たぶん、あたしがシンと出会ったのは、
人生のなかでも、いちばん調子が悪い日だった。
不安、孤独、熱中症寸前。
あのままシンがこなかったらどうなってたかなんて、考えたくもない。
でも――目を逸らさずに、見てくれた。
一言も余計なこと言わず、そっと麦茶を差し出してくれた。
あのときの彼の目は、
優しいとか冷たいとか、そういうのよりももっと深くて、
なんだか知らないものを見つめるときの目だった。
あたしは、あれで落ちたんだと思う。
ほんの一瞬で。
あとから聞いた話だけど、
シンは、あたしを初めて家に泊めたとき――
内心、こう思ってたらしい。
あれ?こんなヤツ、学校……いや、クラスにいたような気が……?
いやでもこんな格好だし…
顔と名前が一致しなかった。格好も派手だったから無理もない。
あたしはクラスでも目立たなかったし、
シンも、積極的には絡まないタイプだったから。
彼の中でのあたしの印象は――
「人の輪の中でしゃべってるとこ、見たことなかった」
「教室の端っこでずっと窓の外を見てた子」
それくらいだったらしい。
でも、あたしは、知ってた。
クラスにいて、前の席で、無表情でノートを取ってた、あの男子。
窓際の光に髪が透けて、なんとなく静かな雰囲気だった。
それが、まさか――
人生で初めて他人の家に泊まる相手になるなんて、
思ってもみなかった。
それから、たくさん彼と過ごした。
押し入れの片付け、
小さなハロウィン飾りを冷蔵庫に貼ったまま冬になって、
クリスマスはコンビニのケーキを分けて、
年越しは手を繋いで寝て、朝にカップそばを食べた。
バレンタインのチョコは恥ずかしくて本命って言えなかったけど、
ホワイトデーには素敵な紅茶と焼き菓子が返ってきた。
ご飯を一緒に食べて、
眠くなったら同じ布団に転がって、
くだらないことで笑って、
ふとした沈黙の中で
「好き」
って言って、
あたしのほうから、そっと触れて、
その手に、やさしく触れ返してくれて――
そうして少しずつ、“あたしたち”になっていった。
あたしは人に気持ちを伝えるのが、たぶん得意じゃない。
でも、シンにはたくさんあげたと思う。
あたしの時間も、言葉も、体温も、全部。
そして、たぶん――彼も、同じくらいくれた。
たとえ口に出すのが遅くても、
「好きだ」って言ってくれる声の重さだけで、
あたしはちゃんと分かった。
彼が、あたしを見てくれてるってこと。
あたしの隣に、ずっといてくれるってこと。
*
卒業式の日、お母さんが来た。
あの人の顔を見た瞬間、いろんな感情がいっぺんに押し寄せた。
びっくりして、混乱して、胸がつぶれそうになって、でも――
気づいたら、泣いてた。
ずっといなかったくせに、なんで今日だけ、って思った。
連絡ひとつくれなかったくせに、今更何って思った。
でも、言葉より先に涙が出てた。
ほんとは、待ってたんだと思う。
ずっと、お母さんの言葉がほしくて。
誰かにちゃんと見ててほしくて。
それが、たとえどんな形でも、家族からだったら――やっぱり、嬉しかった。
私の家族は、シンだけじゃなかった。
今は、シンが“本当の家族になるかもしれない”って思えるようになったからこそ、
ずっと遠くに置き去りにしてた、もうひとつの家族の存在に向き合えたのかもしれない。
泣きながら抱きついた私を、お母さんは優しく撫でてくれた。
それだけで、すこしだけ過去が癒えた気がした。
あとは、シンと話して。
目元が涙で少し汚れてたけど、それももうどうでもよくて。
「卒業しちゃったね」ってあたしが言って。
その言葉で、やっと現実が降りてきた。
また泣きそうになって、そしたら、抱きしめられた。
彼の手のぬくもり。背中に落ちる、確かな重み。
“好きだ”
って言葉を、今度は彼のほうからくれた。
“あたしも”
って、返した。
そのときようやく、ここまで来たんだって、実感がわいた。
今までの全部が、ちゃんと“ここ”に続いてたんだって。
通学路、教室の空気、静かな昇降口。
全部がもう、明日からはない。
でも――
あたしの中には、残ってる。
ずっと残ってる。
そして、きっとこれからも。
制服を脱いでも、
季節が変わっても、
名前の呼び方が変わっても。
あたしは、きっとまだ、
“好き”を続けていく。
毎日、ちゃんと伝えていく。
だってこれは、
あなたがくれた“好き”を、
あたしがずっと大事にしたいから。
きっと十年後も、
あたしはあなたの隣で――
ありがとうございました。
活動報告にこの作品についてちょっと書きますので良かったら御覧ください。
6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18
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いらない
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いる