もしも東方projectの世界にシシ神がいたら   作:ジョン・N

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前回から少し間が空きましたが、おかげさまでつづけられています。
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曇りなき眼

 

 

 

 

 

生きることはまことに苦しくつらい

世を呪い 人を呪い それでも生きたい…

     ――映画『もののけ姫』長の台詞より

 

 

 

 澄んだ青空の下、小鳥たちの鳴き声が森から響く。神聖な湖の水が川へ流れ、涼しい風が心地良い。山あいには田畑が広がり、整地されず、自然のままの地形で耕されている。そこは森と湖の豊かな自然に囲まれた、諏訪の里。

 そんな諏訪の里の、ほぼ中心に建っている守矢神社の鳥居の前で、妹紅は石段に腰かけている。組んだ両腕を膝にのせ、うつむいて腕で顔を覆い隠している。時折、腕の中からすすり泣きの声がこぼれる。

 妹紅の隣では、しゃがんだ諏訪子が通りすがりのアズマヒキガエルと、どこからか現れたコダマとのやり取りを眺めていた。お互いに見合いながら、カエルはケロケロと鳴き、コダマはカラカラと音を立てる。低く響くカエルの鳴き声と、柔らかく乾いたコダマの音が重なって、まるで森の中の二重奏のようだった。その音楽のような響きを聴きながら、諏訪子は楽しげに笑う。

 最初は妹紅を見ていた諏訪子だったが、次第に二匹のやり取りの方に夢中になっていた。

 

 

 やや混沌としながらも穏やかな空気が流れる守矢神社の鳥居前で、妹紅は目元をぬぐい、そっと立ち上がった。その様子に気づいた諏訪子は、ようやく落ち着いたかと妹紅の方へ顔を向ける。同時にカエルはのしのしとどこかへ去って行き、コダマは姿を消した。

 

「……あー、なんか見苦しかったな。忘れてくれ」

 

 妹紅は気恥ずかしそうに、赤みを帯びた顔の鼻先を指で撫でる。

 

「相当参ってたみたいだね。まあ、無理もないよ」

 

 大人が子供を慰めるように、諏訪子は妹紅に言葉を掛ける。見た目は幼くても、その包容力と落ち着きはまさしく神のそれだった。今の妹紅には、その懐の深さがありがたかった。

 

「なぁ、お前……諏訪子だったか? どうすれば、この呪いを何とかできるんだ?」

「神を呼び捨てにするとはね。まぁいいけど……うーん、そうだねぇ」

 

 諏訪子は少し苦笑いを浮かべ、それから両腕を組んで考え込んだ。目を閉じて、首を傾げ、かぶっている帽子も傾いた。そして、右へ左へ、思案するように歩き回る。

 そんな諏訪子の様子を見て、彼女が一体何を考えているのか、右腕の呪いを解くには自分が何をすべきなのか。妹紅の胸にじわじわと不安が広がっていった。

 やがて、諏訪子は立ち止まると、妹紅と向かい合い、顔を上げて彼女の目をまっすぐ見据えた。

 

「妹紅。もう一度、シシ神に会いに行きな」

「えっ! なんでだよ? シシ神になら昨日、森で会ったけど……」

「まぁまぁ、聞きなって」

 

 驚く妹紅をなだめて、諏訪子はさらに続ける。

 

「そもそも呪いってね、誰かへの強い恨みや憎しみから現れるものなんだ。つまり、掛ける人間と掛けられる人間がいて生じるものなんだけど……。その腕の呪い、誰が誰に向けた呪いだと思う?」

「それは……私が輝夜のヤツに……」

 

 急な問いに戸惑いつつ、妹紅は思ったことをそのまま口にする。

 自分の父親である藤原不比等を誑かし、死ぬきっかけとなった無理難題を出した人物。挙句、蓬莱の薬を残して姿を消し、その薬を飲んで自分は不老不死となった。

 自分が輝夜を目の敵にするのは当然であり、その恨みと憎しみこそが、呪いの根源だと彼女は信じて疑わなかった。

 

「それ、違うと思うよ」

 

 妹紅と輝夜の因縁など知るはずないが、諏訪子ははっきりと断言した。

 

「妹紅ってさ、根は優しいでしょ? 仮に恨みや殺意を持ったとしても本気で誰か呪うくらいなら、直接ぶん殴ってそうだもんねぇ」

 

 過去に経験があるだろうと言い当てるような諏訪子の言い方に、妹紅の心臓がズキリと痛んだ。そして脳裏に岩笠から蓬莱の薬を強奪した時の記憶がよぎる。帝から勅命を受けて蓬莱の薬を燃やそうとしていた岩笠を、恩人であるにもかかわらず彼女は蹴落とした。

 妹紅は浮かんできた記憶を頭を振って追い払い、諏訪子にまっすぐ視線を向き直した。

 

「……けど、ならどうして?」

「それを知るために、一度曇りなき眼で振り返ってごらん。それに気づいたとき、またシシ神のヤツに会いに行きなよ……うん、私が言えるのはこれくらいかな。あとは君次第だね」

 

 そう言って、諏訪子は後ろで手を組んで頭を下げ、妹紅の顔を下から覗き込むように見る。

 

「君は一体、誰を呪ったんだろうね?」

 

 責めるわけでも追及するわけでもなく、純朴な口調で諏訪子は言葉を掛ける。その言葉は、妹紅の胸の奥に静かに沈んでいった。

 疑問を投げかけられ、今度は妹紅が黙って考え込んだ。口を閉じて俯かせた凛々しい顔は、憑き物の取れたような、まっすぐな目をしていた。その雰囲気は皇族にも似た、藤原家の……都の貴族の血を引く者らしい、どこか凛とした気品が漂っていた。

 輝夜の他に自分の人生を狂わせた、どうしても許せない誰か。自分がどんな手を使ってでも殺したい、けれど殺せない誰か。一体自分が誰を憎んでいたのか……。

 妹紅には思い当たる人物が一人いた。

 

「……“私”か」

「なんだ、分かってたんだ」

 

 妹紅の呟きに、諏訪子は微かに驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。そんな彼女の前で、妹紅は自分の過去を振り返っていた。父親の不比等がシシ神殺しに行くとき、きっかけを作った輝夜よりもそれを止められなかった自分を責めた。蓬莱の薬を飲んだ後、魔が差して岩笠を殺した自分を罰してくれる誰かを望んだ。

 だけど、すでに不老不死になった自分には、死という罰すら受けられなくなっていた。

 

「妹紅。君、ずっと自分を罰してきたでしょう? 痣はその自責の念の現れだよ」

 

 そんな自分自身が許せなくて、恨みや憎しみが『祟り』として現れた呪い。それが右腕の痣なのだと、諏訪子は言う。

 思えば、痣が蠢くとき、右腕はまるで自分自身を責めるように暴れ狂っていた。あれも諏訪子の言う自責の念の現れだったのだろう。

 

「そうか……」

 

 妹紅は納得のいった口調で言葉を呟く。呪いの根源については分かった。けど妹紅の心には、まだ疑問が残っていた。

 憂い帯びた目で、妹紅は右手のひらに視線を落とす。

 

「……じゃあ、私はこの呪いに喰われる運命を受け入れるべきってことか? そのためにシシ神は私を生かしたのか?」

「さぁ。自分の運命を決めるのは、妹紅自身じゃないのかな? 神はその背中を押すことしかしないよ」

 

 妹紅は諏訪子に目を向ける。しばしの間、二人はお互いを見つめ合う。

 

「…………」

 

 その顔を見て、諏訪子はもう何も言うことは無いと悟り、にっこりと笑って鳥居の奥へと消えていった。直後、諏訪子の姿が消えた鳥居の奥から風が流れ吹いてくる。森や湖を抜けてきたような、諏訪の優しい風が頬を撫でた。

 シシ神に会う決意を固めるように、妹紅は拳をぎゅっと握った。

 

 

 

 

 







続きが気になるという方は、お気に入り追加と評価をよろしくお願いします。

 ……つづく


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