東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 プリズムリバー伯爵家の一員であったという老魔法使いベイジは、安息の地を求めてこの森へとやってきたという。

 人の世を守護するために魔法の力を使ってきたが、人の欲と妄執に愛想が尽きたのだという。

 短命で頑迷な人の心は、長命な魔法使いにとってみれば不条理を形にしたような不完全な生き物でしかない。

 

「これからは君たちのような妖魔を友とし、生きることを決めた。それが同じ魔道を志す者であれば、これ以上の隣人はいない」

「友とかそういうのに興味はないけど、貴方が知ってる魔法には興味があるわ」

「ホホホ、素直でよろしい。学ぶ意欲があるということは、何にせよ、実に良い……」

 

 研究者気質という意味では、ベイジもフランドールも性質が似通っている。

 つまりレミリアとは対極に位置するということでもある。レミリアは話の流れがなんとなく自分にとってつまらない方向に行きそうなことを察しつつあった。

 

「しかし、教えを請うにはそれなりの対価が必要だ」

「へえ。悪魔に代償を語るんだ」

「おや。君は私にとって、教えられるだけのヒヨドリでしかないのかね。一から十まで、私からの啓蒙を得るばかりの存在だと?」

「随分と安い挑発をするね」

 

 フランドールはベイジからプリズムリバーの魔法を聞き出したかった。

 そのためなら力尽くで引き出してやっても良いくらいには思っていたが、どうにも相手の言い方が癪に障る。

 相手の情報の対価として情報を渡せない。そう思われることは我慢がならなかった。

 

 何より。この部屋の中に仕掛けられた無数の呪いによる仕掛けを掻い潜った上で勝てるかどうかが未知数だった。

 

「……面倒な駆け引きはやめましょう。私はそういうまどろっこしいやり取りが嫌いなの」

「うむ、それには賛成しよう」

「私は貴方のプリズムリバーの魔法の知識が欲しい。貴方は私に何を望む? いえ、私だけでなくてもいい。そっちのお姉さまに請求できるものでも構わないけど」

「おい」

 

 レミリアにとって何の魅力もない交渉テーブルに勝手に引きずり込まれそうになるのは御免だった。

 

「どうせこの土地で生きる安全なんてどうだっていいんでしょう。何かの魔道具? それとも魔法知識?」

「ふむ……ならばこちらも、ひとまずそちらの魔法知識を要求しておこうか。互いの力量を比べ、摺合せるのは重要だ」

 

 それは明確にこちらの力量を測るための要求であったが、フランドールは鼻を鳴らして頷いた。

 情報と情報の交換は手持ちが減らなくて良い。何より自分と同じ研究分野で遅れを取るとも思っていない。

 

「なるほど。ということは二人は契約を結ぶというのね?」

 

 互いの要求が満たされたので、これで決まり。そんな時、蚊帳の外だったレミリアが口を挟んだ。

 

「悪魔との契約は絶対だ。口先だけのものであってもそれは確かな意味を持つ。当然、そちらの魔法使いもわかっていることだろうが」

「もちろん」

「ならばその契約、このレミリア・スカーレットの名の下に固く禁を戒めてやろう」

 

 レミリアの差し出した手から、赤黒い魔力の波動が溢れ出る。

 オーラのようなそれはゆっくりとフランドールとベイジの手へと伸び、緩やかに巻き付いてゆく。

 ベイジは多少警戒するような目を向けているが、フランドールは“また始まった”とばかりに呆れていた。

 

「そんなもの無くても破らないよ」

「絶対をより絶対にするためのちょっとした儀式よ。私の立ち会う場で生半可な誓いなどさせないわ」

 

 レミリア・スカーレットは悪魔らしい悪魔だ。

 彼女はフランドールとは違い、人間でも扱えるような魔法を修めてはいない。

 

 そのかわり、彼女は己の種族としての力を強く信奉していた。

 己が吸血鬼であることを誇りとし、妖魔として持つ己の能力を信じ抜いている。

 

 自己陶酔にも近い己への追認は、彼女に類まれな能力を与えている。

 

「私は運命を操る。運命を固定することも、引き寄せることも思いのまま」

「……ほお」

 

 ベイズがより警戒を強くしたように薄目を開いたが、フランドールとしては勘弁してくれといいたい所だった。

 

 確かにレミリアは能力を持っている。彼女の言う通り運命を操るのも間違ってはいない。

 だが肝心の能力の強度が弱すぎるのか、言葉で言い表すほどの結果が伴わないのが実情である。

 

 賽の目に能力を使っても百発百中で狙った目が出るわけではないし、ちょくちょく予言をしてみせることはあるが普通に外すことも多い。以前興味半分で統計を取ってみたら数%も動いていないのが現実であった。

 本人曰く“運命を引き寄せるために注いだ魔力が大きいほど力が強まり、反動も増える”のだという。だが口約束程度でも大きな制約となり得る悪魔という種族柄であるせいか、その反動とやらのリスクのほうが大きい有様だ。

 

 フランドールはこの場ではっきり言ってやるほど性格が悪くなかったが、ありていに言ってどうでもいい能力である。

 掛けても掛けなくてもほぼ変わらない。むしろ頑張って掛けた分リスクを伴うだけの自爆技。

 

「これにて契約は成った。双方禁を破った場合には、相応の報いがあることを心得なさい」

「はいはい」

「……うむ、良いだろう。胸に刻んでおくとしよう」

 

 注がれた魔力量的に、この運命に逆らった場合はクローゼットの角に小指でもぶつけることになるのだろうか。

 しかしベイジのほうは無駄に真剣な顔で受け入れているようだったので、バレるまでは思い込ませておくだけでも構わないかと前向きに捉えることに決めた。

 

 

 

 フランドールとベイジの結んだ契約は、互いの魔法知識の交換。

 条件は互いに専門外の分野の知識を段階的に教え合うというものだ。

 フランドールは父から受け継いだエンチャントを。ベイジは一族より受け継いだ“虹色の書”に連なる属性魔法の知識を教えあった。

 

 交換する知識はほとんどが前提となる基礎知識ばかりであったが、時間をかけて行う交流は何も知らなかったお互いを“ひとまずは信頼できる相手”と認識するための準備としては丁度良かった。

 

 ベイジは自分で言っていたように森の中で活発に動くことはなく、生態系や勢力を荒らすこともない。やることといえば室内で魔法の研究をするか、書をしたためる程度のもの。実におとなしい模範的な魔法使いと言える。

 彼は第一印象と違わず理知的で、穏やかな気性の持ち主であった。邪魔さえされなければずっと隠遁生活を続けていそうな、閉鎖的な魔法使い。

 それはフランドールにとって決して悪くない研究仲間と言えた。

 


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