手渡した麦茶で始まったなにか   作:ナイトロ

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11話

 

実家への“家庭訪問”をした帰り道。

ミオが言っていた。

 

「あの部屋さ、

最初は男の子にしてはキレイって思ったけど」

 

「押し入れの中、

すっごいよね。やっぱり一人暮らしって感じ。

お母さんが管理してるシンの部屋見たら、一目瞭然」

 

「ね、今度さ、

“恋人”であるあたしが本気で整理してやるからね」

 

その三日後。

 

本当に“本気”だった。

 

押し入れは全出し、服は色別グラデーション、

上段の奥に積んであった紙袋が三つ。

そのうち一袋からは空になった文房具のパッケージと、数年前のレシートが出てきた。

 

ミオはすべてにタグをつけ、ゴミ・再利用・迷い箱の三分類に分け、

最終的に「これで“人が住む空間”として認定されたよね」と勝利宣言をしていた。

 

(こんなことが…こんなことが許されていいのか)

 

俺は、終わったあとソファの隅で体育座りしていた。

処分したと思っていた、忘れたい歴史が掘り返された。

 

(アナスタシアの一年戦争?あんなものをどうして残していた?)

 

(俺の幼い願望を、ミオに見られてしまった…!)

 

片付いた部屋と反比例する形で、俺の心は散らかっていた。

 

「やっぱりシンって、女の子に迫られたいんだね」

 

「やめろォ!」

 

*

 

10月末、ハロウィン。

部屋には飾りはなく、冷蔵庫にカボチャのシールを貼ったくらい。

ミオは俺のTシャツ、俺は部屋着でカレーを煮ていた。

 

「ねえ、うちらさ、

イベントごとに対してこのノー飾り・ノー仮装・ノー浮かれ体質、すごくない?」

 

「まあ……街行ってわざわざ群がるタイプじゃないしな」

 

「うん。でもさ、

たまにはちょっとだけイベント感足してみない?

例えば、カレーを青い色にするとか」

 

「食欲なくす方向で寄せてくるのやめろ」

 

「じゃあ、食後にお菓子くれ。

“トリック・オア・トリート”」

 

「それもらう気しかないじゃん。

脅しか? 脅迫罪で訴えるぞ」

 

「それがハロウィンって文化なんだよ。

平和な顔して、他人の冷蔵庫を狙う恐ろしい行事」

 

「ミオん中のハロウィン、治安悪すぎだろ」

 

「いいじゃん、非日常ってそういうもんだよ。

で、棚のクッキー、今すぐ献上して?」

 

「浮かれてんじゃねーか。

……はあ、ハロウィンって疲れる……」

 

その夜、ふたりでクッキーを分け合いながらソファに沈んだ。

 

「……なんかさ、

何もしてないけど、ちゃんとふたりでハロウィンやったなって感じはあるよな」

 

「うん。わたしたちなりのってやつ」

 

*

 

クリスマス。

ソファに、ブランケットを広げていた。

足元には、昼間に買ってきた小さなケーキの空き箱。

ミオと俺は、そのブランケットの中で肩を寄せ合っていた。

 

俺はソファに座って、ミオは俺に体を預けて。

それで手はしっかりつながっていた。

手の甲が、指の隙間が、ぬくもりで満ちていた。

 

特別なことは、していない。

 

「……“恋人らしい日”って、なんだろう」

 

声は小さかった。けれど、いつもよりずっと真っ直ぐだった。

 

不意を突かれて、すぐには答えられなかった。

テレビの画面では、芸人がクラッカーを鳴らして笑っている。

でも、その笑い声すら遠く感じた。

 

俺はほんの少しだけ考えて、ミオの方を見た。

 

彼女の顔は照明の陰になっていて、輪郭だけが浮かんでいた。

目は細くなっていて、けれどどこか期待と不安が混ざっていた。

 

だから、俺は静かに答えた。

 

「……こうして、

ふたりで静かにいられること――じゃないか?」

 

少し間があって、ミオの唇がかすかに揺れた。

 

「シンもそんな歯が浮くようなこと言うようになったんだね」

 

「おい」

 

「ふふ……それなら今日、すごく恋人っぽいね」

 

そう言って笑った。

ちいさく、ほんの少しだけ、照れたように。

けれどその笑みは――今まででいちばん、柔らかかった。

 

俺は、彼女の指を少しだけ強く握り返した。

 

「ミオは……今日、どんなふうに過ごしたかった?」

 

「ん……プレゼントとか、イルミとか、そういうのも憧れたことはあったけど……」

 

言いながら、ミオは肩をすくめた。

 

「でも、欲しいのはそういう“絵面”じゃないんだって、最近よく分かるようになった」

 

「絵面?」

 

「うん。SNSで見るやつとか、カップルフォトとか、ああいうの。

……見た目だけ恋人でも、中身がすかすかじゃ意味ないなって」

 

「そっか」

 

ミオは俺の肩に頭をのせて、指を少し遊ばせながら続けた。

 

「“好き”って、誰かに言われるのも好きだけど、

ちゃんと“そばにいてくれる”って、もっと深い気がする」

 

「……ミオ」

 

名前を呼んだだけで、ミオの目がほんのわずかに潤んだように見えた。

 

そしてぽつりと。

 

「シンがこうやってあたしの手を握ってくれてるだけで……

今日、ぜんぶ満たされてる感じする」

 

「そりゃ、俺がプレゼント用意してないから強がってんじゃ……」

 

「違うもん。ほんとだもん」

 

子どもみたいに口を尖らせながら、でも笑っている。

その横顔が、どんなイルミネーションより、ちゃんと俺の胸に残っていく。

 

「……それ、俺も思ってた」

 

「なにが?」

 

「今日、“何かしなきゃ”って気にしてたけど……

こうして何もなくても、あたたかくて、落ち着いてて。

たぶんこういうのが一番って、そう思ってる」

 

「……うん、そうだね」

 

ミオは目を閉じた。

まるで、その言葉を胸の奥で温めるように、そっと息を吸い込んだ。

 

腕の中で、ふたりの唇が触れ合い、

温度が、ゆっくりと重なっていく。

 

「ふたりでいれば、暖房いらずだね」

 

「俺は湯たんぽかよ」

 

「そう。あたしの、あたしだけの、大事な湯たんぽ」

 

テレビの光が、ふたりの影を壁に映していた。

赤く、ぼんやりと、ひとつの塊になって。

 

外は寒い。

どこかで雪が降っているかもしれない。

 

でも、俺たちの間には――ずっと続く暖かさがあった。

 

冷めないまま、静かに灯っていた。




個別に書きたかったけどハロウィンってこのふたりだと話なんも思いつかない

6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18

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