ニャアンを僕の運転するエレカに乗せ、僕はグラナダ・シティの道路を走っていた。まあ彼女をあちこちへ送迎する、運転手役だ。というか、基本的に彼女の世話役みたいな事をキシリア様から仰せつかっている。……普通は女性を充てるもんだと思うんだがね。
だけど、ある意味で好都合かとも思う。僕は
僕は助手席のニャアンに問いかける。
「
「サイド2から逃げる時に、たまたま目の前にあった」
「すまん……。つらい話を」
一年戦争開始直後だ。ジオン軍がサイド2を攻略し、2バンチコロニーであるアイランドイフィッシュを破壊弾頭、強烈な質量兵器として地球に叩き落としたのは。当時のザクに搭載されていた核バズーカで破壊されたコロニー多数。コロニー落としに使うため形を残しておいたコロニーはGGガスを注入されて、結局は皆殺しに。
「……それで、奨学金をあてに?」
「まさか。勉強なんて興味ないし」
「そうか。まあ永住権カードには、学士号が要るか……。まあ、わかる。僕も生きるため、というよりまともな生活をするために、抵抗せず拾われて、
「拾われた? 才能が、あった?」
僕は少し逡巡して、小さく頷く。
「まあ、一般の人たちよりはあったとは思う。うぬぼれじゃ無く、ね。戦争前にも『師匠』に見いだされて、万が一に『チカラ』が暴走すると危ないからって、訓練を受けさせられたんだ。だから、その程度の才能は、間違いなくあったんだろうさ」
「師匠……。どんな?」
「ロック。姓は無い、ただのロックだって言ってた。なんか、『外』から来たって言ってた。で、一年戦争のけっこう前に、方法を見つけて『外』に帰って行った。やり残したことが……ってさ。でも一年戦争始まるまで居てくれたら、と思うよ」
「……これ」
「ん? ああ」
エレカの後部シートに、僕のベレー帽と共に置いてあったバインダーを見つめるニャアン。怪訝そうな視線。
「墓参りだよ。スクールの同期なんだ。……これからって時に」
「女のひと?」
「男だけど? ……何故」
……ジークアクス、ガンダムクアックスの弐号機ジフレド。それのパイロット候補に選ばれた僕の同期たち。……僕の、友。4人の同期のうちの2人が、次々にコクピットで心臓発作を起こした。
暗殺かもしれない。キシリア様の計画を妨害するための。墓参に同行した関係士官は、あの
そして聞かされた。僕が3人目を連れて来た、って。つまりは、ニャアンがジフレドの3番目のパイロット候補だって事だ。すなわち、ニャアンも死ぬ……殺されるかも。だめだ。それはさせられない。
「エグザベ少尉」
「なんだい?」
「ごめんなさい」
「何を謝るんだい?」
「ちょっと、『視え』たから。洗脳、って」
「……まだ不安定なんだな。突発的に『チカラ』が高まるのか」
じゃあ、話しておくか。盗聴器とかこのエレカに無いのは確認してあるし、な。
「僕はさ、ちょっとジオンに拾われた際に、自分では手加減したつもりだったんだけど……。うっかり
僕がフラナガン・スクールの『首席』、ってのはそういう事さ」
「平気なんですか」
「ニャアンだったら、いいか。僕は自分が洗脳されるのに備えて、精神を二重底にしてた」
「え」
ははは、驚いてる驚いてる。
「例えて言うなら、時速30kmに出力を制限された『洗脳されたエグザベ』っていうエレカを、『二重底に隠されたエグザベ』が運転してるみたいに思えばいい。洗脳されてるから、僕自身はなんにも苦痛にも思ってない。洗脳による、時速30kmの制限もある。だけどその奥底では、それを運転してる冷静な僕が見ている、ってこと。
まあ銀河コンピューター『ライガー1』と『ライガー2』みたいなもんだよ」
「その例え、わかりません」
「……まあ『普通の』恵まれた生活ができているから、それを維持するためって言う極めて利己的な理由のため、洗脳生活を続けているけど。いざとなれば洗脳を外すことだってできるのさ。
まあ師匠みたいな非常識とは、桁が違うけど。師匠は軍に危険視されて捕まって、ロボトミー手術されたけど、壊された脳髄を再生させて逃げ出したこともあるって話。まあそれ以前の時代の記憶とかは、けっこう傷ついたり破壊されたりしたらしいけど」
「非常識すぎる」
そして僕は、急に真顔になると言う。
「ニャアン。君も必要だったら……『非常識』になる必要があると感じたら、いつでも言ってくれ。僕は君に、僕が師匠から受けさせられた『訓練』を施す準備がある。いや、なるべくなら『訓練』を受けて欲しいと思ってる」
「え」
「ニュータイプってのは、2種類ある。ジオン・ズム・ダイクンが提唱した、宇宙時代に適応して進化した、『互いを理解し合い』『互いを思いやり合い』調和のとれた宇宙時代を築ける存在。そして『他者を理解する』あたりが似てるんで混同されてるけど、その実態は
僕の哀しい想いが、ニャアンに伝わってくれているといいんだが。
「今存在するニュータイプは、後者のニュータイプ『能力者』だけだ。前者の本物のニュータイプが存在しているなら、あんな一年戦争なんて起きちゃいない」
「……」
「僕の『訓練』を受ければ、自然発達した不安定なニュータイプ『能力者』じゃあなしに、本当の『超能力者』として安定的にもっとより大きな『チカラ』を手にできる。ただ、大きな『チカラ』は自由を担保するものではあるが、保証するほどのものでもない。逆に不自由の原因にすらなり得るものだ。
だから『チカラ』が欲しくなければ、言ってくれ。二度と口にはしない。でも『チカラ』が欲しいと思ったら、躊躇せずに申し出てくれ。きれいごとを言ったって、力が無ければ何もできない」
「はい」
僕らを乗せたエレカは、街灯の灯りの中をひた走った。
*
そして僕らは目的地のハンガーに来ていた。そこには1機の
「これが……」
「そう、ジークアクスの弐号機、ジフレド。君の機体。そして噂では、パイロット殺しの呪われた機体、だ。
ただ僕は、ジフレドに問題があるんじゃなく、暗殺じゃないかと思ってる」
「暗殺……」
そこへ声がかかる。この声は……。
「同伴出勤かい? 少尉どの」
「冗談はやめてくれミゲル。僕はともかく、ニャアンに失礼だろう。僕みたいなのとペア扱いされるなんて」
「なんでそんなに自信ないんですか」
「事情知ってるだろ? 僕は汚い人間さ」
「何の話だ? ……久しぶり」
開きっぱなしの扉の向こうから歩いて来たのは、ミゲルだった。僕の同期の、最後の『生き残り』……。
「同期のミゲル、ミゲル・セルベート。こちらはニャアン。もとはサイド2に居た」
「ふうん? ……この子が3人目、というわけか」
「ある意味で、そうだ。3人目の、ジフレドのパイロット候補。だが3人目の犠牲者にはさせない」
「……」
「話したのか? まあスクール出身じゃなく、民間からの抜擢は意外だったけどね」
ニャアンには、ジフレドのパイロット候補が次々に死亡し、それがキシリア様の敵対派閥、具体的に言えばギレン総帥の手の者による暗殺じゃないかって個人的予測まで話してある。なんとしてでも、死なせはしない。
「……スクールか。4人でやった送別会が、懐かしい。懐かしいな……」
「4人……」
「僕がジークアクスのパイロットに選抜されたとき、ミゲルがケーキを焼いて、同期みんなで祝ってくれたんだ。それが、もう2人だけ……に……」
ギリッ!
僕は歯を食いしばる。だけどその激情は、あっさりと静まる。洗脳の影響で、感情の起伏がある一定の
「仲の良い友達だったんですね。うらやましい」
「うらやましい?」
「友達の手作りケーキなんて、食べたことない」
「ふうん、ニャアンだっけ。ならケーキ、焼いてあげるよ。歓迎のしるしに、ね」
ミゲルの一瞬の歓喜の表情。それがやけに意識の片隅に残る。何故、歓喜、だ? 一瞬で普通の笑顔に戻したのも疑問に思う。……いや、気のせいだ。
そしてニャアンが呟く。
「この
僕はミゲルに引っ張られ、隅の方へ行った。何の用事だろう?
「ジフレドのパイロット候補が続けて死んだ件だが、軍の捜査本部も不審な点は見つけられなかった。訓練中の心臓発作としか」
「……偶然とは思えない。いや、偶然ではありえない」
「暗殺、か? まあ、あり得なくは無い。弐号機のパイロットは、ギレン派から選抜されるべきだと、総帥府は言い出している」
「ニャアンを守るために、ジオンに連れて来たってのに、な。結局は厄介事に巻き込んでしまいそうだ。すまない」
「いえ」
「うわぁ!?」
いつの間にか気配も無く忍び寄っていたニャアンに、ミゲルは驚きのけぞる。僕は空気の動きとか微かな足音とか頭に乗せたコンチの電子音とかで分ってたけどさ。
「……わたし、殺されちゃいます、か?」
「僕には君を連れて来た責任がある。殺させや、しない。ミゲル、手伝ってくれるだろう?」
「あ、ああ!」
僕には、だがニャアンの表情が優れないのが気にかかっていた。僕の認識に、友情が邪魔をして変なバイアスがかかっていた、と思い知らされたのは……。それからあまり時間がかからなかった。まだ僕も、甘かった、というわけだ。
毒ケーキ先輩(ネタバレ(核爆))登場です。1話退場(水爆)を目指したんですが、尺の調整で間に合いませんでした。