年末。
部屋はほとんど、動いていなかった。
テレビはつけっぱなしだったけれど、音量はゼロに近くて、
画面だけがちらちらと動いている。
除夜の鐘も聞こえない。
外の気配は、まるで世界が一度まるごと止まったみたいだった。
空気が薄く張っていて、
何もしていないのに、胸の奥がふと詰まるような静けさだった。
けれど、それは寂しさじゃなかった。
俺とミオは、ソファに並んで座っていた。
毛布はかけず、ヒーターの前で、ほんのり温められた空気の中。
肩と肩が時折触れ、また離れる。
無理にはくっつかないのに、いつの間にか寄り戻ってしまう距離。
時計は、ほとんど見ていなかった。
それでも、なんとなく分かった。
“その瞬間”が近づいてきていることが。
ミオは、ブランケットに足を包んだまま、
両手を膝の上に置いて、小さく息を吸い込んでいた。
テレビの画面の隅、
カウントダウンの数字が白く浮かび上がる。
ミオが指を伸ばした。
ゆっくりと、ためらいながら、けれど確実に。
俺の手の甲に、そっと触れた。
あたたかい――けれど、ほんのわずかに震えていた。
(……緊張してるのか)
思わず、息が止まりそうになった。
でも何も言わずに、俺はその手を受け取った。
指と指、肌と肌が触れる瞬間の、じんわりとした熱。
鼓動が伝わる気さえして、胸の奥がきゅっとなる。
「23:58」
「23:59」
その表示に、俺も自然と目をやっていた。
会話はなかった。
でも、言葉以上に深く伝わってくるものがあった。
俺も、ミオも、今この部屋の中で、
まっすぐ“今”を迎えようとしていた。
そして、「0:00」
ふたりとも、同時に画面を見ていた。
まるで打ち合わせでもしてたみたいに、
視線だけがそこに吸い寄せられる。
ミオが、ゆっくりと口を開いた。
「ね」
小さな声だった。けれど、耳元に直接届いてくる。
「あたし、たった今“去年”から“今年”に来たんだけど、同じ手握ってた」
その言葉に、俺はすぐ返した。
「俺も」
指を軽く、でもしっかりと絡める。
ほんの少しの圧力が、かえって確かさになる。
「……なんか、新年っていうより、“ふたりの続き”って感じ。
こういうの、ちょっとだけすごいことだと思う」
ミオは、俺の肩にそっと額を預けた。
動きはゆるくて、まるで溶けるみたいだった。
俺は首をすこし傾けて、その髪に鼻を埋めた。
シャンプーの香りと、夜の肌の匂い。
眠たげなのに、心だけはずっと目を覚ましてる感じ。
「来年も再来年も、」
俺は、そっと言った。
「“何年越し”でもやっていこう」
ミオの頬が、少しだけ動いた。
笑ってる。でも声は出していない。
唇が動いたあと、彼女はこう言った。
「うん。“年を越すたびに同じ顔を見てる”って、それだけで最強」
その言葉が、胸にまっすぐ落ちてきた。
“最強”――
冗談みたいな言葉だけど、それは本気の願いだった。
テレビの画面では、音のない花火が上がっていた。
鮮やかな色が、部屋の壁に反射して、ふたりの輪郭を縁取った。
ミオは俺の手をもう一度握り直し、こう言った。
「ね、シン。来年も、最初の声、あたしでよかった?」
「当然だろ」
「ふふ、よかった。じゃあ……」
そして、彼女はそっと俺にキスをした。
それはただ“新年の最初の動作”として選ばれたものみたいだった。
「お母さんに連絡もしなきゃ。それとも遊びに行く?」
「ひとりの時は帰ってなかったからな……今年は行こうか、ふたりで」
ふたりの間に流れる時間は、
“年”という区切りよりも、ずっと穏やかで、やわらかかった。
新年が来たことを祝うより、
変わらず隣にいることを、ただ感じていた。
そして――その静けさのなかには、
どんな賑やかなカウントダウンよりも
確かな祝福が、たしかにあった。
*
バレンタイン。
「どうせ形式でしょ?」
「イベントなんて気恥ずかしいし」
そんな言い訳を全部背負って、ミオは俺にチョコを差し出した。
それはコンビニの袋に入っていて、
箱も包装も気を抜いたようなラフさだった。
でも、開けるとちゃんと手作りだった。
「……これ、昨夜あんまり眠れてなかったのって、これか?」
「ちがう。眠れなかったから作ったの。
眠れないと、意味のあることしたくなるから」
「ありがとう」
「言わないで。ありがとうって言われると、まるで本命っぽくなるじゃん」
「おい、恋人に本命じゃないことあるか?」
「うるさい。
今、あたしの顔は融解中なんだから、そっとしておいて」
渡したあと、ミオはクッションの向こうに沈み、
耳を真っ赤にして目だけがこちらを見ていた。
融解中のチョコが、部屋の隅に放り出されていた。
*
ホワイトデー。
缶に詰めた紅茶と、瓶に入れた焼き菓子を、ラベルごとそっと差し出す。
ラベルは手書き。手紙のように少し滲んだ文字で、日付と、ほんのひとこと。
包装は控えめで、でも、その分だけ真っ直ぐだった。
ミオは、両手で受け取ると、ほんの少し目を見開いた。
まるで、それが本当に“宝石”であるかのように、手のひらの中を覗き込んでいた。
「……なんかさ、返すってより、“続いてる”って感じがする」
静かな声だったけれど、その奥にある何かが、はっきりと胸に届いた。
俺たちは、缶の底に貼った小さなラベルに、今日の日付を並んで書いた。
「また来年も書こう」
「来年も、同じ時間に、同じ感じで?」
「同じじゃなくてもいい。けど、ちゃんと続いてたら、それでいい」
ラベルの横には、小さな日付。そして隣に並ぶ二文字のイニシャル。
特別なプレゼントじゃなかった。イベントらしい派手さもなかった。
けれど、その缶と瓶は、ありふれた今日を、そっと未来へ運んでくれる鍵のようだった。
ミオは紅茶の缶を胸に抱えて、そっと笑った。
「“特別じゃない日を、特別にしてくれるふたり”って、いいな」
「特別ではあるだろ……誰の言葉だ?」
「わたし。今、勝手に思った」
「……じゃあ、著作権、俺も半分もらう」
「だめ。あげない」
笑いながら、でもミオはずっと缶を見ていた。
目を離さず、まるで何か大事なものを見つけてしまったかのように。
時間は流れていく。けれど、こうして続いていくものもある。
俺たちは、そんな“続き”を、今日もまた一緒に生きている。
ホワイトデーは卒業前ってことにして下さい…
6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18
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いらない
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いる