「…………」
「…………」
「……えっと」
きくり姉さんとイライザさんに土下座されている。
何か重大な緊急事態……という可能性はきくり姉さんの頭の軽さを思えば低いが、それはそれとしてその絵面に面食らう。
「イライザさん、まずは頭を上げてください。それでは話ができませんよ」
「私は?」
「きくり姉さんの土下座に価値なんてありませんからしててもしてなくても変わらないでしょう」
「ひどい!」
やけ酒だー!とおにころを呑み始めたきくり姉さんはほっといて、イライザさんを助け起こす。
「…詳しい事情を、聞かせていただけませんか?」
「えっとネ……」
ぽつぽつと、イライザさんは何故2人で土下座していたのかを話し始めた。
「…要するに酒ガチャ、とやらを試したいと」
きくり姉さんがどこからか見つけてきたという、オンライン酒屋のサービス。
全国各地の400種類以上のお酒が入っていて、運が良いとレアな酒が入っていることもあるとか。
「ちょうどマンガかアニメとコラボ中で、イライザの家で見たことある子のグッズがもらえるみたいだからイライザに買わないか相談してみたんだよね~」
「でももう、生活費にまで手を出しちゃってマス……次のライブのお金も、志麻に借りたバンド経費返さないとデスし……」
「志麻は出してくれないだろうし……こうなったら玲斗様におすがりするしかないかなって」
時折志麻さんにするように、きくり姉さんが露骨にゴマを擂ってくる。
「はぁ……」
未成年に酒代をたかるなとか、色々と言いたいことはあるのだが…まず。
「……イライザさん、困ったことがあったならまず相談してください。俺にできることはそう多くないかもしれませんし、言われたことに注意したり窘めたりすることもあるかもしれませんが、イライザさんのお願いを無碍にすることだけはしません」
イライザさんも俺と同じで家族が遠いイギリスにいる身、本来一番頼りにするべき家族に頼るのが難しい者同士なのだから…出来る限り力になってあげたい。
「……あと、これは個人的な感情ですが…軽々しく土下座なんてしないでください。お酒の為なら誇りも尊厳も軽く投げ捨てるきくり姉さんのように……イライザさんには、薄汚れてほしくないんですよ」
わがままかもしれないと思いつつも、懇々と言葉を尽くす。
「ソーリー……ごめんなサイ……」
しょんぼりしたイライザさんを見るのは辛いが、思いが通じたようでほっと胸を撫でおろす。
「…私とイライザで扱い違い過ぎない?」
「冷蔵庫に入ってる芋羊羹、食べてもいいですよ」
「わーい!」
作り置きしておいたサツマイモの羊羹をつまみに酒を飲み始めるきくり姉さんはいつも通りだ。
きくり姉さんにこそ反省してもらいたいのだが……無理なんだろうなぁ。
「きくり姉さんの目当てはその珍しい酒の数々で……イライザさんはお酒の方はどうでもいいけど、コラボグッズの方が是非とも欲しいと」
「ウン。ぐびねえのおちょことステッカー…今を逃せば、絶対もう手に入らないデス……!」
「うーん……」
力になってあげたいのだが…無暗に酒代を出すと悪しき前例になりかねない。だってきくり姉さんだもの。
「……そういえば、志麻さんの誕生日ってもうすぐですよね?5月とお聞きしましたが」
「志麻の誕生日?たしかに、5月15日が志麻の誕生日だけど…」
「志麻さんの誕生日パーティーを開いて、その出し物として購入しましょう。ガチャならパーティーの中で開封すれば座興になるでしょうし」
ただきくり姉さんが飲むだけの酒代を出すわけにはいかないが、志麻さんの誕生日パーティーの飲み物や座興の経費を出すとなれば形式として問題ないだろう。
おまけのコラボグッズの方は、イライザさん以外は欲しがらないだろうから問題なくイライザさんのものになるだろうし。
我ながら良いアイディアではないだろうか?
「志麻の誕生日パーティーか……うん、いいんじゃ……ないかな……?」
「志麻の…悪くないと、思うネ……」
「……?何か拙いこと、言いました?」
そう思ったのだが、二人からは煮え切らない反応が返ってくる。
「……とりあえず、未成年の俺が買う訳にもいきませんし、俺の部屋に置いておくときくり姉さんが勝手に開ける恐れがありますから、お金は俺が出すのでイライザさんの名義で買って、志麻さんの誕生日までイライザさんが管理する。これで良いですか?」
「ウン……」
「良いんじゃないかな……」
「…………」
「あー……成程ねぇ」
志麻さんの誕生日パーティーを提案したところ、きくり姉さんとイライザさんの反応がおかしい。
その謎を探るべく、当事者以外で一番事情を知っていそうな銀次郎さんに尋ねようと俺は新宿FOLTを訪れた。
「きくり姉さんとイライザさんの反応がおかしかった原因、銀次郎さんは何かご存じですか?」
「毎年廣井は……今はイライザもだけど。志麻の誕生日は盛大に祝って露骨にご機嫌取りするのよ。“今後とも何卒見捨てないでいただけると助かります”ってね」
「うわぁ…」
遠い目をした銀次郎さんが説明してくれた裏事情に、思わず変な声が漏れる。
そりゃ2人が微妙な顔をするわけだわ。
「それだと……誕生日パーティーをしても、志麻さんは素直に喜んでくれないですかね…?」
「どうかしら?毎年盛大に祝うとは言っても廣井たちはいつも金欠だから、歌ったり絵や手紙を送ったりといった具合で御馳走を用意したりはできないし…貴方は心から祝ってくれているというのは理解してくれるとは思うわよ」
「だと良いんですけど…」
誕生日パーティーを開くからには、主役である志麻さんにも心から喜んで欲しいのだが…
「心配性ねぇ。それなら、心から祝ってくれる参加者をもっと増やせばいいんじゃないかしら?廣井たちが霞むくらいに」
「…と言いますと?」
銀次郎さんには何か腹案があるのだろうか。
「SICK HACKのことを心から慕っていて、志麻の誕生日パーティーにも喜んで参加してくれそうな後輩バンドがいるじゃない」
「……もしかして、SIDEROSの子たちですか?」
「そ。あの子たちなら、きっと喜んで参加してくれるわよ」
そう言って、銀次郎さんはパチンとウィンクした。
廣井とイライザが毎年志麻の誕生日を盛大に祝ってご機嫌取りする(そんな二人を志麻は白けた目で見ている)というのは深酒日記の番外編ネタです。