もしも東方projectの世界にシシ神がいたら 作:ジョン・N
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あわれな古い神よ
できるなら 安らかな眠りを お前に与えたい
大いなる山の神よ
――徳間書店『THE ART OF The Princess MONONOKE』p7より
タタリ神が諏訪に襲来してから、およそ十数年の時が経った。
『祟り』の影響で森の一部の草木が枯れ、諏訪子の能力によって地形がガラリと様変わりしたが、諏訪の国は以前の活気をすっかり取り戻していた。
元々、村を襲う直前に退けることができたため人的被害は無かったが、その後、子供たちに呼ばれて野原にやってきた村の人々は、タタリ神と化した猪の亡骸を見つけ、大きく動揺した。名のある山の主が死んでいたことを、不吉だ、災いの前兆だと村人たちは大騒ぎしたが、祟り神たるミシャクジ様を祀る村とあって亡骸は丁重に弔われ、月日が経つにつれて騒ぎは落ち着いていった。今は、鎮魂祈祷の意味を込めて、諏訪子の神社の境内に一本の御神木が植えられている。
荒れた森も、鳥や獣が豊かに暮らしていけるほどに回復した。枯れた木々から新たな命が芽吹き、すくすくと育っている。木々の枝にはコダマたちが笑顔でカタカタと音を鳴らしている。普通なら枯れた森が再生するのは十年や二十年では足りないが、それがこの短い年月で成長したのは、とある“神”の恩恵によるものだ。
深夜、諏訪の森では、頭と背中に多数の角を持つ巨人の姿をした自然神が徘徊している。山よりも高い巨人の姿は諏訪湖のそばにある村からも目にすることができた。だが村人は全員寝静まり、今、巨人の姿を目にするのは、森のコダマ達と、この諏訪の地を守る土着神のみ。
「森の鹿神は今日も今日とて森を育てる、か……」
夜空を写したような透き通った巨人を、諏訪子は村にある自身の神社の屋根の上に腰かけて眺めていた。
「君はいつまで、この地にいるのかな?」
諏訪子の呟きを聞く者はいない。その言葉に含まれた感情は、いつの間にか住み着いた居候への嫌気だろうか、あるいは、やがて来る友人との別れを惜しんでのものか、それとも……。
森のコダマたちの音や虫の声、湖にいる蛙たちの声が夜の諏訪に流れる。潮騒のような合唱を聴きながら、諏訪子はまた今日も山を歩く巨人を見つめていた。
そして、あのタタリ神の出来事をきっかけに、この諏訪でもう一つ変わったことがあった。
最近、村では諏訪子を祀る神社の拝殿に、ひとりの巫女の姿を見かけるようになった。
「お母さまー!」
翌日、神社の境内に少女が母親を呼ぶ声が響く。
諏訪の森の色を写したような、深く鮮やかな緑の髪に、切れ長の黒い瞳、青と白を基調とした巫女装束。整った顔立ちの可愛らしい少女だ。
名前は
「どうしたの、
神社の屋根の上から、境内を覗き込むようにして返事をした。
「お母さま、大変です! 西の大和の神から戦いの申し入れがありました!」
「えぇ!」
諏訪の地に、また新たな神がやってくる。
***
あれから、何年の時が過ぎただろうか。確かなことはわからないが、千年以上は経っただろう。
人は文明を発展させ、これでもかと町や都を築き上げた。諏訪の地も原生林だった森が消え、人工の明かりが夜を照らす。人々は神よりも科学を、奇跡よりも理論を信じて、神々の存在など、すっかり忘れられてしまった。
信仰の衰えた神社で、諏訪子は屋根に上がり、ひとり山の方を見ながら、かつて鹿の頭を持つ巨人が歩いていた森の風景を思い描く。
「諏訪子さまぁ」
いつものように自分を呼ぶ少女の声が聞こえる。
「あっ、やっぱりここに居たんですね」
「ほら、私の言ったとおりだろ?」
現風祝の東風谷早苗と、同じ守矢神社の祭神である八坂神奈子が諏訪子を挟むようにして横に腰かける。
「冬じゃないとはいえ、夜は冷えるんですから、こんな所にいると風邪ひいちゃいますよ?」
「神は風邪なんて引かないよ」
「また山の方を見てたのかい。よくもまぁ飽きないねぇアンタもさ」
「いーじゃん、別にー」
若干馬鹿にしたような言い方に素っ気ない返事を返すが、晩酌にと神奈子が勧めてきたグラスを諏訪子は黙って受け取った。
信仰は衰えど、はじめは一人だった時と比べれば、ほどほどに賑やかだ。
「そういえば諏訪子様って、たまにここで遠くを眺めてますよね。何か理由でもあるのですか?」
「あーうー、まぁ、なんでだろうね、つい気になっちゃうんだよ」
諏訪子は答えず、誤魔化すように酒を口に運ぶ。それを見て、神奈子が少し肩をすくめて笑った。
「神奈子様はご存知なのですか?」
「それがね、私も昔から訊いてるけど、毎回はぐらかされてさ……」
夜風が三人の髪を静かに揺らし、神社の境内に虫の音が静かに響く。諏訪子はグラスの中の酒を一口含み、じっと視線を山の方へ向けたまま、なにも言わない。神奈子と早苗も、口をつぐんだまま、その横顔を見守っている。
「そろそろ話したら、どうなのさ」
神奈子は顔をのぞきこむようにして、軽く声の調子を落とす。早苗も、静かに諏訪子を見つめた。その早苗の表情は、陽縁の面影を諏訪子に感じさせた。
二人の期待したまなざしに、諏訪子はやれやれと困ったように笑う。
「しょうがないなぁ……それじゃあ、語ってあげるよ。ある時、何処からかやって来た森の神の話をね」
そのとき、境内に立つ御神木の枝に、一匹のコダマが姿を現した。コダマは屋根にいる三人を見ながら、カタカタと音を鳴らした。
まるで、これから語られる物語を、彼もまた聞こうとしているかのようだった。
命を奪い命を与える 美しい神よ
できるなら 諏訪の神々と共に お前を幻想に迎えたい
ここなら また共に生きていけるから
――詠み人知らず『諏訪せっ記』より
おわり
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……おわり ?