手渡した麦茶で始まったなにか   作:ナイトロ

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12話

 

年末。

部屋はほとんど、動いていなかった。

 

テレビはつけっぱなしだったけれど、音量はゼロに近くて、

画面だけがちらちらと動いている。

除夜の鐘も聞こえない。

外の気配は、まるで世界が一度まるごと止まったみたいだった。

 

空気が薄く張っていて、

何もしていないのに、胸の奥がふと詰まるような静けさだった。

 

けれど、それは寂しさじゃなかった。

 

俺とミオは、ソファに並んで座っていた。

毛布はかけず、ヒーターの前で、ほんのり温められた空気の中。

肩と肩が時折触れ、また離れる。

無理にはくっつかないのに、いつの間にか寄り戻ってしまう距離。

 

時計は、ほとんど見ていなかった。

それでも、なんとなく分かった。

“その瞬間”が近づいてきていることが。

 

ミオは、ブランケットに足を包んだまま、

両手を膝の上に置いて、小さく息を吸い込んでいた。

 

テレビの画面の隅、

カウントダウンの数字が白く浮かび上がる。

 

ミオが指を伸ばした。

 

ゆっくりと、ためらいながら、けれど確実に。

俺の手の甲に、そっと触れた。

 

あたたかい――けれど、ほんのわずかに震えていた。

 

(……緊張してるのか)

 

思わず、息が止まりそうになった。

でも何も言わずに、俺はその手を受け取った。

指と指、肌と肌が触れる瞬間の、じんわりとした熱。

鼓動が伝わる気さえして、胸の奥がきゅっとなる。

 

「23:58」

「23:59」

 

その表示に、俺も自然と目をやっていた。

 

会話はなかった。

でも、言葉以上に深く伝わってくるものがあった。

俺も、ミオも、今この部屋の中で、

まっすぐ“今”を迎えようとしていた。

 

そして、「0:00」

 

ふたりとも、同時に画面を見ていた。

まるで打ち合わせでもしてたみたいに、

視線だけがそこに吸い寄せられる。

 

ミオが、ゆっくりと口を開いた。

 

「ね」

 

小さな声だった。けれど、耳元に直接届いてくる。

 

「あたし、たった今“去年”から“今年”に来たんだけど、同じ手握ってた」

 

その言葉に、俺はすぐ返した。

 

「俺も」

 

指を軽く、でもしっかりと絡める。

ほんの少しの圧力が、かえって確かさになる。

 

「……なんか、新年っていうより、“ふたりの続き”って感じ。

こういうの、ちょっとだけすごいことだと思う」

 

ミオは、俺の肩にそっと額を預けた。

動きはゆるくて、まるで溶けるみたいだった。

俺は首をすこし傾けて、その髪に鼻を埋めた。

 

シャンプーの香りと、夜の肌の匂い。

眠たげなのに、心だけはずっと目を覚ましてる感じ。

 

「来年も再来年も、」

俺は、そっと言った。

 

「“何年越し”でもやっていこう」

 

ミオの頬が、少しだけ動いた。

笑ってる。でも声は出していない。

唇が動いたあと、彼女はこう言った。

 

「うん。“年を越すたびに同じ顔を見てる”って、それだけで最強」

 

その言葉が、胸にまっすぐ落ちてきた。

“最強”――

冗談みたいな言葉だけど、それは本気の願いだった。

 

テレビの画面では、音のない花火が上がっていた。

鮮やかな色が、部屋の壁に反射して、ふたりの輪郭を縁取った。

 

ミオは俺の手をもう一度握り直し、こう言った。

 

「ね、シン。来年も、最初の声、あたしでよかった?」

 

「当然だろ」

 

「ふふ、よかった。じゃあ……」

 

そして、彼女はそっと俺にキスをした。

それはただ“新年の最初の動作”として選ばれたものみたいだった。

 

「お母さんに連絡もしなきゃ。それとも遊びに行く?」

 

「ひとりの時は帰ってなかったからな……今年は行こうか、ふたりで」

 

ふたりの間に流れる時間は、

“年”という区切りよりも、ずっと穏やかで、やわらかかった。

 

新年が来たことを祝うより、

変わらず隣にいることを、ただ感じていた。

 

そして――その静けさのなかには、

どんな賑やかなカウントダウンよりも

確かな祝福が、たしかにあった。

 

 

バレンタイン。

 

「どうせ形式でしょ?」

「イベントなんて気恥ずかしいし」

 

そんな言い訳を全部背負って、ミオは俺にチョコを差し出した。

 

それはコンビニの袋に入っていて、

箱も包装も気を抜いたようなラフさだった。

 

でも、開けるとちゃんと手作りだった。

 

「……これ、昨夜あんまり眠れてなかったのって、これか?」

 

「ちがう。眠れなかったから作ったの。

眠れないと、意味のあることしたくなるから」

 

「ありがとう」

 

「言わないで。ありがとうって言われると、まるで本命っぽくなるじゃん」

 

「おい、恋人に本命じゃないことあるか?」

 

「うるさい。

今、あたしの顔は融解中なんだから、そっとしておいて」

 

渡したあと、ミオはクッションの向こうに沈み、

耳を真っ赤にして目だけがこちらを見ていた。

 

融解中のチョコが、部屋の隅に放り出されていた。

 

 

ホワイトデー。

 

缶に詰めた紅茶と、瓶に入れた焼き菓子を、ラベルごとそっと差し出す。

ラベルは手書き。手紙のように少し滲んだ文字で、日付と、ほんのひとこと。

包装は控えめで、でも、その分だけ真っ直ぐだった。

 

ミオは、両手で受け取ると、ほんの少し目を見開いた。

まるで、それが本当に“宝石”であるかのように、手のひらの中を覗き込んでいた。

 

「……なんかさ、返すってより、“続いてる”って感じがする」

 

静かな声だったけれど、その奥にある何かが、はっきりと胸に届いた。

俺たちは、缶の底に貼った小さなラベルに、今日の日付を並んで書いた。

 

「また来年も書こう」

 

「来年も、同じ時間に、同じ感じで?」

 

「同じじゃなくてもいい。けど、ちゃんと続いてたら、それでいい」

 

ラベルの横には、小さな日付。そして隣に並ぶ二文字のイニシャル。

特別なプレゼントじゃなかった。イベントらしい派手さもなかった。

けれど、その缶と瓶は、ありふれた今日を、そっと未来へ運んでくれる鍵のようだった。

 

ミオは紅茶の缶を胸に抱えて、そっと笑った。

 

「“特別じゃない日を、特別にしてくれるふたり”って、いいな」

 

「特別ではあるだろ……誰の言葉だ?」

 

「わたし。今、勝手に思った」

 

「……じゃあ、著作権、俺も半分もらう」

 

「だめ。あげない」

 

笑いながら、でもミオはずっと缶を見ていた。

目を離さず、まるで何か大事なものを見つけてしまったかのように。

時間は流れていく。けれど、こうして続いていくものもある。

 

俺たちは、そんな“続き”を、今日もまた一緒に生きている。

 

 




ホワイトデーは卒業前ってことにして下さい…

6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18

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