廣井従弟の介護日記   作:ヒャル

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第二話

「新宿FOLT……ここか」

 

 一日の授業が終わった後。事前にネットで場所を調べておいたライブハウスの前に立つ。

 

 きくり姉さんとの思わぬ再会から数日後。岩下さんから貰ったチケットを手に、きくり姉さんたちのバンド“SICK HACK”のライブを見るべく俺はここにやってきた。

 正直バンドの生演奏なんて高校の文化祭くらいでしか見たことがないし、これまで縁のなかった世界を前に何だか気後れしてしまう。

 

「――ふぅ」

 

 静かに深呼吸すると、そっと扉を押し開けた。

 

 

 初めて訪れたライブハウスという場所。照明はあるものの、地下ということもあってどこかダークな雰囲気が漂っている。

 

「…………」

 

 きくり姉さんはアンダーグラウンドな生き方がどうのと言っていたが、確かに普段の日常から切り離された世界のようで何だか落ち着かない。

 お上りさん丸出しだと思いつつも、ついつい周囲を見回してしまう。

 

「……あら、もしかして廣井玲斗くんかしら?」

 

 声をかけられて振り返ると、耳にも口にも大量のピアスをバチバチに決め、両手首にシルバーを巻いた目つきの鋭い男性がこちらを見つめていた。

 

「あ……はい、そうですけど……」

 

「やっぱりね~!廣井と志麻から今日、あなたが遊びに来るって聞いてたから声かけようと思って」

 

 鋭かった目線がすぐに柔らかくなる。

 

「あたしはここの店長、吉田銀次郎で~す!好きなジャンルはパンクロックよ~」

 

「えっと……俺は廣井玲斗です。ロックはあまり聞きませんが、Sammatonは聞きます。Flying Witchとか」

 

「あら~、ミリタリー好きなのかしら?」

 

「ミリタリーというよりは…どちらかというと歴史好き、ですかね」

 

 ニコニコ笑いながらこちらの話に合わせてくれる。第一印象に反して、結構話しやすい人だ。

 

「…ところで、初対面だと思いますけどどうして俺だとおわかりに?」

 

「廣井が前髪下ろして目を隠してる、新秀高校の制服かチェック柄の服の子だって言ってたからすぐ分かったわ~」

 

「……いやまぁ、普段私服はチェック柄のものばかりですけど」

 

 俺にファッションセンスなんてものはないのだから、そこは放っておいて欲しい。

 いやまぁ、あったとしても目立つの嫌だからオシャレはしないが。

 

「ところで、当のきくり姉さんはもう控室に入ってるんでしょうか?」

 

「ああいや、二日酔いでトイレに籠ってるわよ。そろそろ出てくるんじゃないかしら?」

 

「ライブ前でもそんな感じなんですね……」

 

 俺と同じで肝の小さかった昔のきくり姉さんは、本当に何処へ行ってしまったんだろう……

 

 

「まったく、ライブ前に飲むなと何度言えばわかるんだ!今日はお前の従姉弟も来るんだぞ!」

 

「し、志麻、今はもっと優しく……うぷ」

 

「あら、噂をすれば出てきたわね」

 

 吉田さんと談笑していると、トイレの方からきくり姉さんが現れた。

 

「あ、玲斗くん~!いらさ~い、ここが私のホームだよ~!」

 

 二日酔いからまだ回復していないのか、岩下さんに支えながらヨロヨロとこちらに近づいてくる。

 

「…大丈夫なんですか?色々と」

 

「らいじょーぶらいじょーぶ、このくらい迎え酒すれば」

「飲むな」

 

 きくり姉さんがどこからか紙パック酒を取り出すが、肩を貸していた岩下さんが目にも止まらぬ早業で奪い取る。

 

「志麻ひど~い!おにころは私の命の水なのに!」

 

「今日はお前が迷惑かけた玲斗くんも呼んでるんだから真面目にやれ!」

 

 先日も思ったが、やはり岩下さんは苦労人のようだ……

 

「あはは……ところで、ベースとドラムの2人だけってわけではないですよね?他のメンバーの方はいらっしゃるんですか?」

 

「もちろん!あとはギターの……あ、ちょうど来た」

 

 きくり姉さんの視線を追って振り返ると――

 

「…日本人じゃなくてビックリした?ウチのギタリスト、イライザだよ~」

 

「噂の従姉弟さんデスカ!私清水イライザ!イライザって呼んでネー!」

 

 着物を着崩した、綺麗な白人の女性がいた。

 

「……あっはい、廣井玲斗と申します。従姉弟がいつもお世話になっています」

 

 深々と頭を下げる。

 

「硬くならないでヨ、きくりの弟さんなら私の家族も同然ネ!こんな風に~え~~イ!」

 

「えっぁっ、ぅ…………」

 

 近い近い近い!

 いきなり抱き着かれて思考が停止する。でも突き放すのは失礼な気がするし……

 

「あっはは、玲斗くんパニックになってる~!」

 

 きくり姉さん、笑ってないで助けて!

 

「こらこら。イライザ、玲斗ちゃんが困ってるわよ。この子洋楽の方が好みみたいだから、何かUKロック教えてあげたら?」

 

「あはは、ソーリー!でも紹介するなら、ロックよりアニソンのお話がしたいネ!」

 

 熱烈ハグから解放してくれると、イライザさんはスマホケースに付けられたストラップを掲げる。

 

「ええっと……スローループ、でしたっけ?」

 

「オゥ、イエ~ス!知ってますカー!?」

 

「ちゃんと見たことはないですが、一応…」

 

 きらら系アニメ……だったっけ。

 

「じゃあ、今度鑑賞会しまショ~!アニメ好きに悪い人はいないネ!」

 

「は、はい。機会があれば是非……」

 

 手を掴んでブンブンと振ってくるイライザさんを前にこくこくと頷く。

 

「……玲斗くん、迷惑なら断ってくれていいんだからな?」

 

 イライザさんに押されっぱなしなのを見かねてか、岩下さんがそっと耳打ちしてくる。

 

「いえ……迷惑では、ありませんし……仲良くなるかならないかなら、仲良くなりたい……ですから」

 

 押しの強さに困惑していたのは確かだが、少なくともイライザさんは善意100%なわけだし。どこかのアル中とは違って。

 

「じゃあ私は玲斗くんに美味しいお酒の飲み方は教えてあげようかな~!」

 

「未成年者に酒を飲まそうとするんじゃない!……そろそろ時間だから行くぞ廣井、イライザ」

 

「痛た、志麻ってば冗談だってー!じゃ、じゃあ楽しんでってね玲斗くん~!」

 

「オーケー、玲斗くんまたネ~!」

 

「あっはい、頑張ってくださいね……!」

 

 奥へ消えていくきくり姉さんたちを見送る。

 

「……じゃ、今日はたっぷり楽しんでいってね。そろそろお客が集まってくる頃だから、場所取りは早めにしておいた方がいいわよ?」

 

「はい、ありがとうございます。吉田さん……」

 

 仕事に戻っていく吉田さんとも別れ、軽く店内を見回す。

 ――吉田さんの言う通り、徐々に来店するお客さんが増えてきているようだ。俺も今の内にトイレに行って、きちんと聞くための場所を確保しておかないと。

 

 

 照明が落ち、フロアを埋め尽くす観客たちが湧き立つ。

 

(すごい人だな……)

 

 集まった観衆は軽く500人を超えているだろう。

 人混みに囲まれて落ち着かないが……同時に、ライブハウスに満ちる熱気に晒されて、どこか胸が湧き立つものを感じる。

 

(…あっ)

 

 再び照明が灯り、SICK HACKの三人がステージに上った。

 

「今日は志麻に真面目にやれって言われたので酒吹きかけたりは自重します!でも酒は飲みま~す!!」

 

「真面目にやるなら酒飲むなー!」

「たまには歌詞を飛ばさず歌えー!」

 

 きくり姉さんのMCに観客席から野次が飛ぶが、どこか温かさを感じるあたり酒を飲みながらライブをするのはいつものことなのだろう。

 ここにいる500人以上が訓練されたファンだとすると、やっぱりSICK HACKは人気のバンドなんだなと理解させられる。

 

「うるせー!パフォーマンスしない分ぶっ飛ばすからちゃんと付いてこいよ~!?新宿マザー○○○○!!」

 

 きくり姉さんのシャウトと共に姉さんのベースが、イライザさんのギターが、岩下さんのドラムが各々のリズムを刻み始める。

 

 

 ――その日俺は、本物の“音楽”というものに出会った。

 




 廣井の従姉弟だけあって、身内相手にはキレキレでも玲斗くんは基本的に陰キャです。
 悪い見本が目の前にあるので20歳になっても多分お酒は飲まない。

 プロローグはここまで。次回は時間が一気に飛びます。
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