東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私はメルラン・プリズムリバー。

 プリズムリバー()姉妹の次女。らしい。

 

 らしいというのは、どうも私の記憶がどこかに吹っ飛んでいってしまったらしいから。

 

 思い出そうとはしているのだけど、なぜだか浮かんでこない。

 姉や妹に聞いてみても、“貴女は私達の姉妹よ”としか返ってこない。何がなにやらさっぱりだ。

 

 けど、私の掠れきった記憶の中には、大切なものが残っている。

 それは多分、家族への愛とか……そういうもの。

 

 ルナサ。リリカ。そしてレイラ。

 彼女たちのために生き、そして死ぬ。それが“古い”私の定めなのだと思っている。

 

 

 

「ほらほらレイラ。しっかり歩いて」

「ちょ、ちょっと待ってメルランお姉さま」

「大丈夫よ、支えてあげるから。ふふ」

 

 末っ子のレイラは、最近まで床に臥せっていた。大病を患い、生きるか死ぬかの瀬戸際を長く彷徨っていたらしい。

 それがごく最近になって快方に向かい、体はどうにか歩けるまでになったし、かつては見えていなかった目も見えるようになった。

 一体どんな奇跡が起きたらそんなことになるんだって話だけど、どうもリリカやルナサの話を聞く限りでは私が頑張ったおかげらしい。

 

 いや記憶失う前の私なにやったんだか。思わず笑っちゃった。

 

「も、もう。メルランお姉さまったら近頃、ずっとそんな調子なんだから」

「近頃の私しか知りませーん。ほら、見てごらんレイラ。外の景色」

「……わぁ。すごい吹雪」

 

 廊下の窓から見える外の景色は、一面の白。

 ごうごうと吹雪く白銀の世界は、恐ろしくもあり、幻想的でもある。

 

 近頃の天気はずっとこんな感じ。

 けどこれまでずっと脚に不自由のあるレイラには、どんな景色も新鮮に映るらしい。

 こうして少し強引に連れてくると、結構楽しそうな顔をしてくれる。

 

「……屋敷のお外、いつかいけるのかな」

「いけるわよ」

 

 ルナサに聞いた話によると。

 屋敷の外は廃墟だらけで、遠くに小さな町がぽつんとある……それだけなんだそうだ。

 私も気にならないと言えば嘘になるけど、うーん。どうしてかしら。レイラ達以上に大事なものとは思えないのよね。

 私としては、みんながいればそれだけで十分……みたいな。

 

 けど、まあ。

 レイラが外に出たいと言うのなら、一緒についていってあげてもいいわ。

 それだったら私も、少しは外の世界を楽しめるかもしれないしね。

 

「……吹雪が止んだら、出てみたいな。外の世界に」

「良いね。その時は是非、私も一緒に出歩かせてもらうわ?」

 

 吹雪の止まない寒い季節。

 

 それはまるで、このプリズムリバー伯爵邸を陸の孤島に仕立て上げようとする、自然の意志であるかのよう。

 

 

 

 ……いいえ。

 実は本当に、あの吹雪には意志があったのかもしれないわね。

 

 雪が全て収まった時。

 外の世界は、真の意味で一変していたから。

 

「ねえルナサ……どうしよう? メルランも」

「どうしようって……どうしようもないよ。これは」

「あはははっ」

「メルラン笑ってないでよ! ちょっとこれ……さすがにありえないでしょー!?」

 

 ああ、リリカが騒いでる。

 けどダメね、どうしても笑っちゃう。

 

 あーそうか。わかった、あれね。屋敷の外に渦巻いていたよくわからない結界のようなもの。きっとあれがこの悪戯を成し遂げたのだわ。

 私も詳しくはないけれど、なんとなくあの結界が機会を窺っているのはわかっていた。

 それが吹雪の日に……朝だか夜だかに発動して、プリズムリバー伯爵邸を包み込み……屋敷ごと、この場所へと転移させたんだ。

 

 

 

 窓の外の景色は、雪景色なんて欠片もない。

 

 一面に生い茂る豊かな緑と、豊かな山々。透き通った川のせせらぎと、聞き慣れない鳥や虫の声。

 

「一体ここはどこなのよーっ!?」

「あははは!」

「……参ったねえ」

 

 私達の伯爵邸は、どうにも全く別の場所へと連れ去られてしまったらしい。

 

「良いじゃん良いじゃん、暖かいし、緑もいっぱいだし! ここならきっと飽きないわ!」

「でも、元いた場所がさぁ……!」

「私は皆がいればそれで大丈夫だけど?」

 

 私がそう言うと、リリカとルナサは黙り込んだ。何を考えているのかはわからない。もしかすると、私の考えをわかってもらえたのかもしれないけれど、

 

「そんなことより、早くこの景色をレイラにも見せましょ!」

「あ、ちょっと!」

「止めても無駄だよリリカ。……私も現状は、なるようにしかならないと思っているしね」

「そんな悠長な……!」

 

 部屋にいたレイラは寝苦しそうにしていたので、シーツを剥いで起こしてあげた。

 

「な、なになにメルランお姉さま。なんだか暑いけど……」

「ほらほらこっち! 見てご覧なさい、屋敷の外を!」

「外? 雪が積もってた、り……?」

 

 レイラが外を見て固まっている。

 うんうん。昨日の雪景色よりずっと良いでしょう。

 

「……これ……場所、違うよね。ここ、どこなんだろう……」

「私にもわからないんだ。吹雪が止んだらこんな感じで……手詰まりなんだ。どうしたものか、どんな動きをするのが最も安全なのか……」

「ど、どうしよう。また何か魔道具が暴発したとか!? ううう、わかんないよぉ」

「良いじゃない、そんなのどうだって!」

 

 バン、と窓を開け、外の空気を廊下に入れる。

 あの雪景色の場所とは違う、どこか濃い森の香り。

 そして肌を刺さない優しい暖かさ。

 

 ここがどこか? そんなのは私にだってわからない。

 けれど、ここが悪い場所だとは思えない。

 

 もしもこの景色が誰かが創り上げたもので、誰かに来てほしくて私達をここに呼び寄せたのだとしたら。

 その心は、決して邪なものではないと、私にはわかる。なんとなくだけどね。

 

「どうせ何もわからないことだらけなんだから、一緒に冒険してみましょ! それで少しずつわかっていけば良いのよ!」

「……探検。なんだか面白そう!」

「はあ、リリカが乗り気になっちゃったか。……どうする? レイラ」

「え、私……」

「もちろんよ! レイラも一緒に行きましょう? この土地を見て回って、調べて……楽しむの!」

 

 私が手を差し伸べると、レイラは少しだけ躊躇して……けれどすぐに決心したのか、手を取った。

 

「うん。私も見たい。お姉様たちと一緒に、いろんなことをしたい。いろんなものを見たい」

「でしょう? 安心して! 行くときはリリカもルナサも貴女を守るから!」

 

 その日のレイラは、とっても輝かしい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 さあ、人生を楽しもう。

 

 空白になった私の記憶のページに、賑やかで騒がしい思い出を書き記していこう。

 

 かつてのメルラン・プリズムリバーが何を思って生きていたのかは知らないけれど。

 

 この純粋な思いだけが真実なのだと、私は信じている。

 

 


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