手渡した麦茶で始まったなにか   作:ナイトロ

9 / 14
9話

 

待ち合わせ場所、駅前時計の下。

10:02。2分の遅れ。

でも、俺が着いたとき、ミオはもういた。

 

その姿を見た瞬間、俺は足を止めた。

 

白いTシャツ。裾は短くて、へそがわずかに覗いている。

その上にはベージュのジャケット。

淡いブルーのデニムスカートに、黒のニーハイソックス。

 

健康的なのに色気がありすぎて、通行人の目がことごとく奪われていた。

なのに本人はスマホを見ながらまるで無関心なフリ。

 

(なにその服……つーか見覚えあるぞ)

 

目が記憶と重なった。

あのとき。

コンビニ前で溶けかけてたあの少女――

 

「……おいミオ」

 

「ん? あ、シン。遅刻、3分」

 

「いやそれより……その格好……お前、今さらだけど、初めて会ったとき何してたんだよ、その服で」

 

「ふふ。気づいた?」

 

ミオはスマホをポケットにしまい、軽くスカートをつまんでくるっと回った。

 

「せっかくだから、今日、思い出しコーデにしてみたの。

あの時と違って上にジャケット着てるけどね」

 

「そんなコーデ聞いたことねえよ」

 

「あるよ。あたしの中で」

 

ミオはちょっとだけ視線を落とし、それから俺の目を見て――なぜか、ほんの少しだけ照れたように笑った。

 

「……あの日さ、ほんとは誰かと会うつもりだったんだ。SNSで知り合った人。

でもバス停まで来て、足が止まった。怖くなって、乗れなかった。」

 

「自分がすっごいダメな奴に思えてさ。

そのまま逃げて、何もできなくなった。

ちょっとのことでも動けなかったんだよね。」

 

「そんなんで外にいて、

暑さにやられてぐでってなって……シンが来た」

 

「……マジかよ。そんな状態で俺に連れてけなんて言ったのか」

 

「ね。バカみたいでしょ。

でも――あのとき出会ったのがシンでよかったって、今は思ってるから」

 

「恥ずかしいからやめろって」

 

直球でそんな事言われると顔が熱くなる。

慌てて話題を変える。

 

「……つーか、住んでるとこ一緒なのに、なんでわざわざ待ち合わせしてんだよ」

 

「それはもう、“デートだから”でしょ。

玄関から一緒に出てきたら、なんか学校行く流れと変わらないじゃん」

 

「まぁ、な……」

 

「でしょ?だからこうやって、駅で待ち合わせてる2人、って状態がすでにイベントなんだってば」

 

「気合い入れすぎじゃね」

 

「当然。だって今日、“大好きな彼氏と初デート”だもん」

 

そのまっすぐな言葉に、なんにも言えなかった。

ミオはそんな俺の顔を見て、ふわっと笑った。

 

「ね、行こ」

 

*

 

映画館。

ポップコーンを持ち、並んで席に座る。

 

スクリーンでは、見栄も映えもない静かな会話劇。

ひたすら男女が喫茶店で過去を語り合い、心象風景をカットインする、そんな作品だった。

 

(やっべ……選択ミスった……)

 

ミオは序盤こそ集中してたが、途中から姿勢が固まり、ポップコーンの手も止まっていた。

それでも文句は言わない。ただ、真面目な顔でスクリーンを見つめている。

 

そして、ふいに俺の手に置かれた手。

そっと、指が絡む。

 

映画がつまらなくても――となりに彼女がいる、

それだけで、満ちていくものが確かにあった。

映画館を出たとき、午後の日差しがまぶしかった。

 

「……ごめん、つまらなかったろ」

 

「うん、まあ。でも、別に後悔してない」

 

「え?」

 

「だって、シンと一緒だったし」

 

そう言いながら、俺の肩に軽くぶつかるように歩く。

 

「映画が面白いかどうかより、

一緒に退屈できる人って、大事じゃない?」

 

その言葉に、俺はつい黙ってしまった。

 

*

 

街を歩く。

雑貨屋、服屋、カフェ、本屋。

一通り回ったけど、買うものはなかった。

 

「……なにか欲しかったわけじゃないのか?」

 

「うん。

ただ、なんか……“デート”っぽいこと、してみたかっただけ」

 

「だったら“恋人ごっこ”じゃねえか」

 

「違うよ」

 

ミオはそう言って立ち止まった。

顔を少しだけ伏せて、そしてこちらを見上げた。

 

「あたし、ちゃんと“恋人”になりたいんだ」

 

「……」

 

「好きって言葉だけじゃ、いくらでも足りない気がして。

だから、服も考えたし、待ち合わせもしたし、映画も一緒に観たし、こうやって歩いてる」

 

「……」

 

「でも、まだ足りないの。

あたし、たくさんあげてるつもりだけど――

シンからは、もっと欲しい」

 

手を伸ばして、俺の腕をとる。

その手は、軽くて、でも逃がさない力だった。

 

「シンもちょうだい?好きって言葉。あたしに、もっと」

 

「……」

 

息を吸う。目を見る。

そして、言う。

 

「好きだよ」

 

「うん。ありがとう」

 

「……ほんとに、ありがとう。――あたしも、大好き」

 

ミオは小さく息を吐いて、こちらに抱きついてきた。

それからほっとしたように笑った。

 

「昼間の好きって、なんかいいね。

明るい場所で言われると、ちゃんと信じられる」

 

「お前、それ毎回言う気か」

 

「うん。だって毎回うれしいもん」

 

「毎日でも?」

 

「できれば、毎分毎秒」

 

「……勘弁してくれ」

 

「だめ。好き」

 

ミオは俺に体を預けながら、

小さな声で

「ふふ」

って笑った。

 

まわりに人がいっぱいいても、

ふたりだけになる瞬間があるんだって、初めて知った。

 

*

 

帰り道。

駅のホーム、電車を待つ列に並びながら、

ミオは俺の肩に頭を預けた。

 

「……初デート、どうだった?」

 

「……ちょっと恥ずかしかった」

 

「それ、褒め言葉?」

 

「お前の格好のせいな」

 

「えへ。じゃあ、また着る」

 

「やめてくれ。寿命縮む」

 

「でも、ちゃんと応えてくれてありがとう。

今日は“恋人になった日”って、あたし決めたから」

 

電車が来る。

ドアが開く。

ミオは俺の手をひいて、乗り込んだ。

 

ドアの閉まる音、揺れる車内の匂い。

肩と肩が触れ合う距離。

何も言わなくても、息遣いだけで伝わることが増えてきた。

 

(――でも)

 

隣にいて、

手をつないで、

好きって言って、

キスをして、

体も重ねたのに。

それでもまだ、始まってないって感じがするのは、

きっと、そこだ。

 

言ってなかった。

決めてなかった。

逃げたまま、ここまで来た。

 

だから俺は、ミオの手を強く握った。

視線を前から、体ごと彼女へ向ける。

いつもの顔。いつも一緒にいた時間のその先。

 

だからこそ、ちゃんとまっすぐに。

 

「……ミオ」

 

「ん?」

 

「俺と付き合ってくれ」

 

電車の揺れが止まった気がした。

車内の騒がしさも、遠くなった。

 

ミオの瞳が揺れて、光って、頬がゆっくりと赤くなる。

そして、小さく笑って、こう言った。

 

「……うん。もうとっくにそうだけど、

やっぱそれ、ちゃんと欲しかった」

 

やっと、言えた。

 

*

 

駅に着いて、手を繋いだまま改札を出た。

夜の風が少し冷たくなってきて、

ミオは

「肌寒い」

と言って俺の腕にからんだ。

 

「ねえ、付き合ってるからって、これ以上ってあるかな」

 

「……なんだよ、これ以上って」

 

「もっと、って意味。

もっと触れたいとか、

もっと知りたいとか、

もっと、好きになりたいって意味」

 

「あるだろ、そりゃ」

 

「じゃあ、それ……しよ?」

 

その声は、小さくて、でももうまったく迷いのない言葉だった。

俺はその手を、もっと強く握った。

6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18

  • いらない
  • いる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。