生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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 題名の四字熟語は造語です。
 マンキン世界のシャーマンにとっては……。


第九話:盲聾大原

「僕らは、シャーマンだ」

 ハオは言った。

「そして、来るシャーマンファイトでグレートスピリッツを手に入れ、星の王となり君みたいな愚かな人間共を滅ぼすのさ」

 一時に言ったハオは相変わらず嫣然として焚き火の向こうに胡坐をかいている。

 一呼吸置いて私は一つ一つ確認を取っていく。

「シャーマンって、霊媒師の、精霊とかと会話するって奴?」

 その認識で構わないよ、と子細な説明を億劫がったのかハオは首肯した。

「シャーマンファイトは、シャーマン同士が戦うのかな?」

 言葉通りさ、と大仰に肩を竦めて見せたハオは乾物を齧って水を飲み、五百年に一度ね、と付け足した。

「グレートスピリッツは?」

「精霊の王。地球(ほし)の五十六億年の記憶。地球(ほし)に生ける物の魂が最後に還る場所。魂の故郷」

「それは、場所? 物?」

 ハオは笑って答えた。

「両方だよ。地球五十六億年分の記憶を持った、星の魂の集合体。その中に、魂の還る場所がある、とも言うね」

 星に生きる魂の還る場所、それは現代の魂もだろうかと私は自身の立ち位置の関係上、悩まざるを得ない魂の行き先に懸念を抱いて目線を下げた。そうして心中を見透かすかのようにハオが言う。

「ま、君達愚か者に、還る場所なんかやらないけれど」

「星の王は…?」

「シャーマンファイトの優勝者、僕らはシャーマンキングと呼ぶ。シャーマンキングだけが精霊王、グレートスピリッツを手に入れる事が出来る。そして全知全能の神になるのさ」

 私は膝の上の嬰児の腹を軽く叩きながら問うた。

「君はシャーマンと私を区別するけれど、どう違うんだい?」

「歩、君は、星の示す未来を読み取れる?」と行き成り専門的な話を持ち出して続ける。「星の光は正しき未来へ導いてくれる標。君は、星の声が聞こえる? 耳を傾けようとした事は? 星の示す道は見える? 見ようと目を凝らした事は?」

 私は緘黙し俯き加減にハオを見遣る。

「無いだろう」とハオは言って鼻で笑う。「抑も君達みたいな連中は、最初から見る気も聞く気も全く無い、星がどんなに君達愚か者を救おうとしても、君達は無視する。そして、その度に星は傷付き、疲弊する」

 そして、と彼は暗澹とした眼差しで私を睨み付け、声の抑揚を無くして言う。

「星の声を聞き届ける者、人はこれを巫女だとか神官だとかシャーマンと言う。で、君達は、シャーマンが星の悲鳴を聞けない君達に伝える、でも、君達は」

 と言葉が途切れ、私が口を開こうか逡巡した時、

「信じない、よね」

 耳を傾けない、どころか嘘吐き詐欺師と言って迫害する。

 声音が低くなり、尚も言う。

「そうやって、星は、尊いものは、消えて行く。お前達のような、馬鹿共の所為で」

 だから、と今度は明るい調子に言った。

「僕が、滅ぼす。お前達のような、シャーマンでない、希望も無い愚か者共を。本当に尊いもの、敬う可きものを見る事の出来ない、お前達を」

 それが星の為だから。彼は無邪気に笑い、以降何も言わず昼食を再開した。

 両隣に座る二人組もすっかり萎縮し、昼食をゆっくりと認めた。変わらぬ未来王の腹心は時折主人の器に水を足し乾物をちびちび齧っていた。

 私も言葉を呑み込み水を飲んだ。

 彼は星の光の導く儘に生きられない人間を殺すと言う、要するに魂を目視する事の出来ない人間が自分達を差別して、自分が差別に疲れたから霊的に盲目な人間の憂いを払おうと言うのだ。確か原作の流れはそうだった。

 見えない事は人を物から引き離し、聞こえない事は人を人から引き離す。そんな言葉を前世の記憶の濁水から汲み上げ心中で反芻し、銘肌鏤骨して忘れない事を宣誓しよう。それは彼の言葉の理解の為か、或いは私の前世と現代へ馳せる郷愁の為かもしれない。

 

 現代に永住すれば自身にとってまるで風馬牛の話を終え、食事も粛々と済み、する事の無くなった私は寝息を立てる羊の腹を撫ぜ軽く叩いて立ち上がる。叩かれた衝撃か立ち上がった拍子に何処かぶつけて目覚めたか知らないが熟睡していたと見える羊が起き出して不気味な鳴き声を上げ前脚を立たし、太い胴体を捻って四つ這いになり、関節を伸ばし欠伸をする。顎が外れんばかりの大口と口内の汚れ振りに驚倒し、同時に実家の愛猫の欠伸を見る事は日常だが、羊と言う動物園等でしか触れ合う機会の無い動物の欠伸を見る事が出来たのは僥倖だったと思い直した。

 長々話を聞いて他に格別尋ねる事も浮かばず、いつ迄も陰々滅々とした真昼の焚き火を囲って精神を摩滅させ、多感な年頃故に思考の迷走し易い自分を持て余すのが面倒臭くてこの場を辞去させて頂く事にした。四人を振り返りお愛想で岩場に居る旨を伝え、再び羊を伴い来た道を辿って現状唯一の居場所の岩場に着いた。

 上段の岩だと四人に背中を見られ又落ち着かないので下段に下りて岩の日除けの窪みに嵌まり、物々しい足音を轟かし追従する羊を見届け、足を投げた私の爪先の傍に横臥した所で瞑目し溜息を吐いて休憩した。

 爾後何をするかと言えば既述の通り何もしない、する事が無いのは幸運な事だから思う存分退屈させてもう。満腹に届かなくとも程好く空腹が満たされると生き物は眠くなる。何故眠くなるのか達意の言葉は思い付かないので省略し往生する。

 岩に凭れ何も考えず千載不磨の広野を見晴るかし、そうして黙っていると瞬く間に辺りに夜が来て、暮れ泥む地平線を眺め嬰児の尻を軽く叩いていた。

 虫の羽音や葉擦れが雰囲気を作り、祖国と異なる国である現実を突き付ける気がして侘しく思い、蕭条たる夕焼けを見上げて広く遠くに続く赤い雲が眩しくて頻りに目を瞬いた。

 徐々に身辺が暗くなり、嬰児がむずかって羊が起き出す。常の順序に従い毛を掻き分けて突起に嬰児の口を寄せ、首が折れないよう片手で支え、覆い被さるように上半身を乗り出し夕飯を認める様子を観察するが薄暗く判り難い。微かな夕日に目を凝らし真っ黒の顔の中央の鼻の位置を予想し、一寸上の両目を探すと目が合った。ほぼ真横を向いている筈の嬰児と視線が交わる事が不思議に思われて、自身も顔を目一杯近付け睫毛の一本一本すら区別しようと努めたが、光が足りず断念した。

 数分か数十分、嬰児の夕食が終わって羊が居眠りを始めた。私は慣れた手付きで食事の始末をして、やはり同じ姿勢で星の瞬き出した黒い空を仰いだ。

「羊は、君の事も自分の子供のように思っているようだ」

 と声がして振り向くが闇は深く相手の姿は見当たらない。声からしてハオである事は確かだ。

「そう。一人じゃ、何も出来ないからかしら」

「それ以外に、理由は無さそうだね」

 ハオはその場に突っ立ったなり夜空を眺めているのか、一向に近付く気配は無い。声の発信源で彼の立つ場所を探し、一段上の岩に居ると判断して、それきり私も正面に向き直って岩に凭れ直した。

「なら、羊は私の第……二のお母さんね」と少し言葉に迷い、前世の母の顔が脳裏に鮮明に浮かび上がり、必要な事は不明瞭なのに哀愁を呼び起こす内容は、どうしてこんなに明瞭なのかと嘆嗟する。

 読み取られたか知らないがハオが笑う。その声に覇気が無いように思われた。

「母さんは母さんだから、この羊はママにしよう」

 前世の母はお母さんと呼んでいた。

 砂利を踏む音がして知らぬ間に半眼だった瞼を押し上げ目を見開き、頭を擡げて晦冥に浮揚する広野を見詰めた。二歩進む足音がして、又止んだ。

「羊も困るだろう。君みたいな手の掛かる子は」

「きっとね。だから自慢の子になれるよう、頑張ってみるさ」

「乙破千代の方が、余程賢い子になる」

「五月蝿い。それも、否定出来ない事を言うんじゃない」

 私が言うとハオの笑い声が響いた。先程の声の印象とは全く異なった溌溂とした声だった。

「自覚、しているんだね」

「しているよ。この子は、人の本当に困る事をしない子だ」

 くぐもった声が響くが、元気そうに笑っているので放って置こうと決め、一際大きな寝息か寝言か漏らした羊の頭を撫で回す。

 又足音がする。ハオの居る見当に顔を向け、目線を上げようとした瞬間、砂利を踏み締める音と平たく硬い物が着地する音、そして鼻先に何かが掠り仰天して奇声を発した。するとハオの笑い声が岩の窪みに反響し耳の奥で長い間跳ね回り、漸次上下の感覚が怪しくなり眩暈がして来て頭を押さえた。彼は一段上の岩から飛び降りたらしく、しかも人を踏み潰さないくらいとは言え至近距離に着地して、人の平衡感覚を害し、それに謝罪するでもなく平然と嘲笑した。

 鼻先を掠めた物が又掠り、私は嫌で仕方無く身を引くとハオが其処に腰を下ろした。鼻を掠った物は彼の外套らしかった。彼も背中を岩に預けたと岩伝いに感じ取って自然顔が渋くなる。耳元で風音がしたと思うと急に目先が明るくなって驚駭し、横目に光源を認めてその向こうの手掌に灯火を浮遊させるハオを睥睨した。

「それは、……スピリットオブファイアの力?」私が「ファイア」と言う言葉から連想したと一度頭で考え一拍置き、そうして尋ね顔の陰の濃淡が繁く揺らぐ様に目がちかちかし、漸く広野に吹く夜風が強くなり出したと気付いた。

「そうだよ。本当……」とハオは嘆息した後に嘲笑を孕んだ声音で続ける。「君って可笑しな子だね。先刻(さっき)の話でも、特に突っ込まなかったし。かと思えば、今更突っ込むし。まあ、何で此処(南アフリカ)に居るのって聞いて、真面に答えなかった時点でどうでも良くなったけれど」

 そう、と私は頷いた。

「……変な空白だらけ。こんな不調和な人間は初めてだよ」

 私は首を傾げて見せるが、内心は彼のお家芸に欠陥があるらしい事を察して、その意味も込めて今度は反対側に首を傾げる。

「……その空白は、危険因子と見做す可きかな。なら、君を殺した方が、僕の、延いては星の未来の為なのかもしれない」

 随分大仰な話だと一笑するが、彼の目付きに諧謔の類は見られない。途端周辺の空気が一変した。

 胸の奥の方から冷気が突き上げ、しかし腹の底の方は溶岩が猖獗を極め下半身に回って膝の辺りをちくちく突き、胸の冷気は喉へ迫り上がり脳天を突き破って背筋を撫ぜた。視界が震盪して吐き気がする。

 腕の中の嬰児の重みや撫で回していた羊の感触は雲散霧消、自身の背中の接する岩の感触も無くなって頭が何処を向いているのか判然しない。知らず零れる喘鳴が耳朶を打って自分の呼吸の乱れに気付くが、正常な呼吸とは何ぞやと言う具合でいっかな整わない。

 運動靴の中の爪先に力が入って波及して膝迄震え出す始末で、段々大きくなる自身の喘ぎ声に合わせ腹の底の溶岩が攪拌され、胸の冷気と交じって耐え切れず到頭嘔吐した。嬰児に被ったか知らないが、胃の内容物を吐き出すと腹の溶岩も胸の冷気も全く消えて、視界が明瞭になって火の向こうにある何の感情も浮かんでいないハオの顔に立腹する余裕が生まれた。

「御免よ、君にとっては大事な子供だよね」

 とハオは言って、いつの間にか起きて顔を上げている羊に微笑んだ。

 私はその笑顔が気に食わない。

「殺して良いよ」と私は口の動く儘に言って上体を起こす。「君が、私に、君をたこ殴りにする権利をくれて、実際にたこ殴りにさせてくれたら、良いよ」

 明かりの届かない場所に寝転ぶ羊を見ていた野郎はこちらを向いて、人様の一世一代の大勝負、一生に一度の嘆願を笑顔の下で言い捨てた。

「絶対嫌だ」

 彼は無邪気に笑う。

 彼は子供っぽい普通の笑顔で言う。

 盲人に色を説明する事は難しい、聾者に音を教える事は難しい。けれど、彼らは晴眼者と健聴者の中で生きている。

 私は、彼らの中で生きている。




盲聾(もうろう):見えない、聞こえない事。
大原(たいげん):おおもと。

 今回の内容に差別を奨励する意図は全くありません。

 ハオ様にとって見えない聞こえない主人公のような人間が悪なのは解るのですが、ざっくり言えば其処を嫌っているって事ですよね? でも、そう言う人が世界の大半を占める訳です。
 最後の主人公の台詞は、見えない聞こえない自分がシャーマンに囲まれて居ると言う事です。首の皮一枚ですが。
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