東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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庇の下に踏み入った者

 

 屋敷の扉が抵抗なく開く。

 

「へえ」

 

 外観からはわからなかったけれど、内装は極めて独特だった。

 海外趣味というか、異国趣味というか。

 どこか未開の国の文化を思わせる、いわゆるエキゾチックな様式の家具や置物で満たされていたのだ。

 

 プリズムリバー伯爵は貿易商だという。そう考えるとなるほど、これは不思議でもないか。

 しかしそれはそれで新たな疑問も生まれるわね?

 噂話では伯爵は破産したと聞いたけれど、ここにはまだ売り物になりそうな物品がいくらでも転がっている。

 せめて屋敷を手放す際に、売り払おうとするものだけど……?

 

 質の良い虎皮の絨毯。色とりどりの織物。

 そんなものを踏みつけたり、横目にしながら、魔力を感じる方へと歩みを進めていく。

 

「……」

 

 そんな時、不意に穏やかでない気配を感じ取った。

 動く気配。誰もいないはずの屋敷に現れる動体。

 

 それは、宙に浮かぶ水差しだった。

 錫製の何の変哲もない水差し。それが宙に浮かび、私の横を素通りして廊下の奥へと漂っている。

 

 なんとなく気になって、私は目に力をこめてその水差しを睨みつけた。

 すると私の視界に新たな感覚の色がつき、燭台の側に人間大の霊的な何かが浮かんでいるのが見えた。

 ……どうやらあれば霊の仕業だったらしい。

 

 

「――別に気にしてないよぉ、そんなこと」

 

 

 ふと、声が聞こえた。

 少し離れた場所。廊下の奥。……幼い少女の声。

 やはりそうだ。ここにはまだ、生きた人間が暮らしている。

 

「同じで良いってばぁ。いつも同じ方が落ち着くんだもん」

 

 さて、誰だろう。

 いえ、誰であろうと関係ないか。

 私はこの屋敷を見て回ると決めたのだ。だったら、余すこと無く調べてみるのが当然だ。

 

 だから見てやろう。あどけないその声の持ち主を。

 和やかに会話する少女と、その家族の姿を。

 

「――私は、お姉ちゃんたちと一緒なら……」

 

 声のする扉を開け放った時。

 その先の景色を見て、私は言葉に窮した。

 

 部屋の奥に置かれたベッド。そこにいる一人の少女。……たったそれだけの光景に。

 

「……え? 何……誰……?」

 

 少女が目を見開き、わずかに声を震わせている。

 

 ……部屋には誰もいない。先程まで会話していた相手は?

 

 いない。けれど、気配はある。

 そう、この部屋の中に……ひとつだけ。目には見えないけれど、幽霊に近い魔力体が、天井近くを這い回っているのがわかる。

 

「誰か、いるの……? リリ姉……? ルナ姉……?」

 

 そして気づいた。

 ベッドの上の少女は私の方を見ているように見えるけれど……ただ向いているだけで、“見てはいない”。

 彼女は私の姿を捉えているようで、未だにその実像を確信できていない。

 

 目が見えていないのだ。この幼い子は。

 

「お……お姉ちゃん……私、怖い……」

「……!」

 

 天井を這い回っていた霊魂の気配が、渦を巻くような動きをしながら降りてきた。

 そのまま床の上に転がっていた鈍色の燭台を浮かせると、緩慢な動きでそれを持ち上げてみせた。

 

 なるほど。何らかのゴーストか。

 そしてそれは今辛うじて廊下に居る私の背後にも存在する。

 ……さっきすれ違ったやつが、大急ぎで戻ってきたというところか。

 浮かせたその水差しで私の頭を殴ろうとでもいうのかしらね。

 

「誰、誰なの……」

 

 推測だけど、この霊たちは彼女の想いに呼応して動いている。

 ある意味で霊を操り、危険であろう私に抵抗を試みているのだ。

 

 なるほど、幽霊屋敷。そう呼ばれるのも間違ってはいないわけね。

 

「……大丈夫よ、私は悪い人ではないわ?」

「!」

 

 だから、私は声をあげた。

 相手が私を知らないのであれば名乗れば良い。目が見えなくても声は聞こえる。

 幸い、私の声もこの少女と変わらないくらいの年齢のものでしかない。

 いらぬ警戒心を与えることもないでしょう。

 

「私は……私の名前は、メルラン。貴女の名前を教えてもらえるかしら?」

「……メル、ラン……?」

「そう。貴女はだあれ?」

 

 背後に浮かぶ水差しの動きに戸惑う気配を感じつつ、返答を待つ。

 少女は困ったような表情をして、しばらく沈黙した後、もごもごと口を開いた。

 

「……私、レイラ。……レイラ・プリズムリバー、です。え、っと……プリズムリバー伯爵家の、末っ子です……」

 

 レイラ・プリズムリバー。そう、やはりこの子はプリズムリバーの末裔の。

 そして……。

 

「部屋にいるのは、リリカ姉さま。外にいるのはルナサ姉さま……です……」

 

 ……他に紹介されたのは、霊体のみ。

 つまり、彼女の他には生者はいない、ということかしら。

 

「あの、メルラン……さんは、誰ですか……? お父さまの、お知り合いですか……?」

「ああ、私は……」

「お父さまが、帰ってきたんですか……!?」

 

 ……。

 素直に、簡潔に答えることはできる。できるけど、さて。

 

 いえ、やはりここはまだ、濁しておこう。

 

「私はメルラン。メルラン……プリズムリバー。貴女の親戚で……そう。お姉さまにあたる人物よ」

 

 だから私は、そう答えたのだと思う。

 彼女の機嫌を取るために。取り入りやすい嘘をつくために。

 

 そしてそれは、ある意味で。アヴァロンから派生したプリズムリバーという家の存在が、私の“家族”と呼べないこともないのは、嘘ではない。

 

「メルラン……メルランお姉さま……?」

「ふ、ふ……そう、メルラン。お姉さま。……そう呼んでも良いわよ? レイラ」

「お姉さま……!」

「……あ」

 

 ベッドの上のレイラがよたよたと変な動きで立ち上がろうとして、絨毯の上に転げ落ちる。

 すると周囲にいた霊体達が慌ただしく彼女を支え起こし、すぐさまベッドの上に持ち上げ、戻してしまった。

 

「……全く」

 

 仕方なく、私は部屋に踏み入って、レイラのいるベッドのそばまで近づいた。

 その間も近くの幽体はどこかピリピリしていたけれど、ここで手を出さない辺り大した存在ではない。

 

「……無理しないでいいのよ、レイラ。大丈夫、私は……ここにいるわ……?」

「……」

 

 私がそう言って彼女の頭を撫ででやると、レイラは何も見えない瞳から一滴の涙を零し、静かに微笑んでみせたのだった。

 

 

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