その翌週の朝、登校の電車内――
俺とミオは窓際に立っていた。
イヤホンは片耳だけ。コードの白が制服の濃紺にくっきり浮かぶ。
リボンは深紅。ピンと張ったシャツの襟元で揺れ、ローファーは艶を残していた。
でも、それより何より目についたのは――彼女の髪だった。
ただそこにいるだけなのに髪が、どこか軽く見えた。
前髪の揃い具合、耳にかけた束、風に揺れたときの見え方。
どれも今までと変わらないはずなのに、ほんの少しだけ違って見えた。
それに、なにより――ミオの背中から漂う“空気”が、違っていた。
(……お前、バレるだろ)
そう呟きたくなるほどに。
目立たないように立っているのに、目を逸らせなくなる。
その佇まいは、誰にも向けていない笑みを浮かべているようだった。
彼女は音楽に意識を向けながらも、何かを待っていた。
あるいは、すでに“視線”を受けていることに、気づいていたのかもしれない。
電車が揺れ、俺の体にミオの体重がぶつかった。咄嗟に腕で支える。
「ありがと」
ミオがこちらを見上げてやわらかく微笑む。
たったそれだけなのに、心臓が跳ね上がるような感覚を覚えるのは、惚れた弱みなのか。
*
教室に入ると、空気の違和感はさらに濃くなった。
席に着いたミオに、周囲の女子がぽつぽつと声をかけてくる。
最初は軽い調子。でも、明らかに探っている。
「黒瀬さん、髪、なんか整ってるっていうか……今日、気合い入ってる?」
「そのリボン、替えた?色、ちょっと違うよね?」
「新しい香水?なんか、いい匂いする」
ミオは少し笑って首を傾げた。
「え? 変わんないけど」
今まで人の中心にいたことなんてなかったのに。
ミオの言葉も仕草もいつも通り。
だけど、その笑顔の奥にどこか“勝者”の気配がする。
その事に気づかない女子はいなかった。
一瞬の間があって、それから数人の目線が――ちら、と俺へ流れた。
心の中に、じわっと汗が滲む。
そこから先は、流れ作業のように始まる“詰め”。
昼休み。廊下の自販機前。
俺が缶コーヒーを選んでいた時、後ろから肩を軽く叩かれた。
「なあ」
「……なんだよ」
声をかけてきたのは同じクラスの男子のふたり。
細めの目に、低い声。探るような態度。
もうひとりは明らかに面白がってる。
「お前と黒瀬さん、最近……明らかに距離近いよな」
「別に。昔から知ってるだけ」
「いやいやいや、それで言うなら俺も同じクラスだし。でも話したことねえもん」
何言っても無駄な雰囲気。
間違っていないから反論もない。
「今、席隣じゃん?いつの間にそうなった?」
「それにさー始業式の日に、昇降口で黒瀬さんが待ってたの、お前のことだよな?」
どこで見てたんだよ、というツッコミも飲み込んだ。
言えば言うほど、“図星”に聞こえるだけだ。
返せない俺に、追い討ちのように女子の声が飛んできた。
「君って、意外と顔に出やすいよね。目が優しくなってるの、バレてるよ?」
「……え?」
「黒瀬さんを見る時の目。……見ちゃった」
「……ストーカーかよ」
「違うってー。女子の嗅覚、なめないで?」
そのまま彼女は笑って教室へ戻っていった。
目の奥が熱くなった。恥ずかしいのとはまた違う、言葉にできない感情。
――そうだ。
誰にも言っていない。
でも目に入ればわかる。
登下校も、
移動教室も、
昼飯も、
少し廊下を歩いてる時でさえ、ずっと隣にいる。
誰にも隠せていない。
そもそも隠すってことを、意識していなかった。
*
放課後。
ミオは忘れ物を取りに教室へ戻っていた。
俺はひと足早く昇降口にいたけれど、帰る気はなかった。
いつの間にか、ここでお互いを待つことが日課になっていたからだ。
階段からの音。振り返るまでもなく分かる。
「お待たせ」
その声とともに、ミオが隣に並ぶ。
何も言ってないのにその位置が、自然になっている。
意識してなくとも、ふたりの歩幅は最初から合っていた。
「……なんか、今日視線多くね?」
「うん。たぶん、私のせい」
「……だろうな」
「ごめん?」
「怒ってねぇよ」
「うそ。てか照れてもいるよね、ちょっとだけ」
「……うるせぇ」
「ふふ……かわいい。好き」
心臓の奥がびくりと跳ねた。
何度も聞いたはずの言葉。それなのに、毎回効く。
「ねぇ、名前で呼び合うの、学校でも解禁しよ?」
「……それはまだ、ちょっと」
「えー。じゃあ家限定?でもそれじゃ、物足りない」
「距離感、調整しろって」
「むしろ距離感、崩したいの」
それを言って、ミオは軽く笑った。
階段を降りるときの足取りが、ほんの少し跳ねていた。
「しょうがないなぁ……じゃあ、焦らし継続だね」
「なんだよ、それ」
「焦らされるのって、好きでしょ?」
「うっさい」
「シンがもっと早く素直になっていれば、楽だったのにね?」
「……言うな」
「やだ」
目を細くして意地悪そうに微笑むミオ。
誰にも言ってない。
教室ではまだ他人。
けれど、世界中の誰よりも近い。
それをもう、誤魔化すことはできない。
だって俺たちは――もう、選んでしまってる。
何も言わなくても、選んでしまってる。
ふたりで歩くという、その道を。
6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18
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いらない
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いる