東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ギターを掻き鳴らす。

 特徴的なリフ。生身だった頃は技術的に全くできなかったそのメロディを、無人のコンサートホールに響かせる。

 

 今日は私の単独公演だ。

 思い出の彼方で曖昧に眠っていた曲を一曲ずつ披露していけば、その時間は何十日にもなった。

 

 本来なら魔人でも悪魔でも人を呼び込んで聞かせるのが普通である。

 しかし音楽は歴史を作ってしまう。一度聞いた衝撃的なメロディは誰かの心に深く突き刺さり、長く長く残り続けるのだ。

 そうなると、綺麗な思い出を再現しようとした誰かがこの世のどこかで先んじて生まれてしまうかもしれない。

 そこで発生するのは、今私が曖昧な記憶で演奏する“不完全”なこれと同じ。いや、あるいはもっと未熟な出来損ないかもしれない。

 

 これは私のエゴだが。

 私はかつての現代にまで残っていた名曲の数々を、そのままの形で聞きたいと思っていた。

 

 だからこのコンサートの聴衆は私が作ったゴーレムの大群以外にはいないし、曲も後には残らない。

 

「わあ、今の曲久々に聞きました。懐かしいですねえ」

 

 おっと。

 正確には一人だけいたか。

 神綺は最前列に椅子を置いて、私の単独ライブを聞いてくれている。

 

「やあ神綺。今日は来てくれてありがとう」

「わーわー」

「ここでメンバー紹介だ! ギター、ライオネル・ブラックモア!」

「ふーっ!」

「以上!」

「いえーい!」

 

 手の中に水入りペットボトルを生成し、それを頭から被る。

 バシャバシャと滴る水。長時間の演奏で火照った身体が冷えたような、特に変わらないような。

 

「さっきの曲は私も結構好きでね。イントロが特に……けど、この曲って本来はもっと。二、三倍くらい長いんだよ」

「そうだったんですか?」

「うん。ただ、私は当時その部分があまり好きではなくてね。正直に言って、ほとんどメロディを覚えていないんだ」

 

 繰り返されるのは定番のリフ。部分的なソロパート。

 聞けば誰でも知っているような、エリック・クラプトンの名曲だ。

 しかし誰もが知っている曲なのに、後半部分はほとんどの人が知らないと言うだろう。

 

「私はフルのこの曲を生で聞きたいんだ」

「1900……何年です?」

「んー70年代?」

「まだ後ですねえ」

「うむ」

 

 1970年。アポロ11号が月に降り立つよりも後だ。

 まだ地上の文明は宇宙に飛び立つどころか空を飛ぶ気配すら見せていない。

 しかし。

 

「……パッヘルベルのカノンは感動したな」

 

 この世界にも、私の知っている曲ができた。

 いや、他にも知っている曲はあったんだけども。生身だった頃に有名だったあの曲がまさに生まれ、演奏された。その感動は、とても……鮮烈だった。

 

 私の知っているものが、ついに音楽にまで波及し始めたのだ。

 ドイツかオーストリアかわからずちまちま反復横跳びを繰り返していた苦労の甲斐もあって、今の私はとても文化的に満たされている。だからこうしてソロコンサートなんて開催しちゃったりしたわけなのだ。

 

「ところでライオネル」

「うん?」

「さっきの曲で何度も愛を囁いていたレイラって誰なんですか?」

「……さあ?」

「しらばっくれてー」

「身に覚えがない」

 

 実を言うと本当に知らない。だって私曲しか知らないもの。

 エリック・クラプトンの奥さんか誰かなのでは?

 まあそういうところも含めてじっくり再履修していきたいよね。

 

「私の知っているレイラは、あー。そうだね、千人以上はいる。けど、愛を囁こうと思ったレイラは一人もいないな」

「私には囁いてくれないんですか?」

「囁いてもいいけど、神綺って耳打ちすると“ライオネルの声って低くてゾワゾワしますね”って言って逃げるよね?」

「……そんなことしませんよー、もー」

 

 するんだなこれが。私は詳しいんだ。

 

「ふん。まあこの声だって悪いもんじゃない。低い声の歌が歌いやすくなったのは個人的にとても嬉しかったしね。いざとなれば喉に細工して高い声を出すこともできるし」

「私とコーラスできますものね」

「そうそう。声のバリエーション、それこそが最も大事なのだ」

 

 いつか知っている曲が増えてきたら、また神綺と一緒に歌を歌おう。

 歌は地球に生きる生物だけのものではないのだから。

 

 


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