手渡した麦茶で始まったなにか   作:ナイトロ

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8話

 

夕方。駅前。

俺はミオと並んで歩いていた。帰り道はいつも通りのはずだった。

 

けれど――

 

「……あ、あれ」

 

ミオの声がふっと止まった。

 

視線の先。駅ビルの陰に、制服姿の男女。

彼女が男子の袖を掴んでて、男のほうが笑いながらその手を握り返してる。

 

手を離すでもなく、腕を引くでもなく、ただ、そのまま自然に手が重なった。

 

(……ああ、完全に“恋人”だな)

 

ただの並びじゃない。

それを見た瞬間――となりのミオの呼吸が、目に見えて浅くなる。

 

「……ミオ?」

 

声をかけたが、彼女は何も返さない。

 

ただじっと、その二人を見てた。

 

目の奥に、なにか薄い膜が張ったみたいに――まばたきの間隔がずれた。

 

口元は無表情なのに、指先だけが動いていた。

鞄のストラップを、くしゃ、と握っては緩め、握っては緩め。

 

その気配は、たぶん他人なら気づかない。

 

けど、俺は――一緒に寝て、一緒に起きて、そばにいる時間が増えすぎたせいで、

ミオのちょっとした間とか、沈黙の裏にある“温度”に、変に敏感になってる。

 

いつもと違う。言葉が遅い。目が逸れてないけど、焦点が合ってない。

 

(……なんか、刺さってんのか)

 

恋人同士のその手のつなぎ方が、

俺らにはまだない、形のある「関係」の象徴に見えたのかもしれない。

 

「……行くぞ、そろそろ」

 

俺が促すと、ミオは一歩だけ早く歩き出した。

 

表情はそのままで。でもその背中は――

一瞬、風を裂くように軽かった。

 

つかの間だけ、彼女の歩幅が速くなったあと、すぐに隣に戻ってきた。

 

そして――

 

「……ねえ、シン」

 

「ん」

 

「思えば、あたしたち、一緒に遊びに行ったこととか、なくない?」

 

「……そう言われると、そうかもな」

 

「なんか、家で宿題やって、昼寝して、たまにゲームして、

たまにキスして、たまに……まあ、いろいろしてるけど」

 

「言い方よ」

 

「でも、出かけるっていうちゃんとしたこと、してないなーって。

なんか、デートってやつ、したくなった」

 

信号が青に変わる音。

でもミオは、横断歩道を渡らずに立ち止まったままだった。

 

「……デート、しよっか?」

 

その一言は、あまりに自然で。

それなのに、俺の心臓に、確かな衝撃を落とした。

 

(……俺ら、まだどこにも行ってない)

 

確かに、一緒にいた。

好きって言った。

でも、外へ出て“恋人として誰かに見られる”ってこと、まだしてなかった。

そもそも“付き合って”って言葉も言っていない。

 

(……ミオはそういうことが、したいんだな)

 

「どこ行くんだよ」

 

「それはまだ決めてない。

でも、制服じゃない服で、ちゃんと待ち合わせして、

アイス食べたり、ゲーセン入ったり、プリ撮ったり。そういうやつ」

 

「プリって……まだあるのか、今どき」

 

「あるよ。盛れるやつ。

あと、あれもしてみたい。映画観ながら手つなぐやつ」

 

「それなら家でもできんだろ」

 

「家のやつは違う。暗い劇場でポップコーン食べながら、映画の途中で手を重ねるのが良いの」

 

「こだわり強えな……」

 

「当たり前でしょ。だって、“恋人ごっこ”じゃなくて、“恋人”になりたいんだもん」

 

ミオはそう言って、すぐ歩き出した。

その背中が、いつもより大きく見えた。

 

 

その夜。

ソファで並んでスマホをいじりながら、ミオがぽつりと呟く。

 

「土曜、空いてる?」

 

「いつも一緒なんだからわかってんだろ」

 

「じゃあ、初デートね」

 

「強引だな」

 

「待ってたらまた言わないでしょ、シン」

 

その目は、笑っていたけど、どこか不安定だった。

 

俺がまだ彼氏って名乗っていないことを、

彼女はちゃんと知っている。

 

俺が名前のない関係に甘えてることも、

ちゃんと――見透かしてる。

 

そしてそれに耐えられなくなってる。

 

「……分かったよ。行こう、デート」

 

「やったー。じゃあ朝からね。昼からじゃないよ。午前の空気って、いいから」

 

「はいはい」

 

「それと、ちゃんと服も考えてきてね。いつものTシャツとか着てきたら、家戻るから」

 

「なんでだよ」

 

「当然でしょ。その日が特別かどうかは、見た目でも分かるようにして」

 

わがままじゃない。

でも、妥協もしない。

これが、ミオの恋人でいたいってことだった。

 

ミオが眠ったあと、

俺はしばらく目を閉じられずにいた。

 

今まで逃げてきた名前が、

ようやく、手に触れる距離まで来ている。

 

恋人って、名乗ること。

ただの好きじゃ、もう足りないこと。

 

『デートしよっか』

 

その一言が、全部を引きずり出していく。

 

 

ミオが寝静まったあと。

起こさないよう布団から抜け出したシンはソファに座り込んでいた。

 

カーテンは閉まり、部屋の中には夜の静けさと、麦茶のぬるさだけが漂っている。

 

「デート 高校生 初めて」「男 服装」「暑い日 汗かかない」……

スマホの画面を何度もスライドさせた。

 

(なんだよこれ……俺、こんなに情けなかったか……?)

 

苦笑しながら、頭の中に服を並べてみる。

Tシャツ、シャツ、黒パンツ、デニム、スニーカー。

 

(ミオが“特別な日”にしてるのに、俺が適当だったら……)

 

そんな思考に、自分が緊張していることを思い知る。

 

(なにビビってんだよ俺……遊びに行くだけだろ)

 

でも、“ただ”じゃない。

 

――好きって、言われたあとの。

――体を重ねたあとの。

 

そのうえで、「恋人」として向き合う、最初の一日。

 

ミオは笑うかもしれない。からかうかもしれない。

でも本気だ。

 

ミオが言ってた。

 

『その日が特別かどうかは、見た目でも分かるようにして』

 

彼女の中では、もう気持ちは決まってる。

 

あとは――

 

ひとつ深く息を吐いて、ソファに倒れ込み瞼を閉じる。

 

(言えるのかな、俺に……)

 

翌朝、布団から抜け出したことに文句を言われた。

6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18

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