東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「はい、じゃあもう一度ね。神綺」

「……しん、ぎ」

「神綺よ、神綺。し・ん・き」

「し、ん、き」

「そうそう、上手ねー」

 

 質素な貫頭衣だけを身にまとった女性を前にして、神綺は優しく声をかけ続けている。

 女性がどれだけ言葉を詰まらせようと、悩もうとも、神綺は怒ったりしない。常につきっきりで、まずは自分の名前からと、発音を教えこんでいるのだ。

 

 

 

 神綺は、ついに人を生み出した。

 

 それまでの部分的な脚とか、髪とか、顔とかだけの生物ではない。

 五体満足、しっかりそれなりの知能まで兼ね備えた、毛むくじゃらではない人間だ。

 

「……驚いた。メタトロンも、我々穢れに知能を分け与えることは可能ではあったが、一から創り出すことまではできなかったぞ」

 

 遠くから神綺達の様子を見守る私とサリエルは、二人で感心しきっていた。

 特にサリエルなどは、生物を一から生み出すという非現実的な能力を前に、強い畏れを抱いているようだ。

 

 生殖でもクローンでもない、一からの生物の創造。

 確かによく考えてみれば、それはまさに神と呼ぶに相応しい能力である。

 

 神綺は生物創造を更に高次元のものへと高めるために、サリエルの身体の性質を模倣した。

 その結果、彼女の生物創造の力は飛躍的に高度なものとなり、ほんの少しの段階を経て、数百年ほどで立派な人間を生み出せるまでになってしまったのである。

 

 今の創造体は、およそ2万人目の個体。

 改良を初めてから最初期の頃こそ、足腰の立ちも悪い不完全な人間が生まれてしまったが、今では何の障害もない、元気な人間が生み出せるようになった。

 

 ちなみに、サリエルをベースにしているとはいっても、それは内面的なものである。

 見た目や能力などは神綺のさじ加減でいくらでも変更できるらしいので、サリエルの子供がうじゃうじゃ増える、ということにはなっていない。

 

「しかし、そろそろ地球上でも生物が生まれそうだっていうのに、魔界の方が先だったかぁ」

 

 私がしみじみそう零すと、隣のサリエルは怪訝そうな顔をした。

 

「……地球には天界があるだろう。私達神族がいる以上、私達が先なのではないか?」

「ああ、違うんだ。天界の人達とはまた別で」

「うん?」

「地上。天界の外、外界……そこに生きる生物が、近い未来、人になるんだ」

「はは、そんな馬鹿な。まぁ、我々神族も、遠い昔に地上のサルの形を真似たことはあるかもしれないが……地上の生物如きでは、そのような高度な生物は出るはずがない」

 

 いやぁ、まぁね。私も覚えてなかったら、同じ事言ってたかもしれないんだけどもね。

 でも、きっともうそろそろ生まれるはずなんだよ。高度な智慧を持つ霊長類達が。

 

 

 

 神綺は新生人類……魔界生まれだから、魔人と呼称することにしよう。

 魔人の世話にかかりきりで、他の事に携われる状態ではない。

 私も新たに生まれた魔人のことが気になるので、まだまだ知能の未成熟な魔人達とコミュニケーションを取ろうとしているのだが、どうも私の姿や声が怖いのか、魔人達は私に懐いてくれなかった。

 あまりに魔人たちが私に懐いてくれないので、神綺から直々に“ちょっと距離を置いていただけると”……なんて言われてしまった事もある。それは過去百年中で最もショックな事件であった。

 

 なので、私は結局、暇なままだった。

 魔界の住人候補が生まれたというのに、困ったことである。

 

「……マスクでも作ろうかなぁ」

 

 ゾンビ顔のままでは、地上に人類が現れたとしても、きっとその中に混じることはできないだろう。

 今のうちに良い印象を与えるような仮面でも作っておくべきかもしれない。割と真剣にそう思った。

 

 

 

 

 それからもうしばらく、時間が流れる。

 

「侵入者がきた」

「え?」

 

 私が木彫の仮面を作っている最中、真剣な面持ちのサリエルが部屋に飛び込んできた。

 

 彼女の両目は薄く輝いている。きっと、彼女の操る幽玄魔眼による視界がリンクされている最中なのだろう。遠くに存在する者の存在を、ここにいながらにして知覚しているのだ。

 

「侵入者というのは、どんな?」

「人型だ。こちらに転移した影響があるのか、姿はよく見えん。大型原始魔獣ではなさそうだ」

「おお? 人型……あ、それってまさか」

 

 私は仮面を手放し手を叩き、閃いた。

 

「ついに天界からお客が来たのか!」

「天界……? ああ、そういえば、メタトロンから寄越すかもしれないという話を聞かされたのだったか」

「こうしちゃいられない、すぐにお出迎えしなければ!」

「おい、ライオネル。お前自ら行くというのか。相手はまだ誰だかもわかっていないのだぞ。私が行っても……」

「サリエルも来たいなら、一緒に来てもらえると嬉しいな」

 

 私はローブについた木くずを払い、風魔術と水魔術による洗浄を行い、身支度を整えた。

 そうしてサリエルの方へ向き直ると、彼女は首を横に振っている最中だった。

 

「いいや、私はやめておこう。天界の住人であったならば、堕天使である私に合わせる顔はない。天界の者でなければ、私にどうこうできる相手かもわからん」

「あー……なるほど」

「私にも敵だとわかりきっている相手を迎撃することは可能だが、現状では不明だ。今の私にとっての最善は、お前に侵入者の報告を届け、位置を教えることのみだ」

 

 思わず頷きたくなってしまった。

 なるほど、サリエルも彼女なりに、自分のできることを考えながら動いているんだな。

 

「そういうことなら、わかった。それじゃあサリエルは、根城で待っていてくれ」

「ああ、了解した。このことは、神綺に?」

「うーん、そうだね。一応、彼女にも報告してもらえると助かるな」

 

 私が行っても生まれたての魔人達に泣かれるだけだけど、サリエルなら六枚の綺麗な翼もあってか、みんなに懐かれやすいしね。この前みたいに羽根モフモフされてきなさい。

 

「場所はここだ。以前に地方都市を作ろうと画策していた……」

「ああ、そこね。随分辺鄙な場所に現れたなぁ……まぁいいや、とにかく行ってくるよ」

「気をつけろ。用心に越したことはない」

「心配症だなぁ」

 

 人型相手なら話も通じるだろう。

 そんなノリで、私は特に警戒することもなく、杖も無しに瞬間移動した。

 

 目指すは都市建設予定地(空き地)である。

 


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