東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 集落に入った。

 柵を超える際に、全身にピリッとした違和感を覚えたが、おそらく検知魔法か何かだろう。

 

 侵入者を迎撃するほど大掛かりではないが、集団を守るために警報としての役目を担うのであれば、このくらいの魔法でも十分である。

 

 術は、柵全体にかけられているのであろうか? 魔力源は、一体どこから引いているのだろうか?

 そんな些細なことを気にしている間に、集落の住民らしき神族が顔を出し始めた。

 

 石造りの家の、木の実の暖簾でつくった入り口から顔を出し、住民たちが私を伺っている。

 通りにいる人も足を止め、衛兵さんに連れられて歩く私をじーっと見ている。

 

 ……さすがに、格好がまずかったのだろうか?

 いや、そんなことはない。変装自体は変だろうけど、怪しくはないはずだ。

 これはただ、目立っているだけ。仕方のないことだ。私はよそ者なのだから。

 

 そして、私はよそ者であると同時に、魔法商人でもある。

 なに、魔界にやってきたクベーラと同じだ。こっちの商品を相手に見せて、売りつけ……売り込むだけである。

 貨幣は無いだろうから、おそらく物々交換になるだろう。この集落の出す品物というのも、純粋に気になるところだ。それ以上に、こちらの差し出す魔法商品によって住民たちが魔法に興味を持ってくれるのであれば、尚の事良しである。

 

 だが今回は、確固たる目的がある。

 私はそのために動かなくてはならない。

 

「ところで、ここに魔法使いはいるのだろうか」

「ああ、もちろんいるとも。オーレウスさんだろう」

 

 私が聞くと、衛兵さんは特に隠す風でもなく、私が求めていた名前を出してくれた。

 

「この町はオーレウスさんのおかげで成り立っているようなものだ。あの人の魔法には、いつも助けられてるよ」

 

 なんと。オーレウス、ベタ褒めされてる。

 あんな魔導書を書くような人物だから、並大抵の人ではないと思っていたが、そこまでの高評価を受けていたとは。

 となると、オーレウスはこの集落における魔術の開祖か、唯一の魔法使いなのだろうか。

 

「そのオーレウスさんの他に、魔法使いは?」

「いないなあ。あの人は使えているから、正しいことを言ってるとは思うんだが、誰も真似できないんだよ」

「ほうほう」

 

 教えてはいるが、広まってはいないと。

 なるほど。確かに、魔術は単純に難しいからなぁ。強い目的意識も無しに習得しようとするのは、かなり大変だろう。

 私はそれしかやることがなかったから、熱中できたけれども。

 

「じゃあまずは、オーレウスさんに会うかい?」

「おお、是非とも」

 

 トントン拍子に事が進む。ありがたいことだ。

 私は二人の衛兵に挟まれながら、石造りの町の奥へ奥へと進んでいった。

 

 目指す場所は、集落の中央。大きな樹木に寄り添うようにして建てられた、ここで唯一の木造建築物である。

 

 

 

「オーレウスさん、お客さんだよ」

 

 ノックもなしに扉は開かれ、こじんまりとした家の内装が露わとなった。

 

 玄関付近の石畳に警戒魔術、扉に再施錠魔術、窓に自動洗浄魔術。

 部屋の中は、木張りの床に耐久魔術、扉に繋げられた紐の先の鈴に弱めの防腐……強化? よくわからない魔術。

 

「お客? 呼んだ覚えはないんだがなぁ」

 

 そして、この老人自身に、何度も重複して掛けられた、謎の魔術。

 間違いない。この老人こそが、神族の魔法使い……オーレウスだ。

 

「じつはさっき、魔法使いを名乗る人がやってきて……そういえばあんた、名前は?」

 

 ああ、そういえばまだ名乗ってもいなかったか。これはいけない。

 

「私の名はライオネル。はじめまして、オーレウス」

 

 私は老人に対して深々と頭を下げて、敬意と常人っぽさを表した。

 

「魔法使い……?」

 

 が、彼の様子はどうにも思わしくない。

 首を傾げ、何か疑問に思っているような素振りである。

 

「おいおいオーレウスさん、また忘れちゃったのか。魔法だよ、魔法」

「魔法……? 魔法……」

 

 えっ、なに。忘れるってどういうこと。

 というか、魔法そのものを忘れるって本当にどういうことだ。

 この人はオーレウスさんじゃないのか。

 

「少し待っといてくれ」

 

 オーレウスは私達にそう言って、部屋の奥へと引っ込んでいった。

 窓際のベッドの近くには木製のテーブルが置いてあり、そこには私が少し前にも見たような、大判の書物が一冊、乗せられている。

 

 ……間違いない。あれは私が持っているオーレウスの魔導書と同じ製法で出来ている。

 関連性はあるはずだ。しかし、何故この老人は“忘れている”などと……?

 

「魔法な、魔法……」

 

 老人は立ちながら、テーブルの上の本を開き、ぱらぱらと適当に読み始めた。

 途中、ふむふむだとか、なるほどだとか言いながら、カクカクと頷いている。

 

 そうしてしばらく待っていると、“よし!”と清々しそうな声と共に本が閉じられて、オーレウスは戻ってきた。

 

「やあやあ、ようやく思い出した。ワシ以外にも魔法使いが居るとは、びっくりしたわい」

「はは、本当にオーレウスさんは忘れっぽいなぁ」

 

 えっ? なに、もう思い出したってことでいいのか、これは。

 

「ようこそ……ええっと、名前はなんだったかのう」

「……ライオネル」

「おお、ライオネルだったな。ワシはオーレウスじゃ。よろしくな」

「よ、よろしく」

 

 忘れっぽい老魔法使い、オーレウス。

 これが、私とオーレウスとの最初の出会いであった。

 


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