もしも東方projectの世界にシシ神がいたら 作:ジョン・N
前章主人公、登場!
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太古の昔から繁栄を続けてきた、とある島国の内陸部にある“諏訪”という土地。その土地のほぼ中心に、“諏訪湖”と呼ばれる大きな湖がある。シシ神が住む“諏訪の森”に囲まれたその湖のそばでは、人間たちが村をつくり、二柱の土着神と一人の風祝と共に豊かに暮らしていた。
そんな諏訪の里にある土着の神を祀る守矢神社。その神聖な領域の境である鳥居の前で、今、少女と童女が見合っている。
銀色が混じる白い長髪を紅白のリボンで束ねた少女……藤原妹紅は、急に現れた童女に驚いて目を見開き、しばらく言葉も出なかった。
そんな驚く妹紅の様子など気にせずに、金髪の童女……洩矢諏訪子は彼女の袖を指先でつまみ、そっと捲るようにして覗き込んだ。
「あらら、大変そうだねぇ。これ、かなりキテるでしょ?」
諏訪子は妹紅の右腕にある痣を見て、同情しつつ薄い笑みを浮かべる。
あまりにも自然な諏訪子の動作に、妹紅は顔をこわばらせ、遅れて袖を振り払った。同時に、ただの痣ではないと看破した諏訪子に背筋が寒くなる思いをした。諏訪子の纏う神秘的な雰囲気も相まって、目の前の童女がただ者ではないと妹紅は感じ取った。
「……なんだ、お前?」
「あぁ、自我あるんだ……あははぁ」
相手がまだ人間であることを理解した諏訪子は、誤魔化すように笑い、無邪気そうに両手を広げて胸を張る。
「私は
「お前が……神?」
確かに、目の前の諏訪子からは何か言い知れぬ気配を感じる。だが神という割には、シシ神から受けたような圧倒的な凄みがない。もしかしたら、里の子供が悪ふざけをしている可能性も考えられる。
半信半疑のまま、妹紅は右腕を隠すように左手で押さえながら、諏訪子を見極めるように上から下へ眺めた。
蛙の目玉のような装飾が付いた帽子に、柔らかく光を弾くような綺麗な金髪、加えて、蛙の絵がついた紫の衣をまとっている。ここに来るまでにすれ違った子供たちの服装とは異なり、格式ある装いだ。
「昨日から変な気配が漂ってたけど、あなただったかぁ」
「えっ!」
「
小さく頷いて一人納得する諏訪子に、妹紅はまた驚きを隠せなかった。
「それで、あなたは誰で、この諏訪に何の用かな?」
「あ、あぁ……私は
「ふーん。妹紅ね」
当然のように呼び捨てにされたが、見た目とは相反する貫禄に、妹紅にはそれが妙にしっくり来た。
「ここへは、その……えっと」
妹紅は言い淀み、無意識に右腕を撫でる。どんよりと暗い顔で俯いた妹紅を見て、諏訪子は大体のことを察した。
「なるほどなるほど、その痣を治しにきたってわけね。大方シシ神のヤツに頼んだけど、治してくれなくて、次はこっちに頼みに来たってとこかな?」
「えっ! あ、あぁ、そう……」
まるで見ていたかのような推測をされて、妹紅は反射的に肯定する。気配だけでこれほど正確に把握できるのも、神であるがゆえの御業であった。
「でも、生憎だったね。その呪いは私たちには解けないよ」
「ッ!」
最後のわずかな望みもあっけなく断たれ、妹紅は胸の奥が押しつぶされるような感覚に襲われ、小さく息を呑んだ。諏訪子の言う『私たち』とは、自分ともう一人の祭神……八坂神奈子か、あるいはシシ神のことか分からないが、妹紅にとってはどうでも良いことであった。いずれにしても、神にはこの呪いを祓うことはできないのだ。
「……そうか」
昨日、影狼の住処で味わった絶望感が妹紅を襲う。そして徐々に、俯いた彼女の表情が曇っていく。だが、そんな妹紅の様子を気にすることなく、諏訪子はピンと人差し指を立てた。
「そもそもその呪いは、他人にどうにかできるようなものじゃないしね。その痣、普通ならタタリ神から『祟り』を受けた時に付けられることが多いけど、あなたの場合、ある日突然できてたでしょ?」
「そうだけど……やけに詳しいな?」
「これでも、私は祟り神であるミシャグジ達を統べる神だからね。祟りや呪いについては熟知してるんだよ。ふふん!」
「……はは、それはすごいな」
暗い声で話す妹紅とは対照的に、諏訪子は得意げに話す。子供のようなその態度が、乾いたような妹紅の心に、束の間の安らぎを与えてくれた。
それと同時に、もう何かが吹っ切れてしまったのか、妹紅は自棄の気持ち混じりに言葉を吐き出した。
「……不死になってからだよ、この痣ができたのは。蓬莱の薬でな」
「蓬莱の薬?」
「飲めば不老不死になる薬だ」
「へぇ、外の人間にそんなものを作れる人がいるんだ」
「いや、外の人間っていうか、月の民だけど……まぁいいや」
思い出すのも腹立たしくて、妹紅はため息混じりに目を閉じた。
「というか、驚かないんだな。私が不死者だってことに……」
「さっきも言ったけど、神だからね。あなたが普通の人間じゃないってことは、すぐにわかったよ」
「そうかい。流石、神様だな」
その妹紅の誉め言葉には、まるで心がこもっていない。皮肉にも取れるが、やはりこれも絶望故だ。
「ふーん……でも、そっか。それでかぁ」
諏訪子は得心した顔つきになって、一人うなづいた。その瞳には、目の前で妹紅の空虚な顔が映っている。人知を超えた思考をしているような、その底知れない顔は、見るものに諏訪子がシシ神と同じ神であることを彷彿とさせる。
「とにかく不死者になって、この痣ができたんだよ。それもこれも、あの輝夜のせいだ」
「うーん、それはどうだろうねぇ」
恨みがましく悪態をつく妹紅に、諏訪子は苦笑いして見上げた。
「その輝夜って奴が誰かは知らないけど、“その痣を治したいなら”、ただまっすぐ自分と向き合うしかないよ?」
「はいはい、ありがたい説教で…………は?」
聞き間違いか、まるで呪いを解く方法があるような言い方に、妹紅は一瞬耳を疑い、諏訪子を見る。
「どういう意味だ?」
「うん? どういう意味も何も、そのままの意味だけど?」
問い返された意味が分からず、諏訪子は首を傾げた。反動で頭の帽子がズレる。
「この呪いは、解けるのか?」
「うん。でも私には無理だよ」
「解く方法が、あるのか?」
「うん、あるよ」
諏訪子はズレた帽子を元に戻しながら、簡潔に肯定する。嘘をついている様子はない。それに神ゆえか、その言葉には妙な説得力があり、聞いた妹紅の魂を震わせた。
「……そう、か」
妹紅は息が切れたように呟く。また命の灯がともるように、空っぽになりかけた彼女の心が鼓動を打つ。
諏訪の湖から心地の良い風が吹く。二人の髪が風になびき、守矢神社の境内に生えた木々が揺れる。
「泣いてるの?」
「えっ?」
諏訪子に言われ、妹紅は頬に伝う感触に気が付いた。それを手で拭い、妹紅はそこで初めて、自分の目から涙がこぼれていたことに気づいた。
「あれ、私……なんで……」
弱々しく震えた声が、妹紅の口からこぼれる。
自分がなぜ泣いているのか分からず、妹紅は戸惑いながら涙を拭う。だが、本人の意思を無視するように、妹紅の火照った眼からは大粒の涙が流れ続けた。
このとき妹紅が流した涙は、生きることに飽きていた彼女の心の底にあった『生きたい』という気持ちの表れだった。
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……つづく
本話タイトルの『洩矢諏訪子』で思い出したけど、
この作品を考えていた当初は、シシ神様を『三鷹屋久郎』という名前で擬人化することも考えてました。