蝉の鳴き声が、まるで空気に焼き付いたノイズのようにじりじりと響いていた。
八月の正午。陽炎が揺れるアスファルト、その端に建つバス停近くのコンビニ。白いタイルの隙間から、
かろうじて日陰がのぞく場所に――少女がひとり、ぐでりと溶けかけていた。
「……あっつ……無理……溶ける……」
しゃがみこみ、ジャケットの裾を地面に落としながら、
彼女はコンビニの駐車場脇で目の前に手を伸ばしていた。
指先は空をかき、風に泳ぎ、何も掴めない。
まるでそれすらも分かっていて、けれど無意識に求めずにはいられないような、そんな動き。
黒髪は汗と湿気で重たく、肩に張りついていた。
裾の短い白いTシャツ。
肩から落としたベージュのジャケット。
淡いブルーのデニムスカートに、黒のニーハイソックス。
誰かに見せるためとしか思えない恰好。
夏の炎天に晒されたその子は、触れたら熱を持っていそうだった。
「なんでこんな暑いわけ……ぐだぐだ……しぬ……」
そこに、麦茶とアイスを求めて立ち寄った俺が、通りかかった。
コンビニから出た瞬間、彼女と目が合った――いや、目の焦点は合っていなかった。
だらしなく、疲れきって、それでいて妙に艶のある眼差しだった。
(あれ…こいつ…)
「……なに、じろじろ見てんの……ナンパなら、無理……暑いから……そんな気分にもなんないし……」
ぼそぼそと呟くその声は、棘があるのに不思議と柔らかい。
俺は黙って、手にしていた麦茶の一本を彼女の前に差し出した。
「……え、なに、くれるの……? ……へぇ、優男……」
そして次の瞬間、少女は信じられない言葉を口にした。
「……じゃあ、ついでに涼しいとこ、連れてって?」
手が俺の腕に触れた。細くて、熱を持った指先。
汗とシャンプーと何か甘い匂いが、ふわりと鼻をかすめた。
――どうしてこうなったのか、俺は黒髪の、ぐでぐでの女の子を部屋に連れて帰った。
*
シャワーの音。
洗面所から漏れ聞こえるその音を聞きながら、俺はテーブルに麦茶を用意していた。
「……ふーん、あなたんち、わりとキレイなんだね」
そう言って部屋に現れた彼女は、大きめのTシャツ一枚。俺の部屋着だ。
袖は肘までを覆い、膝上までのその布の下から、むきだしの太ももがのぞいていた。
髪はまだ濡れていて、肩に水滴を落としながら、彼女は何の遠慮もなくソファに座り込んだ。
どかっと背を預けるようにして、肘掛けに足を引っかけ、だらしなく息をついた。
「今日は泊まっていいから、体調直せよ」
「……ふぅん。やさし。でも、だめだよ」
「だめ?」
「今日はって言った。……それって、明日は出てけって意味でしょ?」
かすれた声だった。
でも拒絶じゃない。むしろ、かすかに甘えていた。拗ねるような声音。
「もうちょっと居たいかも……」
乾かない髪を指先でいじりながら、ソファの上で小さく丸まる。
Tシャツの裾がめくれ、太ももがますます露わになった。無防備すぎる。けれど、それが彼女の普通なんだろう。
「……あなた、名前は?」
「俺は――シン」
名乗ると、彼女は口元をわずかに緩めた。
「……じゃあ、シン君んち……しばらく、保健室ってことにしてもらおっかな……」
そう言って、そのままソファに横になった。
天井を見つめる視線はどこか空っぽで、けれどそのまま寝息が始まるころには――確かな安心の色を帯びていた。
*
翌朝。
「……ん……あさ……?」
ソファの上、だぶだぶのTシャツ姿で寝そべったミオの足が、カーテンの隙間から差す朝陽に白く照らされていた。
エアコンの効いた部屋。俺はキッチンでトーストと目玉焼きを焼いていた。
「……んー……パン、焼けた……?」
ふいに、ミオがのそりと起き上がる。寝癖がついたままの髪、眠たそうな目。
目だけをこちらに向けて、またぺたんと座り直す。
「おはよう。ちゃんと焼いた。卵も」
「へぇ……家庭的……意外」
トーストを手にとり、もぐもぐと頬張る。
「……うま……やば……文明……」
寝起きのままの姿で朝食を食べるその姿は、なんとも言えないギャップがあった。
艶めかしさと子どもっぽさ、どちらにも振り切らない、不思議な中間。
「……名前、ミオって言うの」
「本名か?」
「さあね。……でも、シン君にはそう呼ばれたいかも」
パンの耳を口にくわえたまま、にやにやしている。
そんな表情をされても、不思議とムカつかなかった。
むしろ、少しだけ照れくさい。
「シン君、暇なの?」
「まあ、夏休みだしな。特に予定もない」
「ふぅん、じゃあさ――」
彼女は朝の光の中、トーストをもう一枚手にしながら言った。
「今日もここ、保健室ね。……サボりたいし、涼しいし、居心地いいし」
冷房の風が彼女の髪を揺らした。
俺はその揺れを、黙って見ていた。
彼女がそこにいるのは、不自然だった。
けれど――なぜか、当たり前のように思えてきていた。
朝食を終え、ソファで再びごろりと横になるミオの姿を見ながら、俺は思う。
この夏で、何かが始まる。
書くのは初めてではないけど、公開するのは初めてです。
対戦よろしくおねがいします。
一人暮らし高校生ってファンタジーだよね