手渡した麦茶で始まったなにか   作:ナイトロ

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9話

 

待ち合わせ場所、駅前時計の下。

10:02。2分の遅れ。

でも、俺が着いたとき、ミオはもういた。

 

その姿を見た瞬間、俺は足を止めた。

 

白いTシャツ。裾は短くて、へそがわずかに覗いている。

その上にはベージュのジャケット。

淡いブルーのデニムスカートに、黒のニーハイソックス。

 

健康的なのに色気がありすぎて、通行人の目がことごとく奪われていた。

なのに本人はスマホを見ながらまるで無関心なフリ。

 

(なにその服……つーか見覚えあるぞ)

 

目が記憶と重なった。

あのとき。

コンビニ前で溶けかけてたあの少女――

 

「……おいミオ」

 

「ん? あ、シン。遅刻、3分」

 

「いやそれより……その格好……お前、今さらだけど、初めて会ったとき何してたんだよ、その服で」

 

「ふふ。気づいた?」

 

ミオはスマホをポケットにしまい、軽くスカートをつまんでくるっと回った。

 

「せっかくだから、今日、思い出しコーデにしてみたの。

あの時と違って上にジャケット着てるけどね」

 

「そんなコーデ聞いたことねえよ」

 

「あるよ。あたしの中で」

 

ミオはちょっとだけ視線を落とし、それから俺の目を見て――なぜか、ほんの少しだけ照れたように笑った。

 

「……あの日さ、ほんとは誰かと会うつもりだったんだ。SNSで知り合った人。

でもバス停まで来て、足が止まった。怖くなって、乗れなかった。」

 

「自分がすっごいダメな奴に思えてさ。

そのまま逃げて、何もできなくなった。

ちょっとのことでも動けなかったんだよね。」

 

「そんなんで外にいて、

暑さにやられてぐでってなって……シンが来た」

 

「……マジかよ。そんな状態で俺に連れてけなんて言ったのか」

 

「ね。バカみたいでしょ。

でも――あのとき出会ったのがシンでよかったって、今は思ってるから」

 

「恥ずかしいからやめろって」

 

直球でそんな事言われると顔が熱くなる。

慌てて話題を変える。

 

「……つーか、住んでるとこ一緒なのに、なんでわざわざ待ち合わせしてんだよ」

 

「それはもう、“デートだから”でしょ。

玄関から一緒に出てきたら、なんか学校行く流れと変わらないじゃん」

 

「まぁ、な……」

 

「でしょ?だからこうやって、駅で待ち合わせてる2人、って状態がすでにイベントなんだってば」

 

「気合い入れすぎじゃね」

 

「当然。だって今日、“大好きな彼氏と初デート”だもん」

 

そのまっすぐな言葉に、なんにも言えなかった。

ミオはそんな俺の顔を見て、ふわっと笑った。

 

「ね、行こ」

 

 

映画館。

ポップコーンを持ち、並んで席に座る。

 

スクリーンでは、見栄も映えもない静かな会話劇。

ひたすら男女が喫茶店で過去を語り合い、心象風景をカットインする、そんな作品だった。

 

(やっべ……選択ミスった……)

 

ミオは序盤こそ集中してたが、途中から姿勢が固まり、ポップコーンの手も止まっていた。

それでも文句は言わない。ただ、真面目な顔でスクリーンを見つめている。

 

そして、ふいに俺の手に置かれた手。

そっと、指が絡む。

 

映画がつまらなくても――となりに彼女がいる、

それだけで、満ちていくものが確かにあった。

映画館を出たとき、午後の日差しがまぶしかった。

 

「……ごめん、つまらなかったろ」

 

「うん、まあ。でも、別に後悔してない」

 

「え?」

 

「だって、シンと一緒だったし」

 

そう言いながら、俺の肩に軽くぶつかるように歩く。

 

「映画が面白いかどうかより、

一緒に退屈できる人って、大事じゃない?」

 

その言葉に、俺はつい黙ってしまった。

 

 

街を歩く。

雑貨屋、服屋、カフェ、本屋。

一通り回ったけど、買うものはなかった。

 

「……なにか欲しかったわけじゃないのか?」

 

「うん。

ただ、なんか……“デート”っぽいこと、してみたかっただけ」

 

「だったら“恋人ごっこ”じゃねえか」

 

「違うよ」

 

ミオはそう言って立ち止まった。

顔を少しだけ伏せて、そしてこちらを見上げた。

 

「あたし、ちゃんと“恋人”になりたいんだ」

 

「……」

 

「好きって言葉だけじゃ、いくらでも足りない気がして。

だから、服も考えたし、待ち合わせもしたし、映画も一緒に観たし、こうやって歩いてる」

 

「……」

 

「でも、まだ足りないの。

あたし、たくさんあげてるつもりだけど――

シンからは、もっと欲しい」

 

手を伸ばして、俺の腕をとる。

その手は、軽くて、でも逃がさない力だった。

 

「シンもちょうだい?好きって言葉。あたしに、もっと」

 

「……」

 

息を吸う。目を見る。

そして、言う。

 

「好きだよ」

 

「うん。ありがとう」

 

「……ほんとに、ありがとう。――あたしも、大好き」

 

ミオは小さく息を吐いて、こちらに抱きついてきた。

それからほっとしたように笑った。

 

「昼間の好きって、なんかいいね。

明るい場所で言われると、ちゃんと信じられる」

 

「お前、それ毎回言う気か」

 

「うん。だって毎回うれしいもん」

 

「毎日でも?」

 

「できれば、毎分毎秒」

 

「……勘弁してくれ」

 

「だめ。好き」

 

ミオは俺に体を預けながら、

小さな声で

「ふふ」

って笑った。

 

まわりに人がいっぱいいても、

ふたりだけになる瞬間があるんだって、初めて知った。

 

 

帰り道。

駅のホーム、電車を待つ列に並びながら、

ミオは俺の肩に頭を預けた。

 

「……初デート、どうだった?」

 

「……ちょっと恥ずかしかった」

 

「それ、褒め言葉?」

 

「お前の格好のせいな」

 

「えへ。じゃあ、また着る」

 

「やめてくれ。寿命縮む」

 

「でも、ちゃんと応えてくれてありがとう。

今日は“恋人になった日”って、あたし決めたから」

 

電車が来る。

ドアが開く。

ミオは俺の手をひいて、乗り込んだ。

 

ドアの閉まる音、揺れる車内の匂い。

肩と肩が触れ合う距離。

何も言わなくても、息遣いだけで伝わることが増えてきた。

 

(――でも)

 

隣にいて、

手をつないで、

好きって言って、

キスをして、

体も重ねたのに。

それでもまだ、始まってないって感じがするのは、

きっと、そこだ。

 

言ってなかった。

決めてなかった。

逃げたまま、ここまで来た。

 

だから俺は、ミオの手を強く握った。

視線を前から、体ごと彼女へ向ける。

いつもの顔。いつも一緒にいた時間のその先。

 

だからこそ、ちゃんとまっすぐに。

 

「……ミオ」

 

「ん?」

 

「俺と付き合ってくれ」

 

電車の揺れが止まった気がした。

車内の騒がしさも、遠くなった。

 

ミオの瞳が揺れて、光って、頬がゆっくりと赤くなる。

そして、小さく笑って、こう言った。

 

「……うん。もうとっくにそうだけど、

やっぱそれ、ちゃんと欲しかった」

 

やっと、言えた。

 

 

駅に着いて、手を繋いだまま改札を出た。

夜の風が少し冷たくなってきて、

ミオは

「肌寒い」

と言って俺の腕にからんだ。

 

「ねえ、付き合ってるからって、これ以上ってあるかな」

 

「……なんだよ、これ以上って」

 

「もっと、って意味。

もっと触れたいとか、

もっと知りたいとか、

もっと、好きになりたいって意味」

 

「あるだろ、そりゃ」

 

「じゃあ、それ……しよ?」

 

その声は、小さくて、でももうまったく迷いのない言葉だった。

俺はその手を、もっと強く握った。

6話 強制イベントの内容、これいる?※R-18

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