もしも東方projectの世界にシシ神がいたら   作:ジョン・N

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諏訪せっ記
シシ神が諏訪にやってきた!


 

 

 

 

 

むかし、この国は深い森に

おおわれ、そこには太古から

の神々が住んでいた。

     ――映画『もののけ姫』より

 

 

 

 空気の澄んだ星空の下、頭と背中に多数の角を持つ半透明な巨人が徘徊している。その体には、まるで上空の星々を思わせる縞模様や渦巻き模様が描かれている。頭部には顔らしいものはなく、表情らしいものもない。巨体の割に足音もなく、ただ静かに森中を歩いていた。

 しかし完全な無音ではない。周りでは流れる風の音や揺れる木々の音、そして、樹の精である小人(コダマ)達が樹々の上に立って、崇めるように歩く巨人に向かって音を鳴らしている。

 

 巨人の正体は、生と死を操る神であり、森の神である、シシ神。

 そして、巨人(デイダラボッチ)はその夜の姿だ。

 

 森の主であるシシ神は、『命を与奪する程度の能力』を持ち、森を徘徊することで樹々に生命を与えていた。後の世で“シシ神の森”と呼ばれるこの森が、コダマ達がいるほど豊かなのも、シシ神がこうして森を育てているからである。

 

 夜の間、シシ神は休むことなく森を歩く。

 やがて時は進み、東の空が明るくなる。朝が近づき、シシ神の半透明の姿がさらに薄くなっていく。

 すると、シシ神の巨体が前のめりに倒れ、朝の光から逃げていくように森の中へゆっくりと消える。東から太陽が昇る頃には、巨人の姿はどこにもいなくなっていた。

 

 だが、シシ神は消滅したわけではない。シシ神は昼の姿となり、森の中に立っていた。

 その姿は、体は鹿のようだが、顔は猿のような赤ら顔をしている。そして頭部にデイダラボッチの時と同じく、いくつも枝分かれした特徴的な角が生えている。

 

 続けてシシ神は森の中を歩く。

 蹄のついた三本指の足が地面に触れる度、そこに草が生い茂り、足が離れると一気に枯れていく。

 シシ神の能力によって、草木が生と死のサイクルを繰り返す。周辺の生命に影響を及ぼしながら、シシ神は雑草の生えた地面や清い湖の水面、苔の生えた岩の上を歩く。

 

 シシ神の行動に目的や理由はない。彼は生と死を操る神として、自然現象的にこの世に存在している。

 故に、人間のように一つの場所に留まることもない。この“シシ神の森”と呼ばれる場所も、たまたま他と比べて長い時間いただけに過ぎず、シシ神自身に定住している自覚は無かった。

 その時間は、およそ数百年。人間にとっては世代交代する時間だが、神にとっては一休みするにも等しい。

 

 今、シシ神はこの土地から離れ、新たな場所に向かって歩いている。

 日にちを重ねながら、いくつもの山を越え、川を渡り、村々を横切り、森を抜けた。

 

 やがて、シシ神は“諏訪”と呼ばれる土地にたどり着いた。

 中心には大きな湖が広がっており、傍には人間の集落がある。森の中から見ただけでも、王国と呼べるくらいには栄えているのが見て取れる。

 しばしの間、シシ神は森の中を徘徊した。

 

「やけにコダマ達が賑やかだと思ったら……珍しいお客さんだね」

 

 背後から聞こえた声に、シシ神は振り返る。

 そこには、女の子の姿をした神が立っていた。

 肩にかかるほどの長さのある綺麗な金髪に、青と白を基調とした服装。加えて、蛙のような目玉が二つ付いた変わった帽子。見た目はヒトの子供だが、内にやどる神気に、シシ神は彼女が自分と同じ神であると瞬時に理解した。

 二柱の神はお互いの様子を窺うように視線を合わせる。それぞれ温和な顔つきだが、この場に人間がいたなら、二柱の放つプレッシャーに冷や汗を流すことだろう。

 

「私の名前は洩矢(もりや)諏訪子(すわこ)。この諏訪の国を治める土着神だよ」

 

 諏訪子が自己紹介するも、シシ神はじっと彼女を見つめる。

 

「この諏訪の国に、何のようかな?」

 

 諏訪子が訊ねるが、シシ神はまったく答える素振りを見せない。

 

「君、下級の神のようだけど、ただの鹿神じゃないよね?」

「…………」

「……ちょっと、何か言ったらどうなのさ?」

 

 見た目は鹿でも諏訪子と同じ神だ。口がきけないということは無いだろう。言葉を返さないシシ神に、諏訪子は腰に手を当てて頬を膨らませた。

 怒ったような態度の諏訪子だが、シシ神は変わらず無反応だった。

 やがて、シシ神は顔をそらして身をひるがえし、諏訪子が立つ方向とは逆の方へ歩き出した。

 

「あっ! ちょっと!」

 

 野生動物のような軽快な足取りで去っていくシシ神に驚きつつ、諏訪子は慌てて後を追う。

 しかし、一瞬シシ神の体が木の陰に隠れたかと思うと、シシ神はスッと姿を消した。

 諏訪子は足を止めて周辺を見渡すが、どこにもシシ神の姿はない。気配を探っても、人の気配すらなかった。

 

「……何だったんだ、あの鹿神」

 

 諏訪子はひとり首を傾げた。

 だが、いくら考えても答えは出ない。何かを企んでいた様子もなかったため、やがて諏訪子は身をひるがえして自身の住処である社へと帰ることにした。

 森に流れる風で髪をなびかせながら諏訪子は歩く。その背後では、森に棲むコダマ達が去っていく彼女の後ろ姿を見送っていた。

 

 

 

 これが、彼女が誕生して初めて出会った、自分以外の神との出来事。

 この物語は、別の世界であったかもしれない、神々の《せっ記》の始まりである。

 

 

 

 せっ記とは

 草に埋もれながら 耳から耳へと語り継がれた物語のこと

     ――徳間書店『THE ART OF The Princess MONONOKE』p5より

 

 

 

 

 






『6月6日は洩矢諏訪子の日』ということで、本日、急遽投稿。

続きが気になるという方は、お気に入り追加と評価をよろしくお願いします。

 ……つづく?

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