東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私が地球にやってきてから、果たして何年経ったのだろうか。

 天体の運行をつぶさに観察しているとはいえ、認識する者が私だけというのは、あまりにも心細い。

 

 体感でいえば、およそ……二十万年程度だろう。

 二十万年。人の身からすれば、途方もない時間の流れである。ところが今の私は人ではない。とても頑丈なミイラである。

 食に不自由せず、いちいち些末なことで怯える必要もない。他者もおらず、気を遣う必要などはないし、風景はそこそこ綺麗なので、飽きることはない。

 二十万年も孤独に、といえばやけに寂しく聞こえるが、人間、二十万年でも生きてみれば、なかなか面白い発見をするものである。私にとっては、それが魔術の研究だ。

 

「しかし、そろそろ触媒魔術にも限界が見えてきたな」

 

 私は青い炎を灯すかまどの前で、グツグツと煮えたぎる石窯を覗きこむ。

 中で粘度高く煮詰まるそれは、ハルキゲニアの組織液と、マルトゲムシ(仮称)の刺胞のスープである。

 

 ……触媒魔法には世話になった。

 有意義であったし、おかげで属性魔術を独力で扱う足がかりにもなった。

 実用性はある。現状でも、大魔術を発動させる際には世話になることも多い。

 

 しかし、供給源が不安定な魔術に依存するのは非常に危険だという結論を、つい最近になってようやく、私は打ち出した。

 

 使える魔術の研究を、なぜ止めるのか。

 

 ……だって、材料に使う生き物って、後々絶滅するんだもの。

 

「いくら強力でも、期間限定じゃなぁ」

 

 煮詰まったスープを石匙で掬い上げ、とろみを確認する。うむ。めかぶみたい。このくらいが丁度良い。

 

 ……確かに触媒魔術は強いのだが、こうした事前準備に並々ならぬ時間がかかる上に、生物も安定した供給が望めるかというと、微妙なところである。

 今はまだ使えるかもしれない。しかしあと数万年、数十万年……程もすれば、もしかしたら、ここ一帯の生物は絶滅に瀕するかもしれないのだ。

 例え絶滅とまでいかなくなったとしても、生態系に変化が訪れればその時には材料としても扱えないほど希少な生物になっているだろうし……。

 

 確かカンブリア紀というのは、恐竜よりもずっと前だったはずだ。

 恐竜……ジュラ紀とか、白亜紀とか、そういう時代だ。そういうものがこの先、まだまだずっと続いている。

 そう、今はまだ恐竜の時代の遥か前。陸に上がった生物が全く存在しないと言って過言ではない、地球生命の序の序といった部分でしかないのだ。

 

 これから地球上では恐竜が繁栄したり、その恐竜が謎の隕石やら何やらで絶滅するだろうし、それまた後にはマンモスが闊歩して、人っぽい何かはそいつらを食いまくって絶滅紛いな事をさせるだろう。

 

 移り変わる種族。移り変わる世界。

 人ならば、触媒魔術も良いだろう。だが私にとっては、一過性のブームでしかない。

 

「かといって、生きた化石を使いたくも……ゴキブリ魔術なんて冗談じゃな……」

 

 そんなことを一人グチグチとこぼしながら私が粘りのスープをかき混ぜていると、ふいに、視界が揺れた。

 

「およ?」

 

 ガクリ。

 大きな音を立てて、平衡感覚と石窯の水面が大きく傾く。

 

 地震か。

 呑気にそう思った次の瞬間には、私はボロボロと崩れた地面と一緒に、何十メートルも下の海へと落ちていった。

 

「ウギャァアアアア!」

 

 久々に聞いた自らのおぞましい悲鳴を響かせながら、私は飛沫の海へ叩きつけられた。

 

 

 

 

 およそ、三ヶ月。

 それが、私が土や石の堆積物から脱出し、再び陽の目を見るのに要した時間である。

 

「おのれ、あのエセ神めッ!」

 

 海面から浮かび上がって早々に、私は風魔法“露薙ぎ”によって飛沫を吹き飛ばし、憤怒の声を響かせた。

 

 突如として崩れ落ちた海岸。脆い大地。

 その心当たりといえば、ひとつしかない。

 ここ最近の数百年間、よく遠目から見かけることのある、あの“神様”だ。

 

 見た目の年の頃は三十代。そこそこ整った顔ではあるが、行き遅れた感の否めない雰囲気を醸し出す、女の神。

 私が見かける神といえば常にその女であり、そいつは空中に浮かびながら笏のようなものを振るい、大地を削ったり、創ったりといった意味のない行為を繰り返している。

 

 私が立っていた崩れた場所は、あの女神によって創造された地面なのだろう。

 でなければ、地質的にあそこまで不自然な崩れ方は有り得ないはずだ。地中を何千メートルも掘り進んだ私が言うのだから、間違いはない。

 

 だが、そのまま三ヶ月近く、月明かりの届かない海底に沈んでいたのは、私のミスだ。

 こういった事態に備えて、体のどこかに触媒を備えておけばもっと早く脱出できたというのに。

 私は、魔術こそそれなりのものをもっているつもりであるが、力だけは常人と大差もない。今回の拘束期間は、死なないことに慢心した私にも一片の責はあるだろう。

 

 ……しかし、元はといえば、あの女神のせいだ!

 

 何が天地開闢だ。中途半端なことをしおってからに。

 土を操るならばもっとしっかり固めるなどして、人が歩けるように補強しろというのだ。

 

 これではまるで、私から地面を奪おうとしているような……。

 

「……そんな、まさかな」

 

 魔術によって海面を歩き、しっかりと硬いことを確認しながら、大地に一歩踏み出す。

 

 ……現れた神と、海に沈められた私。

 まさか神は、大地を切り取っては、偽の大地で補強して……それで、地上にいる私を貶めようとしているのでは、ないだろうか。

 

 ……考えすぎかな?

 思い違いであれば、良いんだけど。

 

 しかし、慢心によってまた海底ミイラになることだけは御免である。

 

 これまでずっと神との不干渉を貫いてきたが、そろそろ、私の方からもアプローチをかけてゆかなければならないのかもしれない。

 

 ……まずは神を見つけ、観察するところから初めてみるか。

 

 

 


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