どうやら、私の思う以上にこの世界は、大変なことになっているようだ。
ある日、私が菌類を培養して煮詰めていた頃の話である。
この時点で私は既に属性魔術の片鱗を理解し始めていたのだが、そんな研究に熱を注ぎ込んでいる間に、事件は起きた。
私はこの超古代の時代、地球上に存在する知的生命体は、この私一人だけだと考えていた。
考えていたのだが、実はどうも、そうではなかったらしい。
そして、それが類人猿だか爬虫人類などであれば説明も簡単で、納得もでき、大した危機感も抱かず、むしろこちらから歓迎したいくらいの微笑ましさは持ちあわせていられたのであるが、どうにもこの地球にいる私以外の知性というものは……難しいようなのだ。
見たことを、見たままに吐露する他に、私が現状を説明する術はないだろう。
なので端的に言ってしまおう。この世界には、“神が存在する”のだと。
実を言うと、私は神という存在を、もう少し特別なものだと考えていた。
もっと神秘的で、もっと天高く、もっと光輝き、神々しい……。
だが私が“望遠”の月魔法で偶然見つけた“そいつ”は、確かに背中に白い羽衣のようなものを靡かせてはいたのだが、宙に浮かび何か道具を持っているという以外にはこれといって変な部分などは、全くと言っていいほど存在しなかった。
言うなれば、宙に浮いたおばさんである。美しいと言えば美しいのかもしれないが、まぁ、それなりといった程度のものであった。
ただ、やること自体はそれなりに高度らしく、天から舞い降りた女の神らしきそいつは、道具を振って大地をベキリと砕いては、それを海の遠くへと流したり、海の中から新たな大地を隆起させたりといった、そこそこ難しいことをやってのけている。
とはいえ、それも私にとっては、“力を用いれば不可能ではない”ことであり、先達の技を見る以上の感嘆は持ち得なかった。ガッカリ神様である。
しかしまぁ、神はいた。
私が最初にいた神綺の世界だけではない。神とは、もっと普遍的な存在だったのである。
きっと、ああいった神とは会話もできるのだろう。それは、私の抱くひとつの孤独を解消してくれるのかもしれない。
だが私は神でもないし、ただの醜い、動く遺骸である。
そんな私が神の前に現れたところで、“控えよ、汚れた者め”とか言ってものすごく眩しい光を照射してきて、たちまち私が崩れ去ってしまう、なんていう事になってしまうかもしれない。それでは大変だ。
……考えてみれば、大昔、人がまだ存在しなかった時代には、神々が争っていたり、暮らしていたりしたのだという。
ともすれば、それは激動の世の中だ。もしも私が神に見つかってしまえば、私が現状のまま術の研究を続けられる保証などは、どこにもない。
私の今の生きがいは、術の研究だ。
術を研究し、もう一度神綺に会うことが、当面の目標だ。
そしていつか、安心して眠れる豊かな場所を取り戻すことこそが、最終目標である。
神聖なる神々の戦争とて、巻き込まれて死んだのでは、たまったものではない。
「穏やかにはいかないのかもしれんな」
私は菌類を煮詰めた結晶体を革袋(海洋生物由来)に放り込み、再び旅へと赴くことにした。
まぁ、基本は誰とも遭遇しない、過疎の世界だ。
あまり警戒心を強める必要もないのかもしれないが。
さて、属性魔術の話をしよう。
私はこの属性魔術というものを体得するにあたって、自分の中に巡る力や、月の力、そして自然の力など、様々な力の流れを見てきたが、どれも一貫して言えるのは、それらが“魔力”だということである。
あらゆるエネルギーは、突き詰めれば魔力。それが私が考え至った、仮の結論だ。
もちろん、私の内に巡る力は原初の力というもので、ただの魔力と呼ぶには高品質すぎるのではあるが、それでも運用に際しては、大した違いは持たないと言える。
そもそも外界では、私の持つ原初の力を運用できないのだ。自在に扱える魔力の方が、遥かに重要なエネルギーだと言えるだろう。
属性はいくつかの種類があり、分類できる。
火、水、風、土、というのもあれば、木、火、土、金、水、という考え方もできる。
おそらく、後者の五行の方が正確であるように感じられた。
何故私がこうした属性を割り出せたかと言うと、触媒魔術の研究によって生み出された属性が全部でこういった四、五種類の反応に大別できるからである。
土と金があったりなかったりするのは、私には土と金の区別が微妙であるように感じられたからで、深い意味は無い。
もしもこの五属性の中に強引に他のものを加えるとするならば、月魔術の月属性になるのだろうか。曜日が揃うので見た目はいい感じだけど、根源がどうにも別物である感じが強いので、私としては属性と月はしっかり分けたいところである。
ともあれ、私は属性魔術を体得した。
属性の魔術が扱えるようになったことで、私の研究効率や生活水準は飛躍的に上昇したと言えるだろう。
しばらくの間は様々な魔術を生み出して我がものとし、行き詰まりを感じたら、また新たな分野に手を出すなりしてみたいと思う。
……しかし、神綺との再会か。
果たして私は、あの空間に戻れるのだろうか。
ここまで魔術を研究しても、糸口がなかなか見えてこないので、段々と不安になってしまう。