東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 意外なことに、というよりは、やはりというべきことなのだけども、サリエルは天使と呼ばれる種族だったらしい。

 彼……いや彼女は、天界で秘密を守護するという役目を果たせなかったために、地上へ堕天したのだという。

 そのためサリエルはずっと地上を彷徨っていて、果てしないサバイバルに身を投じていた、と。

 

 つまり、サリエルは堕天使だったというわけだ。

 そして彼女の居た天界とは、天国だった……と。

 これは、彼らを原始魔獣と呼ぶのは少々失礼だろう。これからは、彼らのように知識を獲得したものについては、神族とでも呼ぶことにしようか。

 

 それにしても、いつの間にか、天国が出来ていた。

 知らずのうちに、天使と会っていた。

 そのことだけでも私にとっては衝撃だったのだが、何よりも驚きなのは、私の作った本によって、サリエルがそのような苦境に立たされていた、ということである。

 

 書物を抱えているであろうことは私にも解っていたが、まさかその管理をサリエルが任されるようになっていたとは。

 しかも、よりによってそれを置き忘れてしまうなんて……口が軽いだけでなく、彼女は結構なうっかりさんらしい。

 

 うっかり天使……うーん。

 

 

 

「しかし、まさか本当に……魔導書にお前の名が刻まれているとはな」

 

 が、うっかりで言えば、私の方も大概だ。

 表紙の文字には意味が伝わるように暗示魔術をかけてあったけど、署名には施していなかったのだから。

 ライオネル・ブラックモアの名を広めようとわざわざ署名を刻んだというのに、魔導書を持つ人のほとんどがその意味がわからないというのだから、まったく大ポカである。

 

「ああ、じゃあ堕天する前に本を見たんだ?」

「見たとも。最後になるかもしれないとは、薄々気付いていたからな」

「そうか」

「まぁ、月でお前が見せたものと同じ文字列だったということしかわからないし、名前だという確証があるわけではないのだが……今更になって疑いはしないさ」

 

 サリエルは長い髪を鬱陶しそうに後ろへ流しながら、それでも清々しい風に言った。

 その様子からは、本を作った私に対して特別な感情を抱いているようには見えない。

 

 

 

 私は魔術で空を飛び、そのすぐ隣には竜の群れが追従する。

 サリエルは人造ドラゴンのうちの一匹の背に乗り、休む暇もなかったであろう身体を癒しているようだ。

 

 朝日が空を青白く染め始め、眩い輝きを覗かせた。

 闇の中にあった森や大地は輝きに暴かれ、地上を彷徨う夜型の原始魔獣達は、暗がりへと逃げてゆく。

 もうすぐ、明るい世界がやってくる。

 

「……ライオネル」

「うん?」

 

 朝日を受けながら空を飛んでいると、サリエルが私の名を呼んだ。

 

「神とは、一体何なのか……お前はそれを知っているのか?」

 

 そして、彼女らしい真面目そうな面持ちで、訊ねてきた。

 

「私やメタトロンのような起源に穢れをもつ存在の、その大本を……ライオネル、お前は知っているのではないか?」

「ふむ……」

 

 私は悩んだ。それは、初めて訊かれることだったから。

 

 しかし、神とは何か。サリエル達の大本は何か。

 その答えは簡単だったので、すぐに浮かんできた。

 

「それはとても……とてもとても、尊いものだよ」

「……尊い、もの」

「この世の平和を願い、命の連なりを尊び、そして、それらのために、自らを投げ打つことさえ迷わなかった……君たちの神様は、そういう存在だった」

「……そうか。神は、我々の起源は……やはり、尊いものなのだな」

 

 きっとその意志は、サリエルを含め、多くの神族達に受け継がれているのだろう。

 だからこそ私は、彼ら独自の発展を阻害しようとは思わなかったし、本がそちらにあることを善しとした。

 その気持ちは今でも変わらないし、むしろサリエルのような善い神族がいることを知って、更に強固になったくらいである。

 

 

 

 ……でも、今回はそのおせっかいのせいで、サリエルが貧乏くじを引いてしまった。

 彼女の自己責任だと言えばそれまでだけども、本を創ったのは私。サリエルの注意を本から月に向けさせ、堕天の原因となったのも私だ。

 こういうことになってしまうとさすがに、終始しらんぷりはできないものだ。

 

「ところでサリエル、そろそろ天界に到着するのかな?」

「……そう焦るな。もう少しで入り口に到着する」

 

 今、私はサリエルの先導によって、天界への入り口へと向かっていた。

 天界は私が最初に訪れた時とは違い、かなり高度な神秘性によって帳が張られ、その入口を隠しているらしい。

 彼ら神族にとってはその入口がなんとなく見えるらしいのだが、私にはさっぱりであるし、今も“望遠”によって観察してはいるが、それらしき兆候も見られなかった。

 

「ライオネル。助けてもらった礼だ。書物の作者であろうという確証もある……だからこそ、お前を天界へと案内するのだが……」

「うん、本当にありがたく思ってるよ」

「……もうひとつだけ、頼まれてくれないだろうか」

「ん?」

 

 サリエルは目を閉じ、気難しそうな顔で杖を抱きしめる。

 

「もしも向こうで、天界の事情に詳しそうな者を見つけたのなら……ヤゴコロ、という者が無事にやっているかどうかを、訊いてはくれないだろうか」

「ヤゴコロ」

 

 なんか日本人っぽい語感だ。

 いや、そんな苗字、見たこと無いけどね。

 

「ああ、ヤゴコロという。……私からは、それだけだ。頼めるだろうか?」

 

 サリエルは可愛らしく首を傾げた。今までの真面目な雰囲気から一転、どことなく媚びたような仕草である。もちろん、本人にその気は無いだろうけど。

 

「ああ、そのくらいなら大丈夫。私の用事も、大したことではないし。すぐに済ませるついでに、調べておくよ」

「……すまない、ライオネル」

「気にしないでいいよ」

 

 サリエルが深々と頭を下げる。

 本当、真面目な堕天使さんだこと。

 

 


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