もしも東方projectの世界にシシ神がいたら 作:ジョン・N
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諏訪の森は精気で満ちており、豊かに生い茂る草木に遮られ、昼でも陽の光が差し込まない。
そんな闇深い森の中を、妹紅は臆することなく進んでいく。地面の傾斜がまちまちで、木の根が地面を盛り上げ、足場は常に不安定だ。周りに生えた木々はどれも似たように生い茂り、目印になりそうなものはない。少し気を抜けば、果たして自分が前に進んでいるのか、それとも来た道を戻っているのか、わからなくなるほど、方向感覚が狂いそうであったが、妹紅は迷わずにただひたすらまっすぐ歩いていた。
周りのコダマたちがカタカタと首を揺らしながら、妹紅を見る。木の陰から覗くもの。枝に座って見下ろすもの。皆、外から来た珍しい客人を歓迎しているようだ。中には、愉快そうな笑みで首を振りながら、妹紅の後をついていくものもいた。
そんなコダマたちのことなど気にも留めずに、妹紅は先を急いだ。
「ねぇ、ホントに行くの?」
そんな彼女の後ろでは、狼女の妖怪がひとり、ぐいぐいと森の奥に進んでいく妹紅に声をかけた。その少女……影狼の頭の上にも小さなコダマが一匹、カラカラと軽やかな音を立てながら座っていた。
「川を登れば人里に出るのに……。この森に人間がひとりで入るなんて無謀すぎるよ?」
「……里には行かない」
「なんで?」
影狼が訊ねるが、妹紅は口をつぐんだ。その脳裏に、過去の人界での記憶がよぎる。
『化け物めェ!』
『隠れてないで出てきやがれッ!』
『殺せェ!』
妹紅は奥歯を噛み、呪われた右腕を撫でた。撫でているというより、暴れだそうとする痣を押さえ込んでいるようだった。
その様子を後ろから見ていた影狼は、陰鬱な気配が漂う妹紅の背中に、理由が分からず首を傾げた。
「お前は……というか
「だって、この森、見た目よりずっとややこしくて……その、危ない場所も多いんだよ。洞窟みたいな大穴とか底なし沼とか、土壁とか大岩とか、いろいろあって危険だし……怪我でもされたら、私、後味悪いっていうか……」
それらはすべて、かつて諏訪の土着神が作ったものだ。
その複雑な地形によって、森に迷い込んだ人間が帰らぬ人になったことがあると、山の獣たちは知っていた。
「コダマたちについては知らないわ。ほかの獣たちと違って、この子たちが何考えてるかなんて、私にはわからないし……」
「……そうか」
妹紅は、それ以上何も言わず、また黙々と歩き出した。影狼とコダマたちも後に続く。
諏訪の森は深くて広い。山道のない森を抜けるのは常人にも命懸けだが、この森は特に危険だった。ここに来るまでにも、いくつもの森を抜けてきた妹紅だが、この足場の悪い迷宮のような森を進むのは、肉体的にも精神的にも力を要した。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
この森を住処としていつも歩いている影狼に、だんだん尊敬の念すら湧いてくる。今も、息切れしながら重い足を引きずるように歩いている妹紅に対して、影狼は跳ねるような軽い足取りでついてきている。
「大丈夫?」
「ああ……はぁ……はぁ」
気が遠くなるような森の中を歩き、そろそろ一休みした方がいいかと妹紅が思い始めた頃、ふと周りのコダマたちの音が大きくなった。
気になった妹紅が辺りをよく見ると、周りの木よりも一層大きい、巨大な樹木が一本生えていた。ついてきていたコダマたちは、その樹木の幹へ吸い込まれるように入っていき、枝に止まって首を揺らす。まるで家に着いてすぐ居間に座る子供のようだ。
「この子たちの母親よ」
「……ああ、そうか」
影狼の説明に、妹紅はそっけない返事を返す。興味がないというより、返す余力がないのだろう。妹紅は足を止めて樹木を見上げるようにしながら、ぐっと背を伸ばして乱れた息を整えた。
このコダマの樹もそうだが、ここは自然豊かで美しい森だ。森の中の新鮮な空気を吸うと、不思議と身体が楽になった気がする。『どんな怪我や病気も治る』は言い過ぎだろうが、そんな噂が流れるのも不思議ではないなと、妹紅は思った。
だがそれは同時に、『解呪の方法などない』『お前は腐った肉となって永劫に苦しみながら生き続けるのだ』と心にある絶望が膨れていくようでもあった。
「やはり所詮、噂は噂だったか……」
「えっ?」
その呟きに、影狼が首を傾げるが、妹紅は俯いた。右手を見ると、そこには相も変わらず色の濃い痣が残っている。治るどころか、薄くなる兆しすらない。
(……どこへ行っても居場所もなく、死ぬこともなく、最後に自分すら失うのか私は)
ふと何かに気が付いた影狼が横へ目を向ける。
「……あっ、シシ神様」
「えっ!」
続けて、妹紅が顔を上げ、すぐに影狼の視線を追う。
すると、そこには木々の間を過る人面獣身の鹿がいた。周りの苔のついた巨木にも劣らない神秘的な存在感。枝わかれした樹木が生えたような角を持ち、赤い猿のような顔、四本の足を通して周りの植物の命を与奪しながら歩く神獣の姿に、妹紅は目を奪われた。
「あれが……っ!」
妹紅たちに見られているのに気がついたのか、シシ神は足を止め、彼女たちの方へ顔を向けた。手のひらほどの大きさにしか見えないくらい離れているにも関わらず、ニヤケ顔のシシ神と目があった妹紅は、その底知れない表情に思わず背筋が震えた。
人間から向けられる奇異の目でもなければ、妖怪のような敵意もない。だが一目で、不死である自分がどう足掻いても敵わないと思わせる、圧倒的な凄み。それでいて、家族からの愛情や自然の恩恵のような親しみや暖かみも感じる。
この感覚を言葉で表すのなら……きっと“畏れ”だ。
遠くから見つめるシシ神に、妹紅は身がすくみ、影狼はいつも通り丁寧にお辞儀をした。妹紅にとっては、神という存在に生まれて初めて会ったわけだが、ここで暮らす影狼にとっては、半ばご近所付き合いのようなものだった。
そんな二人の様子を一時眺め、よそ者である妹紅が自分の縄張りにいることを気にした様子もなく、シシ神は何事もなかったように去っていく。
「……あっ、待て!」
「えっ、ちょっと、待ってよぉ!」
影狼は慌てて、走る妹紅の後を駆け出した。頭の上のコダマもカラカラと揺れていた。
妹紅はシシ神の後を追う。神であるシシ神なら、ひょっとしたら腕の呪いを解く方法を知っているのではないかと、ひとかけらの希望を掴むように、妹紅は森の中を駆けた。
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……つづく