「来週末、泊まりでシンの実家、行っていい?」
月曜の朝。制服に腕を通しながら、ミオが唐突に言った。
「なんでまた」
「うーん……恋人って、家族と一緒に“夜”を過ごす瞬間もあるじゃん?」
「……は?」
「日常のなかに混ざるって、そういうことじゃない? ごはんの音、洗濯機の音、夜のテレビ、誰かのいびき……そういうのを知って、ちゃんと混ざりたい」
妙に理屈っぽくて、だけど妙に納得してしまった。
「母さんに訊いてみる」
*
週末、土曜の午後。
荷物は手提げバッグひとつ、だけど内容は完璧。
ミオは着替え、化粧ポーチ、歯ブラシ、麦茶ボトル、折りたたみスリッパ――まるで“家庭内合宿”だ。
「じゃ、行こっか。保健室じゃなくて、今夜は“家庭訪問”モード」
「なんだそれ……」
*
チャイムを押すとすぐ、母の明るい声が返ってきた。
「いらっしゃい、一泊よろしくね」
出迎えは完全に“身内”。ミオも自然にスリッパを履き、リビングへ直行。
父もすでにソファに座っており、新聞を畳みながらこちらを見上げた。
「どうぞ、うちで良ければ」
「お邪魔します。お世話になります」
ミオはぺこりと頭を下げ、ジャケットを脱いで畳んだあと、空気の隅にある「居場所」へスッと腰を下ろす。
母はさっそくお茶と和菓子を出してくる。
「晩ごはん、カレーだけど大丈夫?」
「むしろ最高です」
「うちのルウ、ちょっと辛めよ? お父さんの好みでね」
「じゃあ、舌で覚えます」
母の口角が、ほんの少しだけ、嬉しそうに上がった。
会話は自然と流れていく。
リビングにはテレビの音。キッチンには湯の音。
ふとした沈黙さえ、あたたかい“間”として馴染んでいた。
そして夕飯時。
テーブルを囲んで、父・母・ミオ・俺の四人。
ミオは見慣れない家庭用スプーンを手に、カレーをすくいながらふと顔を上げた。
「……あの」
誰も遮らず、その声を待った。
「私、シンとこれからも、ずっと一緒にいたいと思ってます」
その一言に、カレーを口に運びかけた俺の手がピタリと止まる。
「おいミオ……」
「え、なに?」
「お前、そういうこと、いきなり言うなって……!」
顔が熱い。背中も熱い。米粒の上に落とす言葉じゃない。
ミオはさらっと言い切ったあと、俺をちらっと見てから微笑んだ。
「うん。いきなりがいいの。こういうの、タイミング見計らってたら、口にできなくなるから」
母はナプキンを口に当て、笑いを堪える。
「ごちそうさま、今のでお腹いっぱい」
「……まだ一口目でしょうに」
父はコップの水をゆっくり飲んでから、落ち着いた声で一言だけ。
「覚悟があるのはいいことだな」
それを聞いたミオは、今度は少しだけ眉を下げて、静かに笑った。
「ありがとうございます。本当に、そう思ってます」
母はスプーンを置いて、俺に顔を寄せてきた。
「……シン」
「なに」
「ミオちゃんに“ずっと”とか“これからも”とか言われて、どんな気持ち?」
「うるせぇよ」
「赤い赤い赤い~~ふふっ、やだなもう、青春のど真ん中じゃないの……」
「マジで黙って」
「……じゃあ、言うこと言って。あの子がこんなにまっすぐ想ってるんだから」
ミオは黙っていた。
でも、食べる手は止めず、こくこくとカレーを口に運んでいた。
恥ずかしさも、気負いもなく。ただ――その目だけが、じっとこちらに向いていた。
(俺も……)
頭では分かっていた。でも言葉に出すのは、また別だ。
そのまま、夕食は静かに進んでいった。
*
夜。
ミオは母と一緒にお風呂へ入り、俺はテレビを見ながら間の持たない時間を過ごす。
風呂場から出てきたとき、ミオは俺のジャージを借りていて――妙にそれが馴染んでいた。
「部屋、どっちだっけ?」
「二階だけど、父さんと母さん起きてるうちは静かにしろよ。階段きしむから」
「うん。忍者モードで行く」
布団は二つ。隣同士に敷かれていた。
電気を消して、ふたり並んで寝転んで、天井の影をぼんやりと見つめる。
「……さっきの、ほんとに驚いた?」
ミオの声は小さく、熱が籠っていた。
「まあ、な。ああいう言葉、慣れてねぇし」
「でも……言ってよかった」
「……おう」
「ずっと一緒にいたいって、本気で思ったから」
「……」
「でもあたし、報告できないんだよね」
「ん?」
「自分の親に。ほんとはさ、こうやって付き合ってる人がいて、ちゃんとした人たちと関われてるよって、言えたらいいんだけど……でも、言っても何も返ってこないし、連絡ももう何ヶ月もないし」
「……」
「だから、あたしが勝手に“生きてる証明”しに行っても、それってたぶん独り言になる。……それが、すごく虚しい」
俺は何も言えなかった。
ただ、横にいるミオの肩のあたりに手を伸ばして、そっと触れた。
「……なら、また帰ってこようぜ。何度でも。
母さんテンション高いけど、悪い人じゃねえし。父さんもなんだかんだ……受け止めるタイプだし」
「……ほんと?」
「おう」
ミオは、その手の上に自分の指を重ねてきた。
「じゃあ――また来る。あたしの帰る場所って、もうここかも」
その声がやけにリアルで、胸の奥を締めつけた。
「……ミオ」
「ん」
「……俺もさ、ずっと一緒にいたいって、思ってる」
「……それ、聞きたかった」
そのまま、ふたりは言葉を交わさず、天井を見ていた。
家のなかには、もう誰も話していない。
でも――俺たちの耳には、生活の音が、静かに流れていた。
ここが“家”だと、思えていた。
*
朝。
まだカーテンの隙間からしか光が差し込んでいない時間。
ミオは俺より先に目を覚ましていた。
「おはよ。……なんか、昨日より柔らかい顔して寝てたよ」
「寝顔見んなよ……」
「でも、かわいかった。ちょっとだけ」
「……やめろ」
ぼそりと呟いて布団を抜け出すと、ミオはタオルを手にして立ち上がった。
「シャワー借りる。朝シャン派だから、こういうとこ抜かりないの」
「さすがです」
洗面所から水の音。
キッチンでは、母が食パンを焼いていた。
「あら、おはよう。ミオちゃん、昨日ちゃんと寝られた?」
「はい。おかげさまでぐっすり」
母はコーヒーを淹れながら微笑む。
「ほんとに、保健室ってより実家って感じ……」
「あら、じゃあもう“お嫁さん準備”ってことかしら」
「……そのつもりでは、います」
「ほんと、あの子には勿体ないわねぇ~」
コーヒーの香りとトーストの焦げ目の香ばしさ。
ミオはバターナイフを手にしながら、ふと口元を緩めた。
「……ねえ、帰りがけに寄り道しない? スーパーとか」
「なんで?」
「生活の延長ってやつ、もう少し味わいたい」
父と母に挨拶して、ふたり並んで家を出た。
「またいつでも来てね。朝ごはんも用意するから」
「シンをよろしく頼むよ」
「……はい。また、帰ってきます」
「そんなかしこまらくても……」
*
スーパーは駅前の小さなチェーン。
ミオは調味料売り場の前でしゃがみ込み、パスタソースを手に取りながら言う。
「これ今度、うちで作るね。トマト系のやつ」
「お前が料理すんの?」
「するよ。たまに。……それで、食べてくれる人がいると、もっとやる」
買い物かごには、麦茶、食パン、冷凍たこ焼き。
生活品ばかりなのに、なぜかそれが“恋人の日常”に見えた。
レジで会計を済ませ、店を出ると、日差しが少し強くなっていた。
ミオは手提げ袋を片手に、すっと俺の隣に立つ。
「……ね、シン」
「ん」
「なんか、デートの時より楽しかったかも」
「え、こんなスーパー行くだけで?」
「うん。だって、“誰かの家族の一員”になれた気がした」
「……お前な」
「そろそろ、帰ろうか。ふたりの、ね?」
俺はそれに、何も言わず頷いた。
手を繋いで、ふたりの部屋へ帰った。
6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18
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いらない
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いる