ジフレドのハンガーから、僕はニャアンをエレカで彼女の宿舎へと送っていた。
「キシリア様とギレン総帥は、戦勝以来5年、一度も会っていない。会おうとすらしない。どちらも暗殺を警戒してるからね。先日の『君ら』が巻き込まれた、地球連邦の秘密兵器だと思われる特異な
「……」
「総帥は、サイコミュ技術をキシリア様が独占しているのが、面白くないんだろう。だから、対抗してクローン強化人間を開発し、まもなく実戦投入される、という噂だ。まあ僕程度の下っ端のところに流れて来る噂だから本当かどうかはわからないけれど、そんな噂になるぐらいにキシリア様とギレン総帥の仲が悪いとは、軍民問わず思われているって事だ」
僕はハンドルを切る。
「強化人間を実戦配備するその前に、ジフレドのパイロットが決まってしまう事を恐れているのかもしれない。このグラナダでさえ、何処に暗殺者が潜んでいるのか……分からないんだ。でも、心配しなくていい。君の命は、僕とミゲルで護るから」
ニャアンは黙ったまま、車窓の外を眺めている。エレカは、彼女の宿舎前に到着した。エレカの扉を開け、ニャアンが降車する。
「明日から選抜テストが始まる。今日はゆっくりと休むといい。じゃ」
「少尉!」
「ん?」
「彼のケーキ、美味しかったですか」
「……4人で食べたあのケーキ、美味しかったよ。本当に、美味しかった」
「……ごめんなさい」
「何を?」
「思い出させてしまって」
「……また、迎えに来るよ。はは」
そして僕はエレカを走り出させた。
*
そして僕は、引き金を引いた。
バン!
無味乾燥な火薬の爆発音が響き、床に火花が散る。ここはジフレドのハンガー。ミゲルがニャアンにケーキをご馳走したいと呼び出した場所。
僕の視界には、切り分けられたケーキの皿が載ったテーブルと、その前の椅子に掛けたニャアン。そしてニャアンに拳銃を突きつけたミゲルが居た。
僕は言葉を吐く。……僕の喉から、こんな冷たい声が出るなんてね。よりによって、ミゲル相手に。
「今のは威嚇射撃だ。次はあてる。銃を捨てろ、ミゲル」
ミゲルは銃を捨てない。
「……抜け目のないお嬢さんだ」
「お前が、ギレン総帥のスパイだったとはな」
「関係ないよ。協力するように指示してきたのは総帥の諜報部だけど、2人を殺したのは僕の意志だ」
涼しい顔で、言ってのけるミゲル。怒りが燃え上がる。だが僕は、その怒りを押さえつける。もう、『洗脳による条件付け』での自動的な感情の鎮静化には、『頼れない』。すぐに怒りは、冷たい、冷たい、気持ち悪いほどの冷静さに取って変わる。
「大切な仲間を、『
「……『
「いい奴らだった。そんな2人の優しい心を、僕は護ったんだ」
……こいつは、何時から? そんな理論武装で? あいつらを殺せる人間になっていたんだ? いや、僕がグラナダに戻って来て、こいつと再会してから、兆候はいくつかあった。そこまで僕は腑抜けていた、か。すいません師匠。教えの半分も、僕は活かせていない。
僕は冷たい目で、ミゲルを見据える。冷たい声が出る。
「軽蔑したよ」
「軽蔑?」
「ッ……ェイッ!!」
「うっ!?」
ニャアンがテーブルをひっくり返した。毒物入り、おそらく総帥府の諜報部から提供された、痕跡が残りにくい毒物を混入されたケーキ、それが床に散らばる。テーブルの天板がミゲルの顔にあたる。僕は拳銃をバースト射撃した。だがミゲルの肩口の制服のダブ付きを
だめだ! もっと本気になれ僕! 奴を殺せ! そうしないとニャアンが死ぬ!
バン! バン! バン! バン!
ミゲルの乱射する拳銃弾が、逃げるニャアンの後を追う。ニャアンは1/6Gの重力を利用して、身軽にジフレドの機体を登って行った。ミゲルはそれを追って、ヨタヨタと登って行く。
そして、ニャアンの思念が『聴こえ』る。
(この
バン!
「キシリアの
「く!」
「ルウム出身とは言え、僕は凡人だ。だから凡人とは言え、人類のためにできる事をする。これで君も、『
「ふざけるなあああぁぁぁッ!!」
バン! チュイーン! バン! チュイーン!
「があっ!?」
僕が撃った拳銃弾が、壁のパイプに跳弾し、ミゲルの拳銃を撃ち落とす。次の銃弾が、ジフレドの装甲に跳弾してミゲルの左肩に命中する。僕の位置からは、キャットウォークの上のミゲルとニャアンは見えない。けれど、『視えて』はいるんだ。超能力の1種類、『
「な、なんであたる!? ぐ、エグザベ! わからないのか! この
バン! チュイーン!
「があっ!」
「ミゲル、お前の言う事が本当だとしてだ。なら、何故2人を殺した? 何故ニャアンを殺そうとする? 毒を盛る、なんて騙し討ちで、だ。思い出のケーキを使って」
「だから」
「何故、あの2人にわけを話してキシリア様のもとから逃がそうとしなかった!? ギレン総帥の諜報部と伝手があるんだろう! ニュータイプ候補生が2人も、ニャアン入れれば3人も総帥の手駒が増えるんだ! 向こうだって喜んで手を貸すだろう!」
「!!」
僕は荒げた声を落ち着かせて、再び冷たい声音で話し始める。
「お前は裏切ったんだ。キシリア様をじゃない。僕たち4人を。ニャアン含めれば5人。何よりも、お前自身を。何が原因かは知らない。だけど、お前は何時からか、『僕ら』を殺したかったんだろう? そうじゃなきゃ、よりにもよって『あの』ケーキに毒を盛って……」
「ちが」
バン! チュイーン!
「があっ!」
跳弾射撃で脚を撃ち抜かれ、ミゲルは叫ぶ。そして僕は、ミゲルとニャアンの眼前に『出現』した。学術的には『
「な、ば、かな、どこ、から」
「それが辞世の句か」
「まさか! お前も『
僕は拳銃の狙いを、ミゲルの頭に合わせる。
ギギ・グガガガ……。バシュシュッ! ビギュウウウゥゥゥン!!
突然、ジフレドが稼働し、次の瞬間ジフレド頭部のユニットが本体から離脱。ビットとして遠隔稼働し、高出力のビームを放った。ビームは血を流し横たわっているミゲルを捉え、蒸発させる。余波の威力がキャットウォークと、ハンガーの床と壁を粉砕し、爆発が起きる。
警報が鳴る。やがて警備員や兵士たちが駆けつけて来るだろう。僕は呟く様に言った。
「……何故だい?」
「だって」
応えるニャアン。そう、今のはニャアンがジフレドのサイコミュ……カッパ・サイコミュだったか、それを制御してミゲルを撃たせたのだ。そしてニャアンは言う。
「エグザベ少尉、泣いてるから。撃たせちゃ、だめだと」
「泣いてないだろ?」
ニャアンは首を振る。
「泣いてるのが、『視え』る」
「そう、か」
ああ、僕はなんて未熟なんだ。僕はかつて聴いた歌のように、上を向いた。もし心じゃなく身体まで泣いちゃっても、涙が落ちないように。
火災を消すべくスプリンクラーが稼働し、天井から滝の様に水が降って来る。ああ、これはラッキーだ。もし泣いちゃっても、バレやしない。
*
キシリア様に報告を済ませ、諸々の措置が終わった後、僕はニャアンに与えられた部屋を訪ねていた。ああ、ニャアンから招待されて行ったんだよ。彼女のお世話係的な位置づけだから、自分の判断でも勝手に入れるけどさ。
そう言えば、キシリア様の御付きのアサーヴ中尉、っていうか中尉だったのかあの人。御付きだから大尉くらいかと思ってたけど、キシリア様そういう事気にしないのかもな。いつの間にか、居なくなっていた。と思ったらキシリア様が話してくれた。ギレン総帥のスパイで、ミゲルを焚きつけてた当人だった可能性が高いらしい。
「はあ~……。僕の部屋よりはるかに広い。窓なんて、グラナダじゃ最高の
「エグザベ少尉」
「なんだい?」
「地球……見えない」
「グラナダは、月の裏側だ。地球は、足元方向さ」
「そう」
ニャアンはミゲルが死んだ後、あまり取れなかった時間を割いて、いろいろ話してくれた。マチュことアマテ嬢との、赤いガンダムのパイロットであるシュウジ・イトウを挟んでの確執。シュウジと共に追い詰められたとき、マチュを捨ててガンダムも捨てて逃げよう、と言ってしまったこと。直後シュウジが、赤いガンダムの起こしたゼクノヴァに『乗って』『向こう』へと去ってしまったこと。まだ言葉にできるほど明確にはなっていないが、いろいろな事が
……電話だ。
「……そう、ですか」
「何」
「ニャアン、ジークアクスがソドンを脱走した。地球へ降りたらしい。マチュ……君だろうな。作戦行動中の軍艦から脱走、か」
「マチュは、本物だから」
僕は大きく溜息を吐く。
「それを言うなら、あっちの指揮官であるシャリア・ブル中佐は本物の中でも化け物クラスだ。たぶん、何か目的があって彼女を泳がせてる」
「エグザベ少尉」
「わかった」
「おねがいします、師匠」
「あと、僕らは言葉に頼らなくてもいいけど、それだと交渉能力が錆びつく。できるだけ言葉を使うように」
「失礼しました。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
この一瞬で決意を固めたか。僕はこれからニャアンをニュータイプ『能力者』ではなく、本物と言ったら語弊があるが、本当の
ああ、僕に掛けられていた洗脳は、ミゲルを倒す前にとっくに解除してるよ。超能力を使う邪魔になるからね。だけど、洗脳されている演技は続けないといけないな。
この辺までは本編準拠です。水面下で少しずつ僅かずつ変化をさせて来ましたけどね。ですが、そろそろ大きな改変が入って来ます。その第一弾。ニャアン(天然ものニュータイプ)⇒ニャアン(訓練されたエスパー)へのクラスチェンジです。あと