生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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 題名の四字熟語は造語です。
 ハオ様は寛容なのか厳格なのか、よく解らない人ですよね。


第十一話:礼楽参譚

 伸びて来た頭髪が鬱陶しくて堪らない。ジーンズのポケットを弄ると現代の母の私物が出て来て、元来頭を飾り付ける事を忌避する私だが、色が好きとか使う当ては無くとも一目惚れしたとかで使いもしない髪留めや首飾り、祭の露店で指輪を買ったりと要らない物を収集する。

 母の私物は暗色の長めの太いリボンの付いたバレッタで、自分で蝶々結びにして調節する。使いたいと我儘を言って持ち出し、結局出先で皮膚を引っ張る感覚に嫌気が差してポケットに仕舞ってしまった。しかし髪が伸び、切る事も儘ならぬ異国では有難く、数ヶ月振りに日の目を見る機会を得た髪留めで煩わしい髪を纏めた。

 羊のママの子守唄を聴きながら嬰児の寝顔を眺めてふと思い付き、まだ彼に何も言っていない事実に愕然とした覚えがある。何を告げていないかと言うに、私は人語を解しても喋る術を持たないママの独断で嬰児に彼女のお乳を与え、後でママの飼い主にご挨拶した事はあっても、その前に許可を取って頭を下げてくれたのはハオである。何より私は彼が許可を取った旨を伝聞し、自身の行為が窃盗に当たるのではと漸く想到して飼い主に挨拶に行った程で、放任すれば自分達が不利益を被る為止むを得ずと言えど即座に行動した彼の判断には感銘した。その顰みに倣い自身も平身低頭して挨拶したのだが、その模範行為を実行して見せた肝腎の彼に一言も謝辞を述べていなかった。

 彼の許可を取ると言う基本的且つ至極当然の行為を聞かなければ、私は未だにママの飼い主の下に顔を出してはいまい。事実を伝えた人物が喧しい二人組である事が甚だ納得いかないが、特に花組との不和が露骨な者に接触するのは彼女達の目もあってさぞかし恐ろしかったろうに、周囲に馴染む気配の無い私に報せて下さったご恩は忘れてはならないと思う。

 山田さんに御世話になった折は間髪を容れずお礼の言葉を述べるけれど、それ以外の人でお礼したのはラキストさんくらいだ。騒々しいと言って厭悪する事は失礼極まりなく、二人組に御世話になったのだから彼らにも感謝して言葉を述べて、その余勢で以てハオにも謝辞を述べて来よう。今此処で言わねば礼儀知らずの慮外者、怪しからん、と世界の垣根を越えた祖父の怒号が飛んで来て拳骨が脳天に直撃し兼ねない、只躾のし直しだと言って連れ戻されるなら試す価値はあるのかも知れないが、帰郷後の現代の地獄も又獄卒が裸足で逃げ出す程の折檻が待っている事は想像に難くなかった。

 いつだか大分遠い記憶らしく判然としないが、まだ幼稚園児か又は小学校に上がったばかりの頃と思う、何故かも憶えていないが数人の友人とその母親達が我が家に遣って来て、沢山の贈り物を私に手渡し莞爾として笑っている。贈り物を渡されるなら誕生日会かそれくらいしか催し物は思い付かないが、お目出度うと言葉を貰ったかは全く憶えていないので、或いはクリスマス会かもしれないが贈り物を貰う理由は関係無い。

 私は物を貰えば有難う、先生に叱られたら御免なさい、そう言うよう年少の砌より徹底して仕込まれていたので、最近は反抗期もあって怪しいが当時は素直な子供で躾通りに感謝し、又謝罪した。なので、謎の催し物で贈り物を貰った際、私は贈り主に対し有難うと言っていなければならないが、皆が帰宅した後に祖父に召喚されて書斎に赴くと開口一番に怪しからんと怒鳴られた。私は祖父の怒声に悚懼し、速やかにその場に正座すると首を竦めて次の衝撃に備えた。その時の祖父の怒りの原因は私が贈り主の友人達に謝辞を述べず押し黙っていた事らしいのだが、私は違うと論駁し、以降どんな応酬が展開したか記憶も曖昧で、説教の後は友人一人一人に電話してお礼を言った事は鮮明に憶えている。

 正直、今思い返しても業腹だが、何分昔の事だから祖父は憶えていないだろう。

 兎にも角にも感謝の気持、思い立ったが吉日と私は当日に済まさんが為に、近く今生の別れを迎える岩の窪みを這い出し御輿を上げて上段の岩に片足を引っ掛けた。羊のママも山羊の如く器用に岩を登った。

 幕屋の建つ方へ歩を進め、首を巡らし法衣姿の二人の影を捜すが付近に居ないのか喧しい歌声も聞こえない。大抵幕屋の傍で琵琶を掻き鳴らし、声を嗄らして悲鳴のように歌っているので歌い出せば居場所に見当をつけるどころではない、音だけ響けば直様所在が判明するから余り視覚に頼らず耳で捜してしまう。二人が特訓の途中に小憩していれば判らない事は確かだが、二人の声は大きいから話して居てば容易に判る筈だ。

 そうして辺りを歩き回って遊牧民の家畜の柵の出入り口に二人を見付け、腕に嬰児を、背後にママを伴い声を掛けた。淅瀝と吹き荒ぶ風が法衣を巻き込み暗色の裾が翻ると砂埃が舞った。汗の染み込んだ法衣は大量の砂を蔵匿していたらしく、ばたばた音を立てる度に黄色っぽい砂が落ちていった。

「どうした歩」

「腹減ったのか」

 二人は言って体ごとこちらに向き直る。私は二人の名前を善良と言う言葉で覚えている為、どちらが善さんで良さんか全く区別出来ていないかった。

「いえ、どちらも違います」

 私は首を振って二人の顔を見返した。

「善さん良さんに言い忘れた事があったので」

「何かあったっけ」

「俺ら何かやっちゃった?」

 そう言って二人は顔を見合わせ、又その顔の情けない事、失礼を承知で可笑しく思って笑い出した。

「いえね、二人は、前に教えてくれたじゃありませんか」と私が嬰児を収まりの良い位置に抱き直しながら言うと、二人は何だっけと揃って言って一層不安げな顔をする。

 いい加減可哀想だからさっさと言って安心させようと思い背筋を伸ばして、あれですと口を開いた。

「羊の事です。ハオが許可を取った事、教えて下しったではありませんか。遅くなって申し訳ありませんが、あの時は本当に有難う御座いました」

 深く低頭した私に二人は破顔一笑、良いよ、あと髪型似合っているよ、と言って無骨な手を頭上に翳すが少し間を置いて肩を叩いた。折角の髪留めで纏めた頭髪が乱れる事を気にしてくれたらしい。

 最後に一揖してその場を辞し、内心未だ躊躇いのある相手を捜した。先日移動先を下検分しに行って、昨夜遅く、若しかしたら日付けが変わった後に帰って来たかもしれない相手は幕屋で熟睡中かと思い、足早に戻って中を覗くと薄着の花組が居て肝を冷やした。ママが前に出て擁護するので三人は私を一睨みした後は、明後日の方を向いて溜息を吐いていた。

 素早く幕屋を離れて岩場に向かい、当然其処にお目当ての人物の影は無く、しかし少々の期待はあったとみて風の吹き込む岩場を見詰めて肩を落とした。又踵を返すと幕屋が見えて来るがもう近寄らない、一足近付けばママが止めに入るのだ。自分も近寄りたくないし関わるのも恐ろしいから大人しく従った。

 何処へ行こう、と所在無く立ち尽くして居るとママが一鳴き、こっち来いと言う風に鼻面を振って歩き出した。動物の嗅覚か聴覚か本能か、凡そ人間の私の考えなぞ及ばない所で行動するママだから先導してくれる儘に歩いて行くと本当にハオが居た。倒れた中身の無い喬木の上に腰掛け、脇に黒いポンチョを着込むラキストさんを侍らせ視線を遠くにやって漫然と空か広野を眺めているらしかった。世界の女性の憧憬の的と言っても過言ではない烏の濡れ羽色の癖の無い長髪が閑地に吹く強風に煽られ滅茶苦茶に乱れ、しかし当のハオは気にする様子も無くぺんぺん草が生えるような大地を見詰めていた。

 声を掛けたものか悩み、暫く待とうと決めて傍に生えている稲に似た植物の根元に座り込んだ。そうして強風を受けても微動だにしないハオとラキストさんの背中を見ていると、突然傍にあった植物の穂と思しき部分が消えた。びっくりして身を引くと空いた場所にママの頭が割り込み、他の植物も皆食べてしまった。食い甲斐のある物が無くなって物足りなさそうな顔のママはハオの座る喬木の根っこ辺りに生えている植物に目を付け、低く鳴いて軽い足音を立てて向こうに行ってしまった。異音に気付いたラキストさんが振り返り、私と目が合ってハオに告げ口してしまう。已んぬる哉、私は立ち上がってママを追った。

 ママは私が到着する頃には稲に似た植物を平らげ其処に寝転がっていた。現代で御飯を食べるのが早いと言われ食べ方に余りいい顔をされなかった私だが、どうやらママも早食いの気があるらしかった。

 何かをするに出出しが肝要と言うが思い付かないので、やあ、と声だけ掛けて反応を窺った。勢いよく振り返ったラキストさんに言葉遣いがなっていないと叱られた。

 ハオは向こうを見た儘ラキストさんに幕屋の方へ戻るよう言付けて、特段反抗せずに静かに一礼したラキストさんは命令通りに戻って行った。

「何?」と先にハオが言った。

 その声音が人を小馬鹿にした風で、全く変わる事の無い態度に内心不平を鳴らす。が、この時の私の態度も悪かった。

「お邪魔したみたいだね。悪う御座いました」と言って恐らく狸寝入り中のママを放って岩場の方に戻ろうか考えた。

 私の態度か心中の方針か、お家芸を考慮すると両方の可能性も否めないが、彼は鼻で笑ってそうだねと頷いた。

 彼の態度は初日と変わらない為構わないが、何故かこの時は許せなくて怒りが募った。

「何だよ、女みたいに髪伸ばして、名前なんてハオじゃなくてハー子にでもすれば良い」と私は現代に通う小学校の流行りだった女子生徒の名前の頭を取って、最後に「子」を付けて、私ならあっ子と呼ばれ、名前の頭と「子」の間は長音か促音を入れる。幼馴染の翔子のように最初から「子」の付く女子生徒は面白くないと言っていた。

 私は更に続ける。

「何でも解るなんて顔されちゃ、誰だって腹が立つ。私は君が解らない、解らないからそんな態度を取られちゃ頭に来る。幽霊が見える見えないが原因なら、どうしろと言うんだ。生まれつき見えない人間が、幽霊が見えないからお前嫌いって言われて、どうにも出来ないのに、一体どうしろと言うんだ」

 原作を読んだ前世の私は主人公の少年の言葉に一時不審を抱き、本当の最終話を読んで、そうして上記のような事を思って嘆息した。あれが漫画と言う娯楽物だったから良いものの、こうして面と向かって言われるとやはり腹が立った。

 私は地団駄を踏んで知らんと叫ぶと身を翻し、薄目を開けて人の気色を窺っていたママを置いて岩場に戻ろうとした。

 だが、出来ずに踏鞴を踏んだ。身を起こし首を伸ばしたママが汚いシャツの裾を銜え引っ張っていた。お世話になった羊を邪険に出来ないし、真っ黒の丸い目を見ていたら当初の目的を思い出し、言うだけ言わねば此処迄歩いた体力が無駄になってしまう。ママの道案内も徒労に終わる訳で、それはいけない。

「後、物凄く遅くなって申し訳ないけれど、ママの事、許可を取ってくれて有難う。本当に有難う」

 それだけ叫び裾を銜える力が緩んだ隙に制止を振り切り駆けて行った。

 ママは直ぐに追い掛けて来た。




礼楽(れいがく):礼儀と音楽。他色々。
参譚(さんたん):続く事。

 今回、没になった会話があります。完結したらいつか没ネタ集でも作って暇潰ししたいです。
 声が不機嫌そう、とかで不機嫌貰ってしまう事ってありますよね。
 礼儀とは……難しいです。
 取り敢えず、羊のお礼を言いましょう。
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