もしも東方projectの世界にシシ神がいたら 作:ジョン・N
当初は、こんなに書くつもりはありませんでした。
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タタリ神によって草木は枯れ、諏訪子の能力によって、森は地形ごと激変した。
その後も、諏訪子は様々な手を使ってタタリ神の進行を止めようとした。底なし沼を作って沈めようとしたり、大岩や鉄塊をぶつけて気絶させようとした。しかし、どれも決定打にはならず、気が付けばタタリ神は村人たちが住む諏訪湖の近くまでやってきていた。
「むぅぅ……しぶといね君も」
そして、いよいよ森を抜けて、タタリ神が開けた野原に出た。諏訪子の心にも、どことなく焦燥の色が浮かぶ。しかし次の瞬間、その焦りが、ついに表情にまで現れた。
「なんだアレ!」
諏訪子のものではない声が飛んできた。諏訪子が声のした方へ目を向けると、そこには村の子供が三人立っていた。遊んでいたのか、野草でも探していたのか、野原にいた子供たちはタタリ神の姿を見て驚くと同時に、恐怖している。
「よ、妖怪!」
「うわぁぁ! 逃げろぉ!」
身の危険を感じた子供たちは逃げ、必死に村に向かって駆けていく。だがその声を聞いて、今まで直進しかしてこなかったタタリ神が後を追った。人間への憎しみが、タタリ神を突き動かす。タタリ神は距離を詰め、触手を伸ばし、子供たちを襲わんと迫った。
「やめろォ!」
諏訪子は子供たちを守るように両手を広げて立ちふさがった。触手状の『祟り』が諏訪子を捉え、まとわりつく。子供たちは怯えながら、振り返ることもなく村へ向かって駆けていった。
諏訪子のおかげで、子供たちは逃げおおせたが、代わりに捕らえられた諏訪子が『祟り』に引き寄せられる。
このままでは、諏訪子は『祟り』に取り込まれ、呪いによって諏訪子もまたタタリ神と化す。
「私を取り込むつもりかな?」
諏訪子に纏わりついた『祟り』がうねうねと蠢く。人間や獣であれば、『祟り』に触れた途端、体が呪われて肉が腐り落ちていってしまう。だが、その中でも諏訪子は余裕を崩さなかった。
「けど残念だったね。私は祟り神であるミシャグジ達を統べる神だよ。こんなの、蛙に水を掛けるようなものさ」
そう言って、諏訪子は内にある自身の霊力を外へと広げ、体についた『祟り』を払った。飛散した『祟り』が野原に広がり、一部は風化したように塵となって消える。
――ブギィィアアァァァァァァァッ!
『祟り』が大量に剝がれ、タタリ神は猪の顔を覗かせた。憤怒が宿る眼が諏訪子を見る。そして、大地を揺らすような咆哮を放つ。
また『祟り』が諏訪子を捉えようと、タタリ神に従って動き出す。
だが突然、タタリ神の怒気がピタリと消えた。身に纏う『祟り』が力を失ったように形を変えていき、ヘドロのように流れていく。
「えっ?」
急な変化に、諏訪子も虚を突かれたように声をこぼす。様子を探ると、どうやら諏訪子の後ろを見て青ざめているようだ。
いったい何に怯えてるのかと、諏訪子は警戒しながら後ろを振り返った。
「……シシ神」
諏訪子の背後にいたのは、こちらに向けて歩いてくるシシ神だった。
たった今、森から出てきたと思われるシシ神は、野原の草木に繁茂と枯死を繰り返させながら足を進める。緊迫感のある諏訪子とは反対に、シシ神はいつものように落ち着いた様子だ。
シシ神は諏訪子を横切り、タタリ神の前に立つ。殺伐とした空気が、いつの間にか静寂で神聖なものに変わっていた。
シシ神を見たタタリ神の猪が、怯えたように目を見開きながら後退りする。森を走っていた時に宿っていた憤怒は、すっかり消え失せている。
やがて、まるで蛇に睨まれた蛙のように、タタリ神はじっと動かなくなった。
「シシ神、君まさか……」
諏訪子がシシ神に声を掛ける。だが、やはり返事はない。
シシ神はタタリ神の鼻先に顔を近づけ、静かに吐息を吹きかけるような仕草で口を寄せる。タタリ神の呪いと猪に残った生命とが風に乗って消えていく。やがて、猪の見開いていた眼がゆっくりと閉じられた。
『祟り』から解放された猪は横たわり、穏やかな顔となって絶命した。
残った『祟り』が周辺の野原に流れるが、これも雨風によって数日もしない内に消え去るだろう。
諏訪子は猪の死に顔を見下ろし、祈るように目をつむると手を合わせて一礼した。
「シシ神。もしかしてさ、君はこのために来たの?」
そう訊ねながら、諏訪子は眼を開く。訊いてはみたものの、返事は期待していなかった。
だが意外にも、諏訪子が問うと、シシ神は彼女の方へ顔を向けた。相も変わらず慈愛に充ちているようにも残忍なようにも見える人相だが、神である諏訪子には初めてシシ神の意思が伝わってきた気がした。
「まぁどうあれ、君のおかげで村の人たちは救われた。この土地の神として、感謝くらいはしてあげるよ」
諏訪子は感謝の意を表して頭を下げる。
「ありがとうね……ん?」
頭を上げると同時に、倒れた猪が視界の隅に入る。その際にふと、溶けた『祟り』の中から、まるで瘤のように、何かが浮かび上がっていた。大きさにして約1尺強。大きなスイカ一つ分くらいの大きさだ。
諏訪子は、自分の手や服が汚れることも気にせずに、ドロドロになった『祟り』の中から、その“何か”を取り出す。
表面のドロドロを拭うと、なんと中から、人間の赤子が顔を出した。柔らかく産毛のような髪が頭を覆い、小さく低い鼻と腫れぼったさの残る目元、ふっくらした唇と、可愛らしい顔をしている。しかし、残酷なことに、その体温は冷たく鼓動は聞こえない。
「こんな赤子が……」
死んでいる。そう悟った瞬間、諏訪子の胸に、何とも言えぬ虚しさと痛みが広がった。諏訪子は同情と慈愛、深い悲しみのこもった眼で抱えた赤子を見る。
おそらく、この猪はタタリ神になって走る道中、人間の村々を襲ったのだ。男や女、大人と子供、老人や赤子も関係なく、人間を襲い、力あるものは『祟り』として取り込んだ。この赤子もその犠牲になったものだろう。
タタリ神に慈悲はない。弱い者も強い者も関係なく襲う。同じ神といえど、人の信仰によって生きる諏訪子にとっては、受け入れがたいものである。
「可哀そうに……。シシ神?」
そのとき、不意に赤子を抱える諏訪子に、シシ神がゆっくりと歩み寄ってきた。赤子の顔を覗き見るように顔を近づけるシシ神を見て、諏訪子は何をしようとしているのかと疑問を抱く。
シシ神はタタリ神にやった時と同じように、吐息を吹きかけるような仕草で口を寄せる。
――ドクン
腕の中で感じた鼓動に、諏訪子は思わず目を見開いた。
鼓動が聴こえたのも束の間、赤子の顔色に生気が充ちていく。
「…………うぅぅ」
その体に確かな生命を宿らせ、手足をゆっくり動かし、小さな一つの命が声をこぼす。
「うぅぅ、おぎゃぁぁ、あぁぁ!」
野原に立つ土着神の腕の中で、自然神に見守られながら、赤子はその土地に元気な産声を木霊させた。
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……次で最後?