待ち合わせ場所、駅前時計の下。
10:02。2分の遅れ。
でも、俺が着いたとき、ミオはもういた。
その姿を見た瞬間、俺は足を止めた。
白いTシャツ。裾は短くて、へそがわずかに覗いている。
その上にはベージュのジャケット。
淡いブルーのデニムスカートに、黒のニーハイソックス。
健康的なのに色気がありすぎて、通行人の目がことごとく奪われていた。
なのに本人はスマホを見ながらまるで無関心なフリ。
(なにその服……つーか見覚えあるぞ)
目が記憶と重なった。
あのとき。
コンビニ前で溶けかけてたあの少女――
「……おいミオ」
「ん? あ、シン。遅刻、3分」
「いやそれより……その格好……お前、今さらだけど、初めて会ったとき何してたんだよ、その服で」
「ふふ。気づいた?」
ミオはスマホをポケットにしまい、軽くスカートをつまんでくるっと回った。
「せっかくだから、今日、思い出しコーデにしてみたの。
あの時と違って上にジャケット着てるけどね」
「そんなコーデ聞いたことねえよ」
「あるよ。あたしの中で」
ミオはちょっとだけ視線を落とし、それから俺の目を見て――なぜか、ほんの少しだけ照れたように笑った。
「……あの日さ、ほんとは誰かと会うつもりだったんだ。SNSで知り合った人。
でもバス停まで来て、足が止まった。怖くなって、乗れなかった。」
「自分がすっごいダメな奴に思えてさ。
そのまま逃げて、何もできなくなった。
ちょっとのことでも動けなかったんだよね。」
「そんなんで外にいて、
暑さにやられてぐでってなって……シンが来た」
「……マジかよ。そんな状態で俺に連れてけなんて言ったのか」
「ね。バカみたいでしょ。
でも――あのとき出会ったのがシンでよかったって、今は思ってるから」
「恥ずかしいからやめろって」
直球でそんな事言われると顔が熱くなる。
慌てて話題を変える。
「……つーか、住んでるとこ一緒なのに、なんでわざわざ待ち合わせしてんだよ」
「それはもう、“デートだから”でしょ。
玄関から一緒に出てきたら、なんか学校行く流れと変わらないじゃん」
「まぁ、な……」
「でしょ?だからこうやって、駅で待ち合わせてる2人、って状態がすでにイベントなんだってば」
「気合い入れすぎじゃね」
「当然。だって今日、“大好きな彼氏と初デート”だもん」
そのまっすぐな言葉に、なんにも言えなかった。
ミオはそんな俺の顔を見て、ふわっと笑った。
「ね、行こ」
*
映画館。
ポップコーンを持ち、並んで席に座る。
スクリーンでは、見栄も映えもない静かな会話劇。
ひたすら男女が喫茶店で過去を語り合い、心象風景をカットインする、そんな作品だった。
(やっべ……選択ミスった……)
ミオは序盤こそ集中してたが、途中から姿勢が固まり、ポップコーンの手も止まっていた。
それでも文句は言わない。ただ、真面目な顔でスクリーンを見つめている。
そして、ふいに俺の手に置かれた手。
そっと、指が絡む。
映画がつまらなくても――となりに彼女がいる、
それだけで、満ちていくものが確かにあった。
映画館を出たとき、午後の日差しがまぶしかった。
「……ごめん、つまらなかったろ」
「うん、まあ。でも、別に後悔してない」
「え?」
「だって、シンと一緒だったし」
そう言いながら、俺の肩に軽くぶつかるように歩く。
「映画が面白いかどうかより、
一緒に退屈できる人って、大事じゃない?」
その言葉に、俺はつい黙ってしまった。
*
街を歩く。
雑貨屋、服屋、カフェ、本屋。
一通り回ったけど、買うものはなかった。
「……なにか欲しかったわけじゃないのか?」
「うん。
ただ、なんか……“デート”っぽいこと、してみたかっただけ」
「だったら“恋人ごっこ”じゃねえか」
「違うよ」
ミオはそう言って立ち止まった。
顔を少しだけ伏せて、そしてこちらを見上げた。
「あたし、ちゃんと“恋人”になりたいんだ」
「……」
「好きって言葉だけじゃ、いくらでも足りない気がして。
だから、服も考えたし、待ち合わせもしたし、映画も一緒に観たし、こうやって歩いてる」
「……」
「でも、まだ足りないの。
あたし、たくさんあげてるつもりだけど――
シンからは、もっと欲しい」
手を伸ばして、俺の腕をとる。
その手は、軽くて、でも逃がさない力だった。
「シンもちょうだい?好きって言葉。あたしに、もっと」
「……」
息を吸う。目を見る。
そして、言う。
「好きだよ」
「うん。ありがとう」
「……ほんとに、ありがとう。――あたしも、大好き」
ミオは小さく息を吐いて、こちらに抱きついてきた。
それからほっとしたように笑った。
「昼間の好きって、なんかいいね。
明るい場所で言われると、ちゃんと信じられる」
「お前、それ毎回言う気か」
「うん。だって毎回うれしいもん」
「毎日でも?」
「できれば、毎分毎秒」
「……勘弁してくれ」
「だめ。好き」
ミオは俺に体を預けながら、
小さな声で
「ふふ」
って笑った。
まわりに人がいっぱいいても、
ふたりだけになる瞬間があるんだって、初めて知った。
*
帰り道。
駅のホーム、電車を待つ列に並びながら、
ミオは俺の肩に頭を預けた。
「……初デート、どうだった?」
「……ちょっと恥ずかしかった」
「それ、褒め言葉?」
「お前の格好のせいな」
「えへ。じゃあ、また着る」
「やめてくれ。寿命縮む」
「でも、ちゃんと応えてくれてありがとう。
今日は“恋人になった日”って、あたし決めたから」
電車が来る。
ドアが開く。
ミオは俺の手をひいて、乗り込んだ。
ドアの閉まる音、揺れる車内の匂い。
肩と肩が触れ合う距離。
何も言わなくても、息遣いだけで伝わることが増えてきた。
(――でも)
隣にいて、
手をつないで、
好きって言って、
キスをして、
体も重ねたのに。
それでもまだ、始まってないって感じがするのは、
きっと、そこだ。
言ってなかった。
決めてなかった。
逃げたまま、ここまで来た。
だから俺は、ミオの手を強く握った。
視線を前から、体ごと彼女へ向ける。
いつもの顔。いつも一緒にいた時間のその先。
だからこそ、ちゃんとまっすぐに。
「……ミオ」
「ん?」
「俺と付き合ってくれ」
電車の揺れが止まった気がした。
車内の騒がしさも、遠くなった。
ミオの瞳が揺れて、光って、頬がゆっくりと赤くなる。
そして、小さく笑って、こう言った。
「……うん。もうとっくにそうだけど、
やっぱそれ、ちゃんと欲しかった」
やっと、言えた。
*
駅に着いて、手を繋いだまま改札を出た。
夜の風が少し冷たくなってきて、
ミオは
「肌寒い」
と言って俺の腕にからんだ。
「ねえ、付き合ってるからって、これ以上ってあるかな」
「……なんだよ、これ以上って」
「もっと、って意味。
もっと触れたいとか、
もっと知りたいとか、
もっと、好きになりたいって意味」
「あるだろ、そりゃ」
「じゃあ、それ……しよ?」
その声は、小さくて、でももうまったく迷いのない言葉だった。
俺はその手を、もっと強く握った。
6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18
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いらない
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いる