抜きゲーみたいな島に住んでいた狂犬はヒロアカ主人公に憑依したらどうすればいいんだ? 作:神剣狩刃
髪を切ってもらった翌日、早速くっくどぅるどぅるどぅーの従業員として働くことになった。
士
「接客と会計と書類捌いてくれればそれでいい。休憩時間は適当に取ってくれ。客と一緒にマンガ読んでもいいし、裏で適当なカップ麺食ってもいいし、今日は舞が休みだから一緒にゲームやっててもいい」
舞
「仕事で分からないことがあったら俺に聞いてね。休みの日はちょくちょく手伝いに入ってるから、一通りの仕事は教えられるよ」
親切な二人に手ほどきを受けて業務をこなしていく。接客は人生上よくやってきたことなので滞りなく行えた。書類関係も水道光熱費の支払いだったり、広告ポップの作成だったりだったので問題なかった。そんな中で、ちょっとした事件が起きた。
精
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
30代ほどのリーマンを席に案内する。
客A
「おっ、新しい店員さんかい? 若いけどしっかりしてるじゃないか」
士
「さっき雇った奴でな。年の割にはマトモだ。精、こっちの洗髪頼むわ」
士さんが顎でクイクイと指示を出す。
精
「えっ、俺がやるんですか!? 資格とかいるんじゃないんですか!?」
士
「理髪師のアタシがいいって言ってるんだからいいに決まってんだろ。舞もちょくちょくやってるぞ」
客B
「まあ、こっちも舞くんより上手くやってくれるとは思っておらんよ」
初老の男性客にケタケタと笑われて俺のスイッチがパチリと鳴る。育児や夫婦の交流で鍛えた洗髪技術をみせてやる。まず、髪に直接お湯をかけるのではなく、手の甲を介して広げて掛ける。こうすることで少ないお湯の量で、しかも優しく髪を濡らすことが出来る。
客B
「ほぉ……これはもしかするともしかするかもしれんな?」
シャンプーを手に取り、指の腹を使って、絶妙な力加減で、小刻みに頭皮を擦りながら洗っていく。
客B
「……この子は掘り出し物かもしれんな……」
士
「マジか……おい精、後で一緒に風呂入ってあたしの髪洗ってみろ」
精
「……とりあえず、無事に仕事を終えたら考えます」
若干の動揺と高揚を抑えながら髪を洗い流す。一抹の泡すら残さず綺麗に濯ぎ落し、お待ちかねのドライヤータイムだ。ドライヤーは熱ではなく風で乾かす道具だ。絶妙な距離で満遍なく、 全体がふわっと仕上がるように熱風を操る。たとえ毛量が少なくても、質が良ければ様になるのだ。客が仕上がりを鏡で見て驚愕している。
客B
「士ちゃん、この子はいつまでここで働くんじゃ?」
士
「臨時のお雇いだ。下手すりゃ数日も居ねえかもな」
初老の客が分かりやすく額に手を当て、口をくーっと結んで惜しんでいた。それを見てリーマンの客が興味津々に首を突っ込んできた。
客A
「それなら私も彼に頼もう。頼むよ新人さん」
精
「かしこまりました。僭越ながら失礼します」
リーマンの髪も完璧に仕立て上げる。素晴らしいカットは素晴らしい洗髪を以って完成するのだ。
客A
「これが臨時のお雇いさんの腕か……このままここで働いてはどうだ? 私は必ず来るぞ?」
客B
「ワシも必ず来るぞ? 何じゃったらお小遣いをやってもよいぞ?」
舞
「こうなったら理髪店じゃなくて洗髪店の方針でやったらいいんじゃない、ママ?」
士
「精がいなくなったら成り立たねー……いや、アタシが色んなコスプレして洗髪したら面白そうだな?」
この店の明日はどうなるのだろうか。行政からの指導が来るような店にならないことを祈っておこう。
仕事がひと段落したので休憩時間をいただき、舞と格ゲーをする。俺は投げキャラを、舞はスピードキャラを選んで対戦が始まる。いきなり舞が調整待ったなしのヤバい連携をしてきた。
舞
「やっぱわからん殺しが最強よ。喰らえ5連続表裏」
精
「分かる訳ないだろこんなの! 超必殺投げの無敵で────」
俺のキャラが光って空しく空を掴む。そこからカウンター限定であろうコンボを決められて負けた。
舞
「
精
「クッソ! ちょっとコンボ練習させろ!」
舞の使っていたスピードキャラのコンボを物の数分で習得する。そしてミラーリベンジマッチをして────完封負けを叩きつけられた。
舞
「このキャラ基本コンだけだと火力でないよ? 応用レベルが出来てやっとスタートラインだから」
精
「何だこのクソキャラ!? 製作者出てこいよ!」
舞
「このキャラティア表だと下から数えた方が早いよ。ぶっちゃけ、5連続表裏凌がれるとフルコン確反貰う。ちなみにさっきの投げキャラは上から数えた方が早い」
精
「時代は投げキャラだ! 故郷で鍛えた投げハメを見せてやる!」
最初の投げキャラに戻してコンボ練習をする。そしてリベンジリベンジマッチをして────一本取ったものの負けた。
舞
「結構素質あるね。一週間やりこめば俺より上手くなるだろうね」
精
「それよりも前に事態が動くだろうよ」
舞
「何で事態が動くって分かるんだ?」
精
「こっちにはこっちの事情があるんだよ」
AFOが目覚めたのなら、近いうちに内通者である青山と接触を図るはずだ。青山がどのように答えるかは分からないが、どのような反応をしたところで俺に異常事態が起きているのは悟られる。そこで九玉さんが"観測"によって、俺が雄英を去っていったことを知る。そうしたら接触のチャンスだと何か物事を起こすだろう、というのが俺の考えだ。
舞
「……俺は精の事情を知らないし知るつもりもないけどさ、学校の皆にはきっちりと別れを告げたのかい?」
精
「書置きをいくつか残したからそれで十分だ」
それを聞いて、舞はふぅんと面白くなさそうに格ゲーの画面に視線を戻した。
舞
「俺だったら盛大にさよならパーティーをするけどなあ」
精
「危ない事だから皆を巻き込みたくないんだよ。いくら"ヒーロー"を目指しているからって子供だ。何度も死線を潜り抜けるのは教育に良くない」
舞
「……ちょっと思ったんだけどさ、精って──────」
士
「精ー? 休憩終わりだぞー?」
舞の声が士さんによってかき消される。
舞
「……ま、30目前でフリーターやってる奴の良くない言葉なんか聞かない方が良いか」
精
「役職の良し悪しで発言の良し悪しが決まるなら苦労しませんよ。極論、政治家の言うことがすべて正しくなっちゃいますから」
舞
「精は政治家がトップなんだ。俺は司法機関がトップと考えるね。ママだったら警察がトップと考えるかなあ」
三権分立とはこのことなのだろう。くだらないことを思いつつ仕事に戻る。休憩後の仕事も特に問題なくこなしていったが、舞が俺に何を言ったのかが気にかかった。
本日の仕事が終わったので舞に続きを聞こうと思って呼びかけたが返事がなかった。
士
「アイツは休みの日に銭湯に必ず行くんだ。晩飯迄には帰って来ると思うから、何か話したかったらそん時話しな。んじゃ、アタシ達で風呂入ろうぜ」
ということで士さんと一緒にお風呂に入る。相応の年になった女性特有の色気と、男を諦めているであろう手入れのなっていない身体が目に入る。
士
「お前ってエロいだろ?」
精
「名は体を表すって言うじゃないですか」
士
「それもそうか。ま、オカズぐらいにはなってやるよ。ほら、生の女の裸だぞ?」
おっぱいをどるんと揺らして差し出し、股をぐぁぱっと開いて見せつけてくる。年頃の男子なら一生記憶に残るだろう光景だが、俺は故郷で電柱のように見かける物なので特に反応しなかった。
士
「……なんか空しくなってきたわ。見苦しいもの見せちまって悪い」
精
「まあ、年下の男の子に手を出すのは女性の夢って聞いたことありますから」
士
「アタシもなあ……舞が産まれるまではお盛んだったんだがなあ……」
結婚したての頃は燃え盛るのだが、子どもができると一旦落ち着いてしまうのが現実だ。
精
「……そういえば旦那さんはどうしたんですか?」
士
「あのろくでなしかい? 舞が無個性だと分かった時に別れたいって言いだしやがって、裁判やって慰謝料と教育費置いてどっか行った」
ろくでなしにもほどがある。子どもが出来て産むと決断したのなら、親として責任を果たすべきだ。
士
「アイツが社会的制裁を受けたとはいえアタシは納得してないね。アイツに対してもだが、それとは別に"ヒーロー"に納得いってない。女一人で子供育てることがどれだけ大変か"ヒーロー"は分かっちゃくれなかった。しかも、助けを求めたところで"ヒーロー"は敵退治で忙しいと断る……何が"ヒーロー"だ。アタシにとっちゃ家政婦さんの方がよっぽど英雄ヒーローだったよ」
ヒーロー飽和社会といわる現在でも、差し伸べられた手の全てを掴むことは出来ない。今よりさらに多くの"ヒーロー"がいればどんな人でも助けられるのだろうか。
精
「……士さんって、"ヒーロー"が嫌いなんですね」
士
「我ながらよく敵にならなかったと思うよ。親子揃って敵になって旦那アイツに復讐してやろうと思ったが……それだけの"
その言葉に含みがあったので、失礼承知で踏み込んで聞いてみる。
精
「……士さんも無個性なんですか?」
士
「ああ、鳶が鷹を生めばよかったが、結局は蛙の子は蛙だ」
緑谷が継いだ"OFA"は無個性の人間にしか扱えない。全てが終わって"OFA"が不要になった時、緑谷が抱え続けるのもいいが、"
精
「…………士さん、俺の"個性"は誰かに受け渡せるんです。しかも、強力すぎて無個性の人にしか渡せないんです」
士
「……アタシか舞に受け渡したいと?」
めんどくさそうに体を洗いながら答えた。やはり士さんは察しがいい。
精
「もし望むなら──────」
士
「
向けられた背中を洗っていく。小さいながらも、女としての場数を踏んできた確かな背中だ。
精
「……理由を聞いてもいいですか?」
士
「今更"個性"を手に入れたって諸々の手続きがめんどくさそうだし、何に使えばいいか分からねえ」
士さんは茶髪を横に振って答えた。
士
「正直、復讐はしてえが……今の生活で満足している。それなりの歳でフリーターだが真面目で優しい息子、アタシを狙ってるだろうリーマン、エロい目で見てくるが話がおもしれえジジイ、店閉めたのに菓子持ってきてくっちゃべるババア……こういうなんともない日常が続くならそれでいいかって思ってる」
士さんがくるりと振り返って、優しく諦めたような顔で笑う。
士
「
自身の望みを諦めて自分の大切な物に望みを託す。自分の幸せを押し殺してでも渡会先輩の幸せを願った、かつての礼に似ている──────その顔に手を伸ばしていた。
士
「……顔が流し切れてなかったか?」
士さんの不思議そうな顔を尻目に風呂場から出る。何もさっぱりしなかった。
精
「…………俺は……何がしたいんだ……」
ぼやいた所で答えなんて返ってくるわけが──────
舞
「……格ゲーやるか?」
舞に勧められ再び格ゲーをやる。しかし、お得意の投げキャラを使っても全く冴えなかった。
舞
「……俺が出かけてる間に何があったんだ? 聞くだけ聞いてやるよ」
おかげで舞に異常事態を悟られてしまった。俺は風呂場で会った事を洗いざらい舞に打ち明けた。それを聞いて舞はそうだと指を鳴らした。
舞
「休憩中に言いかけてたこと思い出したわ。精って一人で考え過ぎなんだよ。前の職場でワンオペやらされたことあるから分かるけど、一人で物事やったってうまくいかないぜ?」
精
「そんなの十どころか百千万と承知している。ただ、必要以上に誰かを巻き込むわけにはいかないんだよ」
舞や士さんに匿ってもらったのは好意による偶然でしかなく、あのまま一人で行くつもりでいた。
舞
「そこだよ。俺が精が一人で考え過ぎだって思ってるのは。今やヒーロー飽和社会なんだぜ? その辺のヒーローや、それこそヒーローを目指している学友を頼りなよ。あいつらは誰かから頼られると喜ぶ人種だからな」
精
「……お前、ヒーローに対してどんな価値観持ってるんだよ……」
舞は昇格戦を淡々とこなしながら
舞
「ママから聞いただろうけど、俺は無個性だから"個性"で誰かを助けることは出来ない。子供の頃の俺はそれが分からなくて必至で頑張ったさ。『頑張ったらヒーローになれるかもしれない』……中三になって将来を考える時期になってもそれは変わらなかった。地方のヒーロー科の高校を受験して、見事に落ちて、そこで現実を知って、全てが嫌になって……夢も希望も持てないフリーターの出来上がりさ」
この話を聞いて真っ先に緑谷の境遇が思い浮かんだ。もし緑谷がオールマイトから"OFA"を引き継がなかったら、舞と似たような境遇になっていたかもしれない。
舞
「そんな偏屈者だからヒーローに真面な価値観を持ってないんだ。『"個性"があったら少しは変わったのかな』なんて未だに思うね、っしゃあ、これで昇格だぜ」
淡々と語りながら勝利を決めた。自分の人生はこのゲームと同等で下らないものだと言わんばかりだ。
舞
「で、精の"個性"が欲しいかって話だけど──────
再戦を待ちながらしれっと断られた。
舞
「俺もこの日常が好きでね。クソみたいな職場でアルバイトして、早く定職に就けとママから言われ、理髪店の常連さんからほどほどに可愛がられて、推し活と格ゲーを楽しむ……"ヒーロー"になったら絶対に出来ない生活と幸せだね。是非とも"ヒーロー"にはこの幸せを守ってもらいたいね……さて、たまにはサブキャラでアーケードモードやるか」
そう言って舞はカウンターキャラを使って進めていったが、ボスでかなり躓いた。
舞
「いいこと教えてやるよ。今の自分で無理そうな出来事に当たったら……環境そのものを変えちまうのも手だ」
舞は一度タイトルに戻り、設定からゲーム難易度をベリーイージーに変えた。そして先に躓いていたボスをストレートで倒した。
舞
「人生はゲームみたいに簡単に環境を変えられるとは限らないが……精の"
目的達成のためなら既存の社会構成すら変えてしまう、常識では考えられないことだ────しかし、俺はそうやって世界を変えてしまった人間を、そしてその方法も知っている。ただ、それは絶対に一人では出来な──────舞のスマホがうなりを上げる。
舞
「ん、九玉さんのチャンネルから新しい動画が投稿されたな……『【重大告知!!】視聴者参加型企画!! 【皆の街に九玉が!!】』だって」