生者必滅、会者定離   作:赤茄子

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 この物語はフィクションです。
 作中に登場します地名・国名・人物・団体・事件その他諸々は、現実とは一切関係ありません。


第十二話:

 幕屋を畳んで駱駝の背中に荷物を積み上げ縄で雁字搦めに縛り、具合を確かめ納得のいく仕上がりに頷き、各々背負える物を背負い歩き出す。遊牧民の移動に伴い私達も移動する。畳んだ幕屋は積み上げるでもなく放置し次の準備に取り掛かり、粗方片付くと皆ハオの方に寄って井戸端会議宜しくお喋りをし出した。三人娘は娘同士で固まってお喋りに興じ、他男性陣は黙然と佇立し目で遊牧民の背を追い目顔でハオに強請るかするらしく、黒髪を揺らす彼は笑って持ち霊の名を唱えた。ともすると聞き逃し兼ねない詠唱に、不必要な程耳を攲て音を捉えようとするも集中の度に億劫になって、面倒臭くて嫌でも耳に付く風音に意識を凝らす事にした。高い音や低い音も其処いら中を巡る大風は広野に生える植物の穂も茎も根元も土も、手当り次第巻き上げようと人様の足下や頭上を引っ掻き回した。御蔭で昨日纏めた髪が縺れ、前髪が目に入って痛い思いをした。

 目を擦り苛々していると、突然の内臓の浮遊感に悲鳴が漏れた挙句嬰児を落としかけ、一層高い悲鳴を上げて抱き直した。嬰児の様子を窺うには目線を下げねばならぬので必然足下を見る羽目になり、見たくもない遠い大地が視界一杯に展開して眩暈を覚えた。内臓の浮く気持悪さは諸悪の根源たるハオの持ち霊の赤い巨人の仕業で、生憎見る事は敵わないが、自身を含め一行は巨人の掌か背中の上にでも乗って遊牧民の後を追っているのだろう。徒人で持ち霊等が不可視の上に何処から何処迄が足場であるか、石橋を叩いて渡るが如く足場の終わりを確認しながら歩いても全容を把握しきれる筈も無い為往生する。一切の遮蔽物の無い眼下の大地は広く、枯れかけか茂る前か何事も中途の状態は不分明でいい気持はないが、幹の太い背高の樹木の枝葉の色の点綴する様は壮観だった。

 丸い太い幹の突端に一寸左右に伸びたくらいの不細工な枝葉は凶悪な太陽や乾燥した強風を物ともせず、間遠に兀然として突っ立ち、日陰を作って間を通る動物の休憩所になっている。天上目指して参差と生え揺れる枝葉の道に、何気無く後方の前の逗留先の風景を思い返し、岩場で見慣れた樹木一本すら見掛けなかった広野と不恰好な樹木の立つ進行方向を比べる。砂が入って煩わしく、目を瞑ると瞼の裏に面と向かって滅ぼすと明言したハオの顔が浮かび、この心も読まれているのかと思うと目を開ける事は出来なかった。

 時間の感覚は腹時計に頼らざるを得無いが、私の腹時計は時差惚けが直らず空腹も感じないので判らない。体の横も縦も大きな男の訴えを褐色の肌の男が叱責し、大男の方の機嫌が悪くなったと見えて、すわ喧嘩かと思われたがハオがもう直ぐ着くよと鶴の一声、大男は愛想笑いとも言える笑顔で皆に謝罪した。

 私は如何に直ぐと予定を告げられても、足下の丸見えの飛行機に乗っている事が恐ろしく、体の浮いたその瞬間から目を瞑ったなり全く動けなくなって震えて居た。飛行開始から隣は花組の奇襲か呼気も蒼白した自身を心配してか何が理由でも構わないが、苦笑いを浮かべる山田さんが座り俯き加減の頭を撫ぜて声を掛け続けて下さった。反対側は法衣を着込んだ二人組が寸暇を惜しんで只管口を動かし、まるで無音を嫌うかのような様子に少しく救われた。二人組は目的地に到着して間近に接する地面に喜びを感じている時、目を開けて上だけ見ていれば良かったのではと、不可視の足場と空の旅に怯える私に解決策を案出した。次回があっても御免蒙りたいが止むを得ない時は実行しようと決心し、有難くその案を受け入れた。

 乾燥した風が頬を掻き、全裸の嬰児に風が当たらないよう留意して体を丸める。山田さんの手の感触に涙を催した。二回りは大きい掌の感触に自然思い出すのはやはり親の手で、彼が既婚の子持ちか未婚の子持ちか知る由も無いが、抑も嬰児の世話の途上で育児の相談以外を聞くと言っていたので、子持ちでも育児に自信の無い父親の典型だろうが泣く子をあやす手際は見事である。無論泣く子は私で、彼が父親で、反対側に居る二人組は親戚か御近所の大学生だろう。硬く閉ざした瞼の向こうの三人の顔色を窺う術は目を開ける他無いが、開眼した瞬間の視界は一時朦朧と見えて次第にはっきりし出し我が物顔で全体を占領するだろう景色との御対面は遠慮したい。視界が利かなければ耳が働き出し、鋭敏な聴覚が風や人の声、他諸々要らない情報を捉えて音の分別が面倒臭く、けれどやらなければ気になって不安を殺す為に腕の嬰児を抱き潰し兼ねないので耳を働かす。そうして横も縦も大きな男と褐色の肌の男の会話が聞こえて来た。薄目を開けて大男の愛想笑いを認め、又目を瞑った。

 ハオの鶴の一声から体感時間で三十分、地に足を着き踏み締めながら生きる陸上生物の還る場所が近付き、透明な飛行機が音も無く着陸し、山田さんの通る箇所を見極め同じ所に足を置いて地面に辿り着いた。後続の三人娘が鼻で笑うのを尻目に山田さんの後ろに控え、耳で二人組の位置を常時確認し、そうして先頭に立つハオの美艶な黒髪の靡く先を見遣り、その方向から遊牧民の駱駝の立てる土煙が見えた。最初は岩があるのかと思われ、違うらしいと判った頃には、既に駱駝の影を暗い土煙の中に認め、他の家畜の鳴き声も聞こえ出してつい首を伸ばして羊のママを探す。随分時間を掛けて遊牧民は移動先の土地に着き、先に到着していた私達に気安い挨拶をして、もう幕屋を建てるらしかった。家畜の柵も造って中に動物を追い込み、瞬く間に建った幕屋に女性が出たり入ったりと忙しく、男性は何をするかと辺りを見回し、駱駝を羊とは別の柵に追い遣っている所だった。

 私が呆然とそれらを眺めている最中にこちらの幕屋も建ったらしく、ずっと私の前に突っ立って居た山田さんが中に入って休めと言った。背中を押され言われるが儘に幕屋の出入り口を潜ると、端の方でハオが座って寛いで居て、視線が搗ち合う前に逸らして成る丈距離を置いて敷かれた茣蓙の上に端座する。幕屋の外で三人娘が睨んでいる事には気が付かなかった。

 生活の為の準備を整え終える頃、もう空は薄紫に染まって、地平線の茜色と紫色の境が酷く歪んでいた。夕飯は横も縦も大きな男が担当するそうで、その間暇な人達は何処かへ居なくなって、夕飯が出来ても戻って来る気配も無く、ちらほらと姿を見掛けるようになったのは翌日の昼過ぎからだった。

 夕飯が出来たと山田さんが呼びに来て表に出たら、焚き火を囲う人の少なさに驚き、頻りに周囲を見遣るも其処に居ないのだから居ない。居ない人を見付ける目を、私は持たない。

 一緒に夕飯を認めた人は料理担当の人と日本人達、ブロックの小男にラキストさん、幕屋でじっとしていたハオと私、私に抱えられる嬰児だけで焚き火を囲った。料理担当の大男は大皿に盛り付けた料理をハオに手渡し、後は中ぐらいの皿に盛って残る私達に配り、自分の分は最後に盛って食べ始めた。私は食べながら目を眇めてハオの一挙一動を観察した。心を読まれようが一寸身構えるけれどそう言う心積もりで居れば、相手が人を激昂させる事を言わない限り、存外穏やかに済むものだ。

 だが、自分でその気は無くとも、他の人達には私が彼を睨み付けているように見えたらしい。

「おい、歩、お前な、ハオ様がどうかしたのか」と山田さんは言って椀の底に残った程度の水を突き出し、一方の手で焚き火や幕屋から離れた植物の陰の方を指差した。

「別に。何も」と示された植物の陰に座り込み、水を受け取って言った。

「凄え睨んでいたぞ」

 山田さんは隣に重い音を立てて座り、立てた両膝に腕を乗っけて指を組む。後方の焚き火の明かりは相手の一顰一笑が見て取れる程度で、私は渋くなった面を見られてしまった。

「ハオ様は、本当に、……世界の事を想ってらっしゃるのさ」

 私は静聴の体で続きを待った。

「そりゃな、凄えお力を持っていて、正直言うと俺は怖い」山田さんは組んだ指先に力を入れて身震いした。「でも、尊敬出来る、凄えお人なんだ。そんなもんだろう。誰も成し得ない事を、成し遂げちまえるような人、そう言う人は得てして何処か常人とは違う力を持って世界を見ている。まあ、凄え力を持っていて世界を見ているから、常人なんか及びもつかない物を見てるし、だから考えんだろう」

 私は頷きかけ、それでも何か嫌で止めた。

「俺は、二年くれぇ前フランスにな、写真を撮りに行って、其処で声を掛けられた。話を聞いて、最初は荒唐無稽と思ったさ。シャーマンだの、ファイトだの、グレートスピリッツだの……人類を滅ぼして、シャーマンキングダムを造るだの。な、知らねえ奴が聞けば餓鬼の妄想だって」

 山田さんは一笑する。当時のハオは山田さんの心を読んで何を思ったろう。

「でも、ハオ様の力を見せられ、そうして写真撮る為に見て回った世界を思い返すとな、嗚呼そうだよなって思ったんだ。俺なんざ霊が見えるだけの人間で、考えるだけで終わっちまうが、……お前をどうこう言う訳じゃねえ、……見えねえ連中の遣る事成す事碌な事じゃねえってな」

 又、見えない。私は腕に抱く嬰児の丸い腹を見詰めて奥歯を噛み締めた。貝の如く口を閉じねば罵声が飛び出し兼ねない、それは先日のハオを前に怒鳴り散らした不愉快な日の再現でしかない。

「なあ、この場所、今日着いた此処、危うく国の保護地区になって遊牧民が移動出来なくなる所だったんだと。ま、幸い外れたそうだが。でも、来年は、もう此処は保護地区だろう」

 それが必要な事だから国が指定する、だが、それで被害を被る人達が居る。遊牧民がその最たる存在だと山田さんは言う。

「ったくよぉ、それなら、最初から大事にしろって。忠告した奴だって居たらしいぜ。だのに、誰も、今になる迄耳を傾けもしなかった。忠告した奴は、此処いらに住むシャーマンだったんだと。本当、今更だよ」

 だから、と山田さんの声が低くなる。腹に力を入れて毅然とした様子で言った。

「辛(つれ)え世界だ、だから、誰かが変えなきゃならない。それも、革命とか、そんなちゃちなものじゃ駄目だ、変えるんだ、全てを。引っ繰り返す、世界を。世界にゃ人間以外にも生物が居て、その為の保護地区、大いに結構だが、その前に滅んだ連中は、その……無念はどうなる」

 組んだ指を解いて、手の甲に爪を立てた。

「今あるもんを大事にするのも結構だ。だが、それの前に踏み躙られた連中は。見えねえ奴らは想像して、気楽なもんだ。現状以上に悪くならないように? その前の、終わらされた奴らは? 俺はな、今迄の人生で見て来て、……気楽なその連中を殴りたくて堪らなかった」

 山田さんは続ける。

「解るぜ。見えねえもんを、見えねえから想像するんだ。そうしなきゃ、保護地区なんて思い付きもしねえだろう。でも、本当のもんを、連中は見えねえから、どうしようもない。解るんだ、俺の周りは見えない連中ばかりだった、解る、解るけれど」

「で、その人達も、ハオのシャーマンキングダムから弾くんだ。解ると言って、きっと解っているんだろうね、でも、解るくせに弾いて、自分達以外の連中は、分からず屋って吹っ飛ばすんだ!」

「──誰も、耳を傾けない。正直、歩、お前はどうだ?」

 私は緘黙して目を見開いた。乾燥した風は何処も同じで、直に眼球の表層の粘膜が乾いて痛みが走る。

 山田さんの言葉を反芻し、ハオの言葉が蘇った。

 現代で幽霊が見えると言う人が自身の前に現れたら、私は精神病の一種と判じて相槌を打って、内心は怖い人だと思うに違いない。私自身が前世の記憶を保持していて、現代に無いけれど前世にあった原作を知っていて、それと合致するものばかりで気違いになりそうで、だから私は彼らの言葉を信じるし嘘吐きと罵倒する事は無い。

 ふと思う。前世くらいは実例があるから皆信じよう、しかし違う世界から来た事実を話して、果たして何人の人が信じてくれるか。

 うん、と私は頷いた。

「ハオに…会わなければ、私は信じなかった。危ない人って、避けたと思う。……でもね、自分は何でも解る、解っていると言う顔をされたら、誰だって腹が立つと思うんだ」

「そうだなあ。何だこいつってな。そっから先、考えるか?」

「むかついた後?」

「考えた事、あるか? 何で、って」

「只の予想じゃないか。其処で踏み込んだって、うざがられる」

「踏み込まれたくないんだろうな。俺らは、どうせ解んねえ、って拒んじまう」

 私は言い返した。

「それで、見えない連中は何も解っていないって? 拒むのは、そっちだろうに」

 だからだな、と山田さんは言って破顔した。手の甲に食い込む指を離し、勢いよく立ち上がって続けた。

「結局、俺も、お前も、連中も、解らないんだ。何でお前がアフリカに居るのか、解らんしな」

 私は黙って遥か頭上の山田さんの顔を見た。

「相手が見えない事が解る、とかじゃない。当人の人物像って言えば良いのか……、まあ、俺はその人を、そうだって言える程知らない、解らない」

 不意に風が凪ぎ辺りが森閑として植物の陰に座る自身が取り残されたように錯覚し、そうして実際に山田さんの遠ざかる気配に暗澹たる気持になった。植物の陰の薄闇が濃さを増して自分を呑み込むらしく、後方の焚き火の火勢が弱まり、幕屋に居残った人達が就寝しようとしているのが判った。

「ハオ様は凄えお人だ。付いて行って、世界を変える所を見たい。でも、俺は、ハオ様の事は、何も解ってねえよ」

 その言葉にはっとした。前世の記憶の漫画のハオを知って、過去を把握しているから解るつもりで居たが、まさか現実に相対する機会が来るなぞと考えもしないし考えたら気違いだろうけれど、気違い染みた機会は遣って来た。嬰児の世話だけの関係だからと、彼の、彼らの関係を先に蔑ろにしたのは自分自身で、後になって理解出来ないから憤慨しているのも自分自身で、なんと勝手な奴だろう。

 後方の火勢は弱まる一方で周囲一メートルを照らすのが精一杯と思われ、植物の陰は周辺に蔓延る暗闇と同化し、私の足首はすっかり闇に呑まれていた。腕の嬰児は私の陰と身辺の暗闇に溶け込み、輪郭はBとCの間の視力で区別出来る程見えず、その重みと体温が無ければ居場所も影も見失っているだろう。

 遠くにハオの声が聞こえ、彼が幕屋に戻って眠ろうとしているのが解って慌てて立ち上がる。言わねばならない言葉があった。

 しかし、私が駆け寄る迄もなく何故か彼はこちらへ歩いて来て、夜陰に紛れ見え難いが、白っぽい顔が浮かび上がって一メートル手前に立ち止まるのを認めた。きっと山田さんの仕業だ。

「言わなければならない事があるんだ」

 と私が言うとハオは一笑した。

 小馬鹿にした笑いでも構わず続けた。

「昨日は御免なさい」

 自分の非を認め誰かに謝罪する時は、やはり喉が熱くなってしくしくする。涙声になりそうで努めて平静に言った。

「本当に、御免なさい」

「はいはい。もう良いよ」

 とハオは笑って言い、衣擦れが聞こえたけれど暗くて動作は見えなかった。

 もう一度言おうとして声が震える。

「ああ、もう、違う。……御免、なさい」

「はいはい。もう、良いから」

「後、ママの事、…有難う。遅くなって御免」と到頭涙声になって漸く絞り出した。

 はいはい、とハオは言う。

 原作があるから知っているのではいけない。此処に居る当人を知らねばならない。そうして想到する。結局私は一行の事を何一つ解っていなかった。

 そうだ、私は彼らを解っていない。

 ベエ、とママの声が近くに響いた。




 題名はいつか考えます。
 最後は力尽きてしまって、すみません。

 取り敢えず、原作知ってるからハオの言い分は解る、とかそんなんじゃ駄目って思ったみたいです。
 現実に居たら、絶対お近付きになりたくない方と言うか、そういう発言もしていますし。
 対人関係って難しいです。ハオが普通の人じゃありませんから、斜め上を行って攻めるか、ど真ん中行くか、只管真っ直ぐ驀進するか…ハオ様はどうすれば落ちるんでしょう?
 やっとこ主人公、行動開始。

後、これから少し忙しくなりますので、更新が遅くなります。
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