法使いの間での分断が絶えず、国家から離反する一族の者も数多い。

 

 国を、人間たちの生活圏を捨て、妖魔たちの生息圏で生きることを選択した人々。それらはプリズムリバーの隠者と呼ばれ、今では妖魔の隣人として受け入れられるケースも少なくなかった。

 自らの魔力を律し、長い命を獲得した魔法使いは今や、人間の区分からは逸脱しつつあるのだった。

 

「プリズムリバーといえば属性魔法、そして魔道具。……ふうん。良いじゃんお姉さま。たまには有益な情報も教えてくれるんだね」

「他者を褒めるときはちゃんと褒めなさい。連れて行ってあげないよ」

「ありがとうお姉さま! 私、すっごく嬉しいわ!」

「……あと、スカーレット家の吸血鬼として矜持を持つように!」

「はぁーい」

 


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