東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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自然に壊れるその日まで

 

 それから、私は積極的な研究をしなくなった。

 霊魂へのエンチャントが成功したからとか、そういうことではなく。興味が薄れてしまったんだ。

 私が探究したところで、何の意味があるのかと。そう思ってしまうことが、増えたから。

 

「それじゃあ出かけてくるわね」

「うん、いってらっしゃい。お姉さま」

 

 私のお姉さま。レミリア・スカーレットは、そんな私の変化を喜ばしく思っているらしい。

 多分、お姉さまは魔法が全ての元凶であると考えているのだろう。その魔法から離れてくれるならば、快方に向かうのだと。そう信じているに違いない。

 

「勉強すればいいのに……」

 

 誰もいなくなった屋敷の中で、私はぽつりと言葉を零す。

 もう、何日もここから動いていない。

 魔法の研究も、外出も、会話だってほとんどしていない。

 

 エンチャントを終え、“フランドール・スカーレット”という存在の空虚さに気づいた私は……様々な想いを失っていたのだ。

 もちろん感情が消えたわけではない。けど、その振れ幅が極端になったように思う。

 数日前にまでは持っていた感情が抜けて、他の心で代用しているかのような。本来やるべき受け答えができなくなっているかのような。そんな喪失感。

 ……恐るべき魔法を手にするために支払った代償は、とても大きかったというわけだ。

 

「私が死ぬと、お姉さまが悲しむ……」

 

 言いながら、手を握り込む。

 それだけでテーブルの上のチョークが砕け、微塵になった。

 

 “握手”。私の成功の一つであり、最大の失敗でもあるこの魔法。

 ……私は、これを自分にかけないように日々を過ごすだけで精一杯だった。

 

「フランドール・スカーレットを修復する方法は無い……少なくとも、この屋敷には無かった……」

 

 蛍石が砕ける。骨董品らしき素焼きの器が砕ける。

 私がこうやって手を握れば握るほど、この世のものは容易く壊れてゆく。

 

「私を壊してしまえば、全て解決するのにな……」

 

 けど、これを自分に使ってはならない。理由はともあれ、お姉さまはそう言っている。

 私がいなくなっては困るから。

 

 ……そうは言ってるけど。

 

 実際は、私が居ないほうがお姉さまのためになると思うんだよね。

 

「消えたいなぁ」

 

 お姉さまは私に依存している。何故か。唯一の肉親だからだろう。その感情はわかる。私もかつて持っていた想いだから。

 でも、そんなことのためにまた住処を変えて。私を助けるための方法を探し回ったりして。

 そんな無駄なことをしていたら、絶対にいつか死んじゃうよ。

 

 私の魂はもう修復できないくらい傷ついている。時間とともに傷口が開きかける感覚だって、強くなっている。

 だから私はもう永遠の命を持っていない。私の延命行為は無意味だ。それよりは、お姉さま自身のためにその時間や労力を使ってほしいと思う。

 

「死者のことなんて、生者は忘れるべきなんだよ」

 

 手を握る。テーブルの上のオリハルコンが砕け散る。

 お父さまの面影を移すであろう最期の品が、壊れて消えた。

 

 私もこうでありたい。過去となって、お姉さまの中で思い出話になってしまいたいんだ。

 

 でもお姉さまは許さない。私が死ぬことは、最期まで絶対に許すことはないだろう。

 

「愛……愛ね、愛……」

 

 近頃の私は、お姉さまの勧めで本を読んでいる。

 どれも物語性のある書物ばかりで、私の知識欲の類を満たしてくれるものではないけれど、それゆえに難解で、それなりに面白くはある。

 

 物語ではよく愛が語られる。だから私も、愛について少しだけ詳しくはなったつもりだ。

 お姉さまから注がれる温かい感情も、きっと愛というものなのだろう。

 けどこういうのも所詮は上辺だ。出来損ないの私の感情では、一体どこまでが本物なのかもわからない。

 

「いつかお姉さまの愛想が私から尽きるまで……」

 

 だからやっぱり、私には死こそがふさわしいのだと思う。

 結局、最期にたどり着く答えはそれなのだろうから。

 

 日に日に悪化する体調。精神。情緒。自我。

 

 私は自分の終焉を受け入れながら、お姉さまとの穏やかな日々を過ごしている。

 

 


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