手渡した麦茶で始まったなにか   作:ナイトロ

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1話

 

蝉の鳴き声が、まるで空気に焼き付いたノイズのようにじりじりと響いていた。

八月の正午。陽炎が揺れるアスファルト、その端に建つバス停近くのコンビニ。白いタイルの隙間から、

かろうじて日陰がのぞく場所に――少女がひとり、ぐでりと溶けかけていた。

 

「……あっつ……無理……溶ける……」

 

しゃがみこみ、ジャケットの裾を地面に落としながら、

彼女はコンビニの駐車場脇で目の前に手を伸ばしていた。

指先は空をかき、風に泳ぎ、何も掴めない。

まるでそれすらも分かっていて、けれど無意識に求めずにはいられないような、そんな動き。

 

黒髪は汗と湿気で重たく、肩に張りついていた。

裾の短い白いTシャツ。

肩から落としたベージュのジャケット。

淡いブルーのデニムスカートに、黒のニーハイソックス。

誰かに見せるためとしか思えない恰好。

夏の炎天に晒されたその子は、触れたら熱を持っていそうだった。

 

「なんでこんな暑いわけ……ぐだぐだ……しぬ……」

 

そこに、麦茶とアイスを求めて立ち寄った俺が、通りかかった。

 

コンビニから出た瞬間、彼女と目が合った――いや、目の焦点は合っていなかった。

だらしなく、疲れきって、それでいて妙に艶のある眼差しだった。

 

(あれ…こいつ…)

 

「……なに、じろじろ見てんの……ナンパなら、無理……暑いから……そんな気分にもなんないし……」

 

ぼそぼそと呟くその声は、棘があるのに不思議と柔らかい。

俺は黙って、手にしていた麦茶の一本を彼女の前に差し出した。

 

「……え、なに、くれるの……? ……へぇ、優男……」

 

そして次の瞬間、少女は信じられない言葉を口にした。

 

「……じゃあ、ついでに涼しいとこ、連れてって?」

 

手が俺の腕に触れた。細くて、熱を持った指先。

汗とシャンプーと何か甘い匂いが、ふわりと鼻をかすめた。

――どうしてこうなったのか、俺は黒髪の、ぐでぐでの女の子を部屋に連れて帰った。

 

 

シャワーの音。

洗面所から漏れ聞こえるその音を聞きながら、俺はテーブルに麦茶を用意していた。

 

「……ふーん、あなたんち、わりとキレイなんだね」

 

そう言って部屋に現れた彼女は、大きめのTシャツ一枚。俺の部屋着だ。

袖は肘までを覆い、膝上までのその布の下から、むきだしの太ももがのぞいていた。

髪はまだ濡れていて、肩に水滴を落としながら、彼女は何の遠慮もなくソファに座り込んだ。

どかっと背を預けるようにして、肘掛けに足を引っかけ、だらしなく息をついた。

 

「今日は泊まっていいから、体調直せよ」

 

「……ふぅん。やさし。でも、だめだよ」

 

「だめ?」

 

「今日はって言った。……それって、明日は出てけって意味でしょ?」

 

かすれた声だった。

でも拒絶じゃない。むしろ、かすかに甘えていた。拗ねるような声音。

 

「もうちょっと居たいかも……」

 

乾かない髪を指先でいじりながら、ソファの上で小さく丸まる。

Tシャツの裾がめくれ、太ももがますます露わになった。無防備すぎる。けれど、それが彼女の普通なんだろう。

 

「……あなた、名前は?」

 

「俺は――シン」

 

名乗ると、彼女は口元をわずかに緩めた。

 

「……じゃあ、シン君んち……しばらく、保健室ってことにしてもらおっかな……」

 

そう言って、そのままソファに横になった。

天井を見つめる視線はどこか空っぽで、けれどそのまま寝息が始まるころには――確かな安心の色を帯びていた。

 

 

翌朝。

 

「……ん……あさ……?」

 

ソファの上、だぶだぶのTシャツ姿で寝そべったミオの足が、カーテンの隙間から差す朝陽に白く照らされていた。

エアコンの効いた部屋。俺はキッチンでトーストと目玉焼きを焼いていた。

 

「……んー……パン、焼けた……?」

 

ふいに、ミオがのそりと起き上がる。寝癖がついたままの髪、眠たそうな目。

目だけをこちらに向けて、またぺたんと座り直す。

 

「おはよう。ちゃんと焼いた。卵も」

 

「へぇ……家庭的……意外」

 

トーストを手にとり、もぐもぐと頬張る。

 

「……うま……やば……文明……」

 

寝起きのままの姿で朝食を食べるその姿は、なんとも言えないギャップがあった。

艶めかしさと子どもっぽさ、どちらにも振り切らない、不思議な中間。

 

「……名前、ミオって言うの」

 

「本名か?」

 

「さあね。……でも、シン君にはそう呼ばれたいかも」

 

パンの耳を口にくわえたまま、にやにやしている。

そんな表情をされても、不思議とムカつかなかった。

むしろ、少しだけ照れくさい。

 

「シン君、暇なの?」

 

「まあ、夏休みだしな。特に予定もない」

 

「ふぅん、じゃあさ――」

 

彼女は朝の光の中、トーストをもう一枚手にしながら言った。

 

「今日もここ、保健室ね。……サボりたいし、涼しいし、居心地いいし」

 

冷房の風が彼女の髪を揺らした。

俺はその揺れを、黙って見ていた。

彼女がそこにいるのは、不自然だった。

けれど――なぜか、当たり前のように思えてきていた。

朝食を終え、ソファで再びごろりと横になるミオの姿を見ながら、俺は思う。

この夏で、何かが始まる。

 




書くのは初めてではないけど、公開するのは初めてです。
対戦よろしくおねがいします。
一人暮らし高校生ってファンタジーだよね
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