手渡した麦茶で始まったなにか   作:ナイトロ

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7話

 

その翌週の朝、登校の電車内――

俺とミオは窓際に立っていた。

イヤホンは片耳だけ。コードの白が制服の濃紺にくっきり浮かぶ。

 

リボンは深紅。ピンと張ったシャツの襟元で揺れ、ローファーは艶を残していた。

でも、それより何より目についたのは――彼女の髪だった。

 

ただそこにいるだけなのに髪が、どこか軽く見えた。

前髪の揃い具合、耳にかけた束、風に揺れたときの見え方。

どれも今までと変わらないはずなのに、ほんの少しだけ違って見えた。

 

それに、なにより――ミオの背中から漂う“空気”が、違っていた。

 

(……お前、バレるだろ)

 

そう呟きたくなるほどに。

目立たないように立っているのに、目を逸らせなくなる。

その佇まいは、誰にも向けていない笑みを浮かべているようだった。

 

彼女は音楽に意識を向けながらも、何かを待っていた。

あるいは、すでに“視線”を受けていることに、気づいていたのかもしれない。

 

電車が揺れ、俺の体にミオの体重がぶつかった。咄嗟に腕で支える。

 

「ありがと」

 

ミオがこちらを見上げてやわらかく微笑む。

たったそれだけなのに、心臓が跳ね上がるような感覚を覚えるのは、惚れた弱みなのか。

 

 

教室に入ると、空気の違和感はさらに濃くなった。

 

席に着いたミオに、周囲の女子がぽつぽつと声をかけてくる。

最初は軽い調子。でも、明らかに探っている。

 

「黒瀬さん、髪、なんか整ってるっていうか……今日、気合い入ってる?」

 

「そのリボン、替えた?色、ちょっと違うよね?」

 

「新しい香水?なんか、いい匂いする」

 

ミオは少し笑って首を傾げた。

 

「え? 変わんないけど」

 

今まで人の中心にいたことなんてなかったのに。

ミオの言葉も仕草もいつも通り。

 

だけど、その笑顔の奥にどこか“勝者”の気配がする。

その事に気づかない女子はいなかった。

 

一瞬の間があって、それから数人の目線が――ちら、と俺へ流れた。

心の中に、じわっと汗が滲む。

そこから先は、流れ作業のように始まる“詰め”。

 

昼休み。廊下の自販機前。

俺が缶コーヒーを選んでいた時、後ろから肩を軽く叩かれた。

 

「なあ」

 

「……なんだよ」

 

声をかけてきたのは同じクラスの男子のふたり。

細めの目に、低い声。探るような態度。

もうひとりは明らかに面白がってる。

 

「お前と黒瀬さん、最近……明らかに距離近いよな」

 

「別に。昔から知ってるだけ」

 

「いやいやいや、それで言うなら俺も同じクラスだし。でも話したことねえもん」

 

何言っても無駄な雰囲気。

間違っていないから反論もない。

 

「今、席隣じゃん?いつの間にそうなった?」

 

「それにさー始業式の日に、昇降口で黒瀬さんが待ってたの、お前のことだよな?」

 

どこで見てたんだよ、というツッコミも飲み込んだ。

言えば言うほど、“図星”に聞こえるだけだ。

 

返せない俺に、追い討ちのように女子の声が飛んできた。

 

「君って、意外と顔に出やすいよね。目が優しくなってるの、バレてるよ?」

 

「……え?」

 

「黒瀬さんを見る時の目。……見ちゃった」

 

「……ストーカーかよ」

 

「違うってー。女子の嗅覚、なめないで?」

 

そのまま彼女は笑って教室へ戻っていった。

目の奥が熱くなった。恥ずかしいのとはまた違う、言葉にできない感情。

 

――そうだ。

誰にも言っていない。

でも目に入ればわかる。

登下校も、

移動教室も、

昼飯も、

少し廊下を歩いてる時でさえ、ずっと隣にいる。

誰にも隠せていない。

そもそも隠すってことを、意識していなかった。

 

 

放課後。

ミオは忘れ物を取りに教室へ戻っていた。

俺はひと足早く昇降口にいたけれど、帰る気はなかった。

いつの間にか、ここでお互いを待つことが日課になっていたからだ。

 

階段からの音。振り返るまでもなく分かる。

 

「お待たせ」

 

その声とともに、ミオが隣に並ぶ。

何も言ってないのにその位置が、自然になっている。

意識してなくとも、ふたりの歩幅は最初から合っていた。

 

「……なんか、今日視線多くね?」

 

「うん。たぶん、私のせい」

 

「……だろうな」

 

「ごめん?」

 

「怒ってねぇよ」

 

「うそ。てか照れてもいるよね、ちょっとだけ」

 

「……うるせぇ」

 

「ふふ……かわいい。好き」

 

心臓の奥がびくりと跳ねた。

何度も聞いたはずの言葉。それなのに、毎回効く。

 

「ねぇ、名前で呼び合うの、学校でも解禁しよ?」

 

「……それはまだ、ちょっと」

 

「えー。じゃあ家限定?でもそれじゃ、物足りない」

 

「距離感、調整しろって」

 

「むしろ距離感、崩したいの」

 

それを言って、ミオは軽く笑った。

階段を降りるときの足取りが、ほんの少し跳ねていた。

 

「しょうがないなぁ……じゃあ、焦らし継続だね」

 

「なんだよ、それ」

 

「焦らされるのって、好きでしょ?」

 

「うっさい」

 

「シンがもっと早く素直になっていれば、楽だったのにね?」

 

「……言うな」

 

「やだ」

 

目を細くして意地悪そうに微笑むミオ。

 

誰にも言ってない。

教室ではまだ他人。

 

けれど、世界中の誰よりも近い。

それをもう、誤魔化すことはできない。

 

だって俺たちは――もう、選んでしまってる。

何も言わなくても、選んでしまってる。

ふたりで歩くという、その道を。

6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18

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