東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 歳を感じさせる、ふわふわに縮れた長い銀髪に、もっさもさの立派なお髭。

 オーレウスは、どこからどう見ても、熟練の魔法使いである。

 

「今から茶を入れるでな」

「おや、じゃあオーレウスさん、我々にもひとつ」

「ほいほい」

 

 そして、今更わかったことなのだが、彼らの雰囲気はかなりユルい。

 警備という仕事をしているから、まぁ初対面で得体のしれない私を見て遠くから声をかけるのは正しい対応だったのだが、その後が総じて、ユルすぎる。

 

 今も二人は、私の付き添いだといいつつも、オーレウスさんと一緒にお茶の準備などを始めている。

 陶器のようなゴブレットをいくつか、木製の簡素な棚から下ろし、テーブルに並べてゆく。

 オーレウスさんが取り出した小さな壺は、茶筒だろうか。

 

「あ、私は大丈夫。お構いなく」

「うん? なんだ、うちの茶は美味いぞ?」

「ああいや、私、あまり食事などは得意ではないから……」

「そうかぁ」

 

 私がお茶を断ると、オーレウスさんはあからさまにしょんぼりとした様子で、ゴブレットのひとつを棚に戻した。それでも他のものを片付けないようなので、お茶会はやるらしい。

 本当だったら断らずに飲みたいところだったんだけど、今こんな場所で、いきなり素顔を見せるわけにもいくまい。

 それに、私はこういう物を嗜む時、ひどく床を汚してしまうのだ。初対面の人様の家の床に茶をぶちまけるのは、ちょっと気が進まない。

 私の口の中や喉が、ちゃんとしてれば良かったんだけどね。

 

 

 

「ふぅうむ、格別」

「……」

 

 私がこじんまりと椅子に座る間、テーブルの向こうのオーレウスさんや衛兵さん達は思い思いに一服し、一息ついている。

 来客中だというのにリラックスタイム。なかなかのマイペースっぷりだ。いや、こういう方のが堅苦しくないし、いいんだけどね。

 おかげさまで私も、室内の魔術的機構をじっくりと観察できるというものだ。

 

 室内は、様々な魔術でごちゃごちゃとしているというか、賑やかである。

 様々な物に魔術がかけられ、あるいは製作段階で魔術的な要素を加えられ、ある意味で洗練されている。

 どれもこれも簡単なものばかりではあるが、すぐに汚れが落とせる仕掛けの食器といった、私でも思わず唸りたくなるようなアイデアがそれぞれに込められており、見ていて飽きが来ない。

 私の魔術が探求のための魔術だとするならば、このオーレウスの生み出す魔術は、実生活のための魔術であろう。

 

「ライオネル、といったかね。魔法に興味があるようだの」

「え、あ」

 

 私がきょろきょろ見回しすぎていたのか、顔を戻すと、オーレウスがにこやかな笑顔をこちらに向けていた。

 

「魔法の品ばかりを見ていたからのう、すぐにわかったわい」

「ははは……いや、あまり他人の作ったマジックアイテムを見たことがなくて、つい」

「おお、そうなのか。わしも、マジックアイテムの区別がつく者に会ったのは、お前が初めてじゃよ」

 

 基本的に、魔界でマジックアイテムを作っているのは私だけだ。

 神綺やサリエルも作れないことはないのだろうが、彼らは魔術的なものに対して、あまり乗り気ではない。

 アマノがいた頃はそんな話もできたのだが、彼女は話ができるだけで、マジックアイテム自体を作れるわけではなかった。

 なので、マジックアイテムを自身で発明して作れる人は、このオーレウスが初めてだったりする。

 

 ……けど、私の作ったマジックアイテムもすごいぞ!

 

「私が作った中には、こういう物もあるよ」

「ほう?」

 

 私は早速、懐からハンドベルを取り出して、テーブルの上に置いた。

 すると無警戒な衛兵さん達は興味を持ったのか、ゴブレットを片手に身を乗り出すようにハンドベルを凝視し始めた。君たちは少し自分の仕事を思い出そう。

 

「ふむ……これは、どういった物じゃろうなぁ」

「オーレウスさんでもわからないのかい?」

「いやいや、どうだろな。ちょいと待ちなさいな」

 

 オーレウスさんがハンドベルを手に取り、澄んだグリーンの瞳でじっと見つめる。

 年老いても尚、その目には好奇の輝きが宿っているように見えた。

 

「これは……」

 

 まさか、見ただけで看破できるのか。

 

「楽器じゃな」

 

 そう良い、オーレウスさんはカランカランとベルを鳴らす。

 ……うん、正解! 楽器だよ! なんたってハンドベルだからね!

 だけど私としては、もうちょっと突っ込んだ答えが欲しいかも!

 

「さすがオーレウスさんだ」

「詳しいなぁ」

 

 そして君たち二人は本当におめでたいね。

 

「およ?」

 

 楽しそうにハンドベルをガラガラ振っていると、オーレウスさんは異変に気づいたようだ。

 ベルを止めて、再び手元に、興味深そうな視線を持って行く。

 

「おお、この楽器は、魔力を散らす力を持っているのか」

「!」

 

 お、今度は気付いた。正解である。

 というか、鳴らしただけで気付けるっていうのも、なかなか鋭いぞ?

 

 オーレウスさん、ちょっと呆けたようなところもあるけど……実は私の予想以上に、魔法に詳しいのかも。

 

「なんだそら。一体それが何の役に立つんだい、オーレウスさん」

「魔力なんて俺には見えねえよー」

「うむうむ、まぁ、ワシしか見えんからな。この町では、あまり役には立てんかもな」

 

 ぐさり。あまり役に立たないと言われてしまった。

 ……けど、確かにその通りである。このベルは振った者の持つ魔力をちょっとだけ借りて、音と一緒に散布するというものだ。

 

 “魔力の喚び鈴”。

 鳴らすことによって簡易結界の下地を作ったり、魔力を感知できる相手に見つけてもらいやすいといった利点に繋げられるのだが、何分魔力を扱える者同士でなければ役には立てない。

 作ったはいいものの、対応する相手がいないので泣く泣くお蔵入りにさせた哀しいマジックアイテムなのである。

 

 ……オーレウスは、このハンドベルの特性を、そこまで見抜いているということなのだろうか?

 


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