手渡した麦茶で始まったなにか   作:ナイトロ

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3話

 

夏休みが終わった朝。

駅から学校へ向かう通学路、ミオと俺は並んで歩いていた。

 

「制服、ちゃんとアイロンかけたんだ。えらい」

 

「お前がしろってうるさかったからな」

 

「うるさいって、わたしと人前で一緒に歩くんだからさ。

見た目、大事じゃん?」

 

「お前のが目立ってんだよ、スカート短すぎ」

 

「えー? 夏だし」

 

くだらない言い合いをしながら、通学路の雑踏を歩く。

誰も気づかない。俺たちが同じ家から出てきたことに。

 

教室に入ると、ざわっと周囲の空気が動いた。

 

休み明けの席順は、どうやら自由らしい。

俺が席につくと、ミオも当然のようにとなりの席に座った。

 

「右、寝癖ついてる。直してあげよっか?」

 

「……いい」

 

「じゃあそのまま晒してな。

シン君、そういうの放置するからすぐダサくなるんだよね」

 

「うるせぇ」

 

そんな会話が、ふつうのテンションで交わされた。

でも――周囲には異常だった。

 

(え、黒瀬とシン……?)

 

(一緒に登校してるし、なんか距離近……)

 

(え、いつの間にそんな仲に?)

 

同じクラスで3ヶ月、ろくに口もきいたことがなかったふたり。

教室の隅にいたはずのミオが、

まるで最初からその位置だったみたいな顔で俺に話しかけてる。

 

その様子に、クラスのあちこちが視線を交差させた。

視線のぶつかる音だけが、空中で何度も跳ね返る。

 

誰にも何も言ってない。

でも、この空気は隠せない。

 

ミオが俺の隣にいること。

それを、俺が当たり前のように受け入れていること。

 

夏のあいだに、何かが起きた。

それだけは、誰もが感じていた。

 

前と同じように席に座って、

前と同じように始業式のプリントをめくって、

でもただひとつ、違うことがあるとすれば――

 

俺の右隣には、今、ミオが座っている。

そしてそれが、誰よりも自然に見えてしまうということだった。

 

 

始業式の午後。

帰りの昇降口で、俯いてる人影を見つける。

 

「……お前、なんでまだいるんだよ」

 

壁にもたれていたミオが、ゆっくり顔を上げる。

 

「……部活、終わるの待ってた」

 

「鍵あるんだから先に帰ってろよ。お前より遅いって言ったろ」

 

「うん。でも……帰る場所に、誰もいないのって、やだ」

 

その言葉には、何の飾りもなかった。

まるで“当たり前の気持ち”のようにすら聞こえた。

 

「シン君と一緒に帰ったほうが、なんか、落ち着く」

 

「……まあお前がいいならいいけどさ」

 

「うん。じゃあ――帰ろ」

 

ミオは自然に俺の隣に立ち、歩き始めた。

オレンジ色の夕陽の中、鞄を片手にぶらさげて、少し俺のほうに寄り添うように歩く。

言葉は少ない。でも――歩幅は、ぴったりだった。

 

 

道中。

ミオは黙ったままだった。けれど、時折制服の袖が俺の腕に触れ、さりげなく近づく気配だけが濃くなる。

 

「……シン君」

 

「ん」

 

「なんか、考え事してたでしょ」

 

「別に」

 

「……ふーん」

 

軽く唇を尖らせたあと、彼女は一歩寄って肩を預けてきた。

俺の脳裏には、以前のキスの感触が蘇っていた。あれは、ミオからのお礼だった――

けれど、あれは好きとは違う。ただの感謝のしるし。そう思い込もうとしていた。

だが俺を待つ彼女の姿と言動は……。

 

「ねぇ、シン君」

 

「なんだよ」

 

「もし私が、ちょっと抱きついていい?って言ったら、どうする?」

 

唐突な問いに、足が止まりそうになる。

 

「……なんだよ、いきなり」

 

「なんか、甘えたくなるの」

 

声は淡々としているのに、目だけがまっすぐこちらを見ていた。

 

「……ふふ。顔赤い」

 

そう言って笑ったあと、彼女はすっと離れた。

けれど、数秒後には何事もなかったかのようにまたぴったりとくっついてきた。

距離は、近い。けれど、手は触れない。

 

踏み込まないラインで、じわじわと包囲されていくような、妙な感覚。

帰る家が、いつの間にかふたりの場所になっている。

それを否定しきれなくなっている俺が、いる。

 

 

帰宅後。

シャワーを終えたミオは、リビングで髪を乾かしながら、ぽそっとつぶやいた。

 

「ねえ。……わたし、また帰ってきたよ?」

 

「ああ、帰ってきたな。しかも堂々と」

 

「うん。……なんか、ちょっとだけうれしかった」

 

「何が」

 

「ここを“私の家”だって、シン君が思ってくれてること」

 

くるくると髪をねじりながら、ミオは笑った。

半分ふざけているけど、もう半分は――きっと、本気だった。

 

「今更出ていけなんて言わねえよ」

 

この日、俺ははっきりと理解した。

夏休みが終わっても、俺とミオの夏は、終わっていない。むしろ――ここからが、本番だった。

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