もしも東方projectの世界にシシ神がいたら   作:ジョン・N

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諏訪の森

 

 

 

 

 

 慧音と別れた妹紅は、東へと進んだ。

 一日一日と太陽と月の動きを目印に、固い岩肌や湿った地面を歩き、山の尾根を越え、いくつもの深い森の中を突き抜けた。時折、妖怪に襲われることもあったが、独自に身に着けた火の妖術で撃退した。

 そして慧音の説教もあってか、道中では木の実や野草、川魚を見つけては口にし、夜には無理をせず休息も取った。おかげで倒れることもなく、妹紅は順調に旅を続けることができた。

 

 

 やがて、妹紅は澄んだ水の流れる川に出た。川はまるで森を二つに裂くように流れていた。ひんやりとした空気が漂い、流れる水音が森の中にも木霊している。岸には大小の様々な石が転がり、ちょうど森を隔てている。熊のように大きな岩から子供の拳ほどの小石、苔むした石や砕けて形の崩れた石まで、川の流れに削られどれも丸みを帯びていた。

 妹紅は東側にある岸へ向かうべく、流れが穏やかで浅瀬の多い箇所を見つけ、川を渡った。

 

「……ふぅぅ」

 

 川を渡った妹紅は、ついでに喉を潤すため流れる川の水を口にした。川の水は山に満ちている生命力が流れ出ているのか、不思議な清涼感と満足感を妹紅に与えた。

 森から吹く風が妹紅の後ろ髪を揺らす。一息つけて、妹紅の表情も自然と穏やかになった。

 さらに水を掬おうと妹紅は水面へ右手を伸ばす。しかし、その際、視界に入った自分の右手を見て、妹紅はぎょっと目を見開いた。

 

「……ッ、また!」

 

 以前は手首までだった痣が自分の手のひらまで広がっていたのだ。色も前より濃くなっている。

 妹紅は袖をまくり、自身の右腕を確認する。すると、以前は肘までにしかなかった痣が肩にまで侵食していた。まるで腕に巻き付いた黒い蛇が自分の頭へ這い上がってきているようだ。

 日を追うごとに痣の広がる速さが増している。同時に、それは妹紅の意識が失われるまでの時間が残り少ないことを示していた。

 

「……くッ!」

 

 自分が少しずつ壊れていくような、得体の知れない感覚が、心底気味が悪い。不死になってから鈍くなったはずの感情が、ここにきて揺さぶられる。心に重くのしかかる恐怖と怒りに、妹紅は右手をぎゅっと握りしめ、顔をしかめた。

 

 

 途端、妹紅の右腕が焼けるような熱を帯びて蠢きだした。妹紅自身の意思とは関係なく動き始めた腕は、まるで狂気に取り憑かれたように不規則に指を曲げ、妹紅の首へ掴みかかる。

 妹紅はハッと我に返り、力ずくで右腕を押さえつけた。だが、右腕の力は強く、押さえた左手を振りほどこうと暴れまわる。妹紅は息を荒げ、冷や汗が頬を伝う。

 この右手の蠢きは、過去何度か襲われた感覚だ。その度に右手は妹紅を殺そうと襲い掛かり、妹紅自身は、こうして力ずくで蠢きが鎮まるまで押さえつけてきた。

 最初は小動物が暴れる程度の力だったが、数を重ねるにつれて段々と強くなっている。そして、その後、決まって痣が濃く、広がっているのだ。

 

「ウッ! グッ! 鎮まれッ!」

 

 燃えるような熱を振り払うように、妹紅は右腕を勢いよく川の中へ突っ込んだ。

 右腕はしばらく水中で暴れ回り、水飛沫を激しく上げたが、次第に動きが鈍くなっていく。やがて、妹紅の意識にも右腕から水のひんやりした感覚が伝わるようになってきた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 妹紅は大きく息を吐いて呼吸を整える。いよいよもって自分の力だけでは抑えきれなくなってきたことを、妹紅は痛感した。

 妹紅はしばらく右腕を川の水に浸けたまま、静かに気が落ち着くのを待った。焦燥と不安が、先ほどまでの爽快感を一瞬で塗りつぶした。

 

「えっ! 一体何ごと!」

 

 そこで、背後の森の中から誰かの声が聞こえてきた。妹紅の騒ぎを聞きつけたのだろう。林を搔き分ける音を鳴らしながら、その声には、驚きの色が混じっていた。

 

「あの……だ、大丈夫?」

 

 顔を真っ青にして右腕を川に浸けている妹紅を見て、ただならぬ様子だと理解した少女は、遠巻きに声を掛ける。声の主は妹紅を心配して声を掛けたようだが、その白髪と風変わりな服装に、声の主はわずかに身を引いた。

 しかし、その声の主も、普通の身なりではなかった。山歩きに不向きな赤白黒三色のドレスを身に着け、長いストレートの黒髪をたらし、その頭から狼の耳が突き出している。おまけに、手には鋭く赤い爪が伸びている。

 

「ッ!」

「あっ、す、すみません……その、声かけない方がよかったですか?」

 

 彼女から妖怪の気配を感じ取った妹紅は、瞬時に身をひるがえして、彼女に向かって妖術を放てる態勢になる。

 

「……妖怪、か?」

「う、うん……私は今泉(いまいずみ)影狼(かげろう)。ここらに住んでる狼女だけど、別に人間を襲ったりしないです。人間に恨みもないし」

「……そうか」

 

 疑わしい目で見つつも、妹紅は構えを解いた。彼女の言葉の真偽はわからないが、少なくともこれまでの妖怪のような敵意は感じられなかった。

 

「はぁぁ……」

 

 狼の耳を持つ少女……今泉(いまいずみ)影狼(かげろう)は、ほっとしたように安堵の息をついた。

 

「それで、うめき声が聞こえたけど、貴女ですよね? 大丈夫ですか?」

「……あぁ、騒がせてしまったなら悪かったね」

 

 妹紅は右腕に滴る水を振り払い、感触を確かめるように撫でた。そして恐る恐る袖をまくって、痣の様子を確認する。

 すると案の定、痣は色を濃くして、さらに広がっていた。それを見た妹紅は顔を背け、自身の長い髪で表情を隠した。

 

「別にいいけど、怪我でもしました?」

「……いや、怪我じゃない。心配も不要だ」

 

 影狼が訊ねるが、弱みを見せまいと、妹紅はさりげなく袖を下した。

 

「そう……この川を登っていけば、人里に出ますよ。よかったら、案内しましょうか?」

「大丈夫だ」

 

 妹紅は立ち上がって、森に向かって歩みを進め始めた。

 

「えっ、ちょっ、この森を抜ける気?」

「あぁ……」

 

 影狼は思わず敬語を使うことを忘れる。森は広くて深く、彼女がここに棲み始めてから、この森を抜けようと考えるものは過去にいなかった。

 

「急いで“諏訪”に行かないと」

 

 私にはもう時間がない、と自身に言い聞かせるように、妹紅が歩き出したところで、影狼が首を傾げた。

 

「諏訪? 諏訪って、たしかこの辺一帯の呼び名ですよ?」

「なに!」

 

 影狼の言葉に、妹紅は足を止めて再度顔を向けた。妹紅の迫力に、影狼は思わず後退りする。

 

「本当か!」

「え、えぇ、里の人たちは、そう呼んでるみたいですよ」

「まさか、ここに『金色の鹿』がいる森があるのか!」

「鹿? あぁ、シシ神様のことね。だったら、この森のことかも……」

 

 影狼はちょこんと指先を横にして、自身の住処でもある森を指さした。妹紅はその指の先へ目を向けた。

 

「この森が……!」

 

 森からの風が眺める妹紅の髪をなびかせる。

 空気は澄み、風が草葉を撫で、ざわめく様子が、どこか異界めいて感じさせた。生い茂る木々の一本一本が太く、苔むした幹は深い緑に染まり、都で御神木として生えているような大木が森中に生えている。妹紅もここに来るまで様々な森を目にしてきたが、ここまで人を拒む闇深い森は初めてだった。

 

「……えっと、人里まで案内しましょうか?」

 

 妹紅が森の雰囲気に圧倒されていると思ったのか、影狼はやや空気の読めていない言葉を掛ける。

 そんな影狼の頭の上には、いつの間にか樹の精であるコダマが一匹ポツンと座っていた。

 

 

 

 

 






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 ……つづく

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