手渡した麦茶で始まったなにか   作:ナイトロ

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4話

 

夜。

エアコンの風に揺れるカーテンと、テレビの音。ミオはソファでタオルケットに包まりながらスマホをいじっていた。

そのとき、不意に震えたのは――俺のスマホだった。

 

画面に浮かぶのは、母の名前。

滅多に連絡など寄こさないくせに、なぜこのタイミングで。

 

メッセージを開く。

 

《女の子泊めてるって本当?》

《そっち行くから、3人でお茶でもしましょう?》

 

「……うわ」

 

絶妙なタイミングで、ミオがこちらを見た。

 

「なに? 顔やばくなってるけど」

 

「母さんから。お前の顔見せろって」

 

ミオの目がまんまるになり、数秒後、ゆっくり眉を寄せた。

 

「……シン君言ってなかったよね?そういうのって分かっちゃうものなの?」

 

「たぶん近所の誰かが見てたか……あと管理会社にも鍵連絡しただろ?」

 

「ああ、なるほどね……」

 

スマホを握りながら、ミオはしばし黙ってから、ぽつりと言った。

 

「……だったら、ちゃんと会う。変に見られるくらいなら、話したいな」

 

「本気か?」

 

「本気」

 

「なんだってそこまで」

 

「……だって、お邪魔してるだけに見えるのは、違うから」

 

その目は真っすぐだった。

気まぐれでも、ふざけでもない。彼女なりのけじめだった。

 

 

週末。

駅前のチェーン系カフェ。

カップから立ちのぼる湯気。ガラス越しに差し込む午前の陽。

テーブルには、俺とミオ、そして――母。

 

年相応の落ち着きを見せつつも、明らかに探るような目線がこちらを貫いていた。

とはいえ、怒っているというより、面白がっているような気配の方が強い。

 

ミオは制服を正しく着て、背筋を伸ばして座っている。

いつものだるげな雰囲気はなく、少し緊張しているようにも見えた。

 

「はじめまして。黒瀬ミオです。お世話になってます」

 

「こんにちは。ようやく会えたわね」

 

母はにこやかにそう返したあと、俺にちらりと視線を流してから、ミオに向き直った。

 

「それで。うちの息子とはどういう関係かしら? ……って、聞き方が古かったかしらね。

でもほら、気になるのよ。私、基本的に放任だけど、恋愛事情はちょっと別」

 

ミオが答えようとした瞬間、母は手元のカップを揺らしながら軽く笑った。

 

「あなたが家にいるって話を近所の人からちらっと聞いてね。

で、私が“見に行こうか”って言ったら、お父さん――あの人、“ま、そういう年頃だし放っとけ”ですって」

 

「だから仕方なく、私が観察係に任命されました。うちの家庭では、私が“恋愛担当”なのよ」

 

「それで。気になるの。うちの子、口が重いから。

もし、あなたたちが“無理に合わせてるだけ”だったらって――ちょっと、母として心配になっただけ」

 

その言葉を聞きながら、俺はちらりと隣を見る。

 

ミオの横顔。

いつもは気だるげで、いたずらっぽくて、どこか子どもみたいに見えるその表情が――今だけは違っていた。

 

真っ直ぐで、静かで、でも確かに熱を帯びた目をしていた。

 

俺は息を呑む。

これまで見たどんなミオとも違う、ただ一つの“本気”がそこにあった。

 

「……まだ恋人という形ではありません。

でも――好きです。シン君のことが。ちゃんと」

 

カフェの空気が、ぴたりと止まった気がした。

 

「……えっ」

 

俺は思わず、口に出していた。

 

「ちょ、お前、今それ初耳だけど」

 

ミオはチラリともこちらを見ず、母の目だけを見据えていた。

 

「気づかれてないなら、私の負けですけど。でも、だからこそ、今日来ました。

……気持ちをごまかしたくないから」

 

母は少し黙って、紅茶のカップを置いた。

 

「……そっか。じゃあ、あなたの方から“来た”ってことなのね」

 

「はい。でも、それを迷惑なことにしたくなくて、ちゃんと説明をしに来ました」

 

「ふふ、ちゃんとしてるわね。

あなたの歳で、そうやって自分から説明しに来るなんて、なかなかできることじゃないわよ」

 

「それは……シン君が真面目な人だからです。彼の部屋にいると、ちゃんとした生活ができる気がする。

でも、ただの居候だと、シン君が損するから。だから、ちゃんとした理由が欲しかったんです」

 

「その理由が好きだからなのね?」

 

「……はい」

 

横でミオが顔を真っ赤にしている。

俺はテーブルの水をぐいっと飲み干した。

喉が乾いていたわけじゃない。

ただ、現実感がなくて、どう反応すべきか分からなかった。

 

(好きって……本人から直で聞くタイミング、こんななのかよ)

 

母はそれを聞いて、口元を緩めた。

 

「……言い切ったのね。いいわね、そういうの。

この子ね、無表情で誤解されやすいくせに、人一倍まじめで不器用なのよ」

 

「だから――あなたみたいに、ちゃんと自分の言葉を伝えてくれる子は、正直ありがたいの」

 

カップを置いて、母は真っ直ぐミオを見た。

 

「迷惑なんかじゃない。むしろ、来てくれてありがとう」

 

そして、俺の方にわざとらしく視線を戻してから――ニヤリと笑った。

 

「ねぇ、あんた。こんないい子、逃したらバカよ?

ちゃんと気持ちには、誠意で返しなさいね。言葉でも、態度でも。

……でないと、お父さんも連れてすっ飛んで来るからね?」

 

それからまっすぐ俺の目を見て。

 

「責任、取りなさい。……いい?」

 

「……いや、でも、あの……」

 

「観念したって顔してるわね」

 

「してない!してねえよ!」

 

ミオは横でくすっと笑った。

 

 

帰り道。

駅からの坂道、蝉の音が濃い夏の熱を押し戻していた。

ミオはゆっくり歩きながら、少しだけ俺の方に体を寄せてきた。

 

「……あー、やっぱ緊張した」

 

「……お前さぁ……」

 

「でも、ちゃんと伝えた方がいいと思ったから」

 

「……俺にじゃなくて、先に母さんに?」

 

「うん。だって、先に“お義母さん”に認めてもらえたら、次は言いやすいじゃん?

それに横にいたんだからさ、問題ないでしょ?」

 

「その呼び方やめろや」

 

「ふふ……でも、うれしかった。ちゃんと向き合えて、あたし、ちょっと安心した」

 

好き――それは確かに聞こえた。

けれど、俺はまだ、何も返せていなかった。

 

そのくせ、ミオはいつも通り、俺の隣をぴったり歩いていた。

肩と肩がかすかに触れ合う距離で。

 

母親の了承。自分の想いの表明。

ミオは、やるべきことを先に全部終わらせていた。

 

それに比べて俺は……好きのひとことが、言えないままだった。

とっくの昔に好きなのに。




好きでもないのに居座らせるわけ無いよねって
今更だけどサブタイトル付けるべきか否か
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