それから、私は積極的な研究をしなくなった。
霊魂へのエンチャントが成功したからとか、そういうことではなく。興味が薄れてしまったんだ。
私が探究したところで、何の意味があるのかと。そう思ってしまうことが、増えたから。
「それじゃあ出かけてくるわね」
「うん、いってらっしゃい。お姉さま」
私のお姉さま。レミリア・スカーレットは、そんな私の変化を喜ばしく思っているらしい。
多分、お姉さまは魔法が全ての元凶であると考えているのだろう。その魔法から離れてくれるならば、快方に向かうのだと。そう信じているに違いない。
「勉強すればいいのに……」
誰もいなくなった屋敷の中で、私はぽつりと言葉を零す。
もう、何日もここから動いていない。
魔法の研究も、外出も、会話だってほとんどしていない。
エンチャントを終え、“フランドール・スカーレット”という存在の空虚さに気づいた私は……様々な想いを失っていたのだ。
もちろん感情が消えたわけではない。けど、その振れ幅が極端になったように思う。
数日前にまでは持っていた感情が抜けて、他の心で代用しているかのような。本来やるべき受け答えができなくなっているかのような。そんな喪失感。
……恐るべき魔法を手にするために支払った代償は、とても大きかったというわけだ。
「私が死ぬと、お姉さまが悲しむ……」
言いながら、手を握り込む。
それだけでテーブルの上のチョークが砕け、微塵になった。
“握手”。私の成功の一つであり、最大の失敗でもあるこの魔法。
……私は、これを自分にかけないように日々を過ごすだけで精一杯だった。
「フランドール・スカーレットを修復する方法は無い……少なくとも、この屋敷には無かった……」
蛍石が砕ける。骨董品らしき素焼きの器が砕ける。
私がこうやって手を握れば握るほど、この世のものは容易く壊れてゆく。
「私を壊してしまえば、全て解決するのにな……」
けど、これを自分に使ってはならない。理由はともあれ、お姉さまはそう言っている。
私がいなくなっては困るから。
……そうは言ってるけど。
実際は、私が居ないほうがお姉さまのためになると思うんだよね。
「消えたいなぁ」
お姉さまは私に依存している。何故か。唯一の肉親だからだろう。その感情はわかる。私もかつて持っていた想いだから。
でも、そんなことのためにまた住処を変えて。私を助けるための方法を探し回ったりして。
そんな無駄なことをしていたら、絶対にいつか死んじゃうよ。
私の魂はもう修復できないくらい傷ついている。時間とともに傷口が開きかける感覚だって、強くなっている。
だから私はもう永遠の命を持っていない。私の延命行為は無意味だ。それよりは、お姉さま自身のためにその時間や労力を使ってほしいと思う。
「死者のことなんて、生者は忘れるべきなんだよ」
手を握る。テーブルの上のオリハルコンが砕け散る。
お父さまの面影を移すであろう最期の品が、壊れて消えた。
私もこうでありたい。過去となって、お姉さまの中で思い出話になってしまいたいんだ。
でもお姉さまは許さない。私が死ぬことは、最期まで絶対に許すことはないだろう。
「愛……愛ね、愛……」
近頃の私は、お姉さまの勧めで本を読んでいる。
どれも物語性のある書物ばかりで、私の知識欲の類を満たしてくれるものではないけれど、それゆえに難解で、それなりに面白くはある。
物語ではよく愛が語られる。だから私も、愛について少しだけ詳しくはなったつもりだ。
お姉さまから注がれる温かい感情も、きっと愛というものなのだろう。
けどこういうのも所詮は上辺だ。出来損ないの私の感情では、一体どこまでが本物なのかもわからない。
「いつかお姉さまの愛想が私から尽きるまで……」
だからやっぱり、私には死こそがふさわしいのだと思う。
結局、最期にたどり着く答えはそれなのだろうから。
日に日に悪化する体調。精神。情緒。自我。
私は自分の終焉を受け入れながら、お姉さまとの穏やかな日々を過ごしている。